第47話 山荘ベランダに磯の生き物?
「さあ、着いたぞ!」
タカシが標高1,057メートルの山荘の北側アプローチに車を止めた。
「あっ、鹿!」
車から降りるなり、ハコちゃんが小さな声で叫ぶ。
見ると30メートルほど先の木々の間に4、5頭の鹿の群がいて、こちらを見ている。
「カッコイイなあ」
1番手前の体が大きい父親らしき鹿がずっとこちらに目を向けていて、家族が安全に移動するのを待っている。
体の小さい子鹿が母鹿の後ろを歩く。
「可愛い!」
ハコちゃんの目が輝いた。
「山中湖サファリパーク、ってな感じか?
逆か? おれたちが、ここの先住民から見られてるのか?
妙な奴らが来たぞって」
父親が茶化すと、笑顔の妻。
「自然の中で、そこに住んでいる生き物をそのまま見れるのは感動よね?」
鹿の親子が去っていくのを見届けた後、車から荷物を下ろした。
「あ〜、久しぶりね〜」
両手を挙げて背中を伸ばす。
コズエさんが来たのはゴールデン・ウィーク以来だ。
台所のシンクの脇に大型の除湿機が置かれていて、背中から伸びたホースが集めた水をシンクに流していた。
2台のルンバ君は、きちんと充電ステーションにいる。
3週間前にシゲルと来て帰った時のそのままだ。
タカシが、玄関と台所の間の柱に取り付けた壁掛け式の扇風機のスイッチを入れた。
「おれがベランダに水槽をセットするから、お母さんとハコちゃんは、最初に窓を開けて風通しして」
荷物を全部東側の和室に並べ終わると、ハコちゃんがお風呂場やトイレの探検を始めた。
青木山荘のベランダは屋根付きで、とても広い。
10畳の東側の和室、12畳のリビング、8畳の西側の和室と、その南側が全部ベランダだ。
タカシがベランダ西側に片付けてある木のテーブルを真ん中に移動し、最初にほぼ空の水槽を置いた。
ポリタンクに入った海水をゆっくり注ぎ、部屋から引いた延長コードの先に濾過器のモーターのプラグを挿すと、カラカラカラといつもの軽快な音をたてた。
ホッとして、肩から力が抜ける。
ここまで来れば、あとはカニやダボハゼを入れるだけだ。
「あ〜、酔っちまった。
吐きそう、、、」
狭いポリ容器の中で、ダボハゼのヨッシーがつぶやくと、カニの長老がハサミを振り上げた。
「そりゃ、困るぞな。こんな狭い中でされちゃ、大迷惑じゃ」
すると、タカシがやって来て、ポリ容器を運ぶと、ベランダの水槽にザバーっと流し込んだ。
「おお、生き返るの!」
新鮮な海水とプランクトン、豊富な酸素。
磯の一同が大きく伸びをした。
「これが、森ね! 初めて見る!」
ベランダの周りに広がる木々を見て、梅干しイソギンチャクの銀子ちゃんが叫んだ。
一同が、水槽の南側のガラス壁に張り付く。
「ぼくも、森の中は初めてです!」
カニのタロウの声が明るい。
「みんな、初めてなのよ!」
イソスジエビのスジコちゃんが、タロウの肩を叩いた。
「ぼくたちは、初めて森にやって来た磯の生き物ですね?」
「おおー!」
銀太くんの一声に、磯の仲間たちが歓声をあげた。(つづく)




