第36話 スカートが涼しいか、パンツが涼しいか?
「えっ? そんなに暑いの?」
ラジオのニュースに、コズエさんが驚いた。
5月12日の火曜日、ハコちゃんとタカシと、3人の朝ご飯だ。
東京地方の最高気温が、明日から金曜日までは25度位だけれど、土曜日以降の数日は30度以上という。
青木家はダイニングキッチンにはテレビを置かない決まりでやってきた。
最初の子供のミドリさんが生まれた後、テレビがあるとそっちに視線と会話を奪われてしまって、家族のコミュニケーションがなくなってしまうことに気づいたのだ。
なにより、箸が止まってしまって食事にならなかった。
「テレビはやめよう。
今日から、ラジオだ」
タカシの決断にコズエさんは反対しなかった。
以来20有余年、6人掛けの食卓の左端にラジカセが置かれ、FM横浜を聞きながらの食事となった。
テレビは目と手と口を奪ってしまうけれど、ラジオを聞きながらなら箸が止まることはないし、お互いの顔を見ながら食事がすすむ。
「え~、遊園地に行く時のお服、どうしようか~?」
ハコちゃんが箸を口にくわえる。
「スカートやめて、ショートパンツかな?」
悩むハコちゃんに、コズエさんが経験談を語った。
「スカートの方が、意外に涼しいわよ」
箸を置いてスマホで調べていたタカシが、2人の会話に参戦した。
「どっちもどっちみたいだね。
両方意見はあるみたいで、結局、素材の問題で、麻みたいなもんなら、どっちでも涼しいみたいだね。
ぼくには、全く比較できないけど」
両腕を組んだままのハコちゃん。
「お母さん、今度、おれ、実験してみたいな。
スカート、貸してくれる?」
ハコちゃんの目が点。
箸を置く妻。
「何言ってんの。
わたしのスカートが穿けるわけないでしょ? 失礼ね!」
タカシの声が低くなる。
「そうか。
意外だった」
妻が右手で猫パンチ。
「だって、スコットランドじゃ、男性がスカートを穿くじゃないか?」
左頬を押えながら反論する。
「キルトと言います。スカートじゃありません」
「キルトを着ると?」
妻が左手で猫パンチ。
右頬を押えて食い下がるタカシ。
「でも、構造はスカートそのものじゃないか。違いはないぞ。
今じゃ、中学高校でも、女子にはズボンを穿くという選択肢がある。
男子にもスカートを穿くという選択肢があってもいいじゃないか」
「お父さん、変なこと言ってる!」
ハコちゃんはお母さんの味方だ。2対1。
「ちょっと待てよ。
だって、ハコちゃんの学校に、スコットランドから留学生が来たらどうする?
バグパイプを持って、民族衣装のキルトスカートを穿いて、入学式に来た。
それを、ハコちゃんは『変よ』って、言うのかい?」
頬を膨らませたまま黙り込むハコちゃん。
箸を置いて、お茶に手にするタカシ。
「スコットランドといえば、日本人のサッカー選手で、セルティックの中村俊輔と前田大然が有名だな。
俊輔のバナナシュートが相手キーパーが動けないままゴールに突き刺さるシーンは、何度見ても涙が出る。
セルティックを優勝に導いた伝説のフリーキックは、今でも現地で語られるそうだ。
それに、今回の前田大然のオーバーヘッドキックだ。
自分でトラップした浮き球を、そのままオーバーヘッドで後ろ向きにシュート。
今年一番感動したシュートだな。
中村俊輔もスコットランドのサッカーの歴史に名前を残したけど、前田大然も本場のサッカーで名前を残してる。
日本人として、こんなにうれしいことはない」
そう言って、目尻をぬぐった。
「あっ!」
ハコちゃんが壁に掛かった時計を見た。
「もう! 遅刻しちゃう!」
ハコちゃんがタカシに猫パンチ。
「いけね、おれも、だ!」
自分の右頬に猫パンチするタカシ。
笑い出すコズエさん。(終わり)




