第46話 カニが山中湖で夏合宿?
「この子たちは、どうするの?」
7月24日、金曜日。ハコちゃんが明日から夏休みという前日の夕方、玄関の水槽の前でコズエさんがタカシに質問した。
タカシが月・火と夏休みをとり、明日から3泊4日、家族3人で山中湖の山荘に避暑にいくことになっていた。
水槽のガラス壁の内側にカニやダボハゼの一同が張り付いて、家主たちの話に必死に耳を傾けている。
「まあ、ちょっと我慢してもらうのかな?」
世帯主が顎を撫でながら言うと、ハコちゃんが反論した。
「え~、餌やりはどうするの?」
ハコちゃんは、夏休みの間、クラスのみんなと順番で、学校の飼育小屋のウサギに餌をやりにいく当番になっていた。
「う~ん、ちょっと多めにあげといて、あとは我慢してもらうしかない。
これまでも1泊2日は、時々あった」
ハコちゃんの頬が膨れた。
「ひどーい。お父さん、鬼!
3日目にお腹空いて、倒れちゃったらどうするの?」
水槽の中でダボハゼのヨッシーがうなずいている。
「だけど、この水槽を水が入ったまま、山中湖まで持っていくわけにはいかないなぁ」
腕を組んだまま渋い顔をする世帯主。
コズエさんが首を左に曲げながら言った。
「たとえばよ。
たとえば、大きめの蓋とパッキン付のプラケースに、魚たちを小分けにして入れる。
水槽は、全部は水を捨てられないけど、底の方に4分の1位残しておくと。
それと、走っている最中に中から水がこぼれないようにビニールで天井を塞いで、プラスチック・コンテナに入れる。
山荘に着いた時に足せるように、ポリタンクに海水を入れて、一緒に荷台に積む、と」
「お母さん、100点! 花マル!」
ガッツポーズのハコちゃん。
水槽の中のカニの長老も両手のハサミでガッツポーズ。
「ちょっと待ってくれよー、これから、その準備をするのか~?
パッキン付のプラケースをケインズまで買いに行って、荒崎までポリタンクに海水を入れに行く?」
のけぞる夫。
「毎月やってる水替えと思えば、そう違わないわよ」
あくまで冷静な妻。
「言ってくれますねぇ!」
確かに、毎月、水槽のガラス壁の掃除をする前に、海水を荒崎まで汲みに行っていた。
車で行って、岩場で腰をかがめて1~2分待てば、18リットルのポリタンクに新鮮な海水を汲める。
「帰って来たら、美味しいビールを出してあげるから」
古漬けの沢庵からウィンクされてもなんもうれしくないし。
慰めにもならない励ましの言葉が、その場の結論になってしまった。
いっぽう、水槽のガラス壁の内側がお祭り騒ぎだ。
「長老、何やってんの?」
ヨッシーが、ガラス壁の上から質問した。
「いや、山中湖と言えば、テニス合宿じゃろ。
わしも、テニスのひとつもでもやろうかなと」
ラケットのような形をした貝殻を手にして、素振りの練習をしている。
「待ってくださいよ。
おれたちが水槽から出られるワケないでしょ?」
運よく出れたって、湖は淡水だから、そこじゃ生きてけないし、白鳥に喰われて終わりだろ?」
「そうかの?
山荘のそばにテニスコートがあると、タカシも言うとったじゃろ?
それに、おぬし、もともと川に住んどるとか、以前言うてなかったか?」
諦めない老人。
イソスジエビのスジコちゃんが小屋から出てきて、長老に加勢した。
「あたしも、テニスしたいなぁ。
やっぱ、避暑地の恋は、テニスからよね? 長老?」
長老からラケットを借りると、サーブの真似をした。
「スジコちゃんのスコート姿、見たいのぅ!」
「いやん、長老のエッチ!」
スジコちゃんがラケットで長老の肩を叩くと、前につんのめった。
「あなたーを待つのぉ、テニスコート~・・・」
マメコブシガニのマメ子ちゃんが、歌いながら岩陰から出てきた。こぶし演歌風の天地真理。
顔を腹びれで覆うヨッシー。
「あちゃー。
どうして、女って、避暑地のテニスに憧れるんだよ~?」
マメ子ちゃんが背筋を伸ばすと、右手のハサミでダボハゼを指差した。
「ヨッシーだって、上皇さまと上皇后さまとの出会いがテニスだったことぐらい、知ってるでしょ!」
腹びれで頭を叩くマネをすると、慌てて背中を伸ばし、直立不動の姿勢をするダボハゼ。
「ああ、しまった。恐れ多いことを言ってまった!」
北東〔皇居〕の方向に向いて、頭を下げる魚。
とまあ、こんな感じで、青木家始まって以来初となる水槽住民ご一同様の夏合宿開催となった。
さて、どうなることやら。(つづく)




