第25話 リクちゃん・リュウくんの金!
「今日はこれしかないわ!」
青木家の水槽新聞部、梅干イソギンチャクの銀子ちゃんが走りながら叫んだ。
実は、イソギンチャクは水槽の中を所狭しと歩き回る生き物だ。
石にへばりついているイメージがあるけれど、それは大間違いで、より良い環境を求めて移動しながら生活していることが、ビデオを撮って早回しするとよくわかる。
今朝の銀子ちゃんは、これまで見たこともない速さで水槽を駆け回っていた。
「何があったのよ?」
目をこすりながら、イソスジエビのスジコちゃんがパジャマ姿で小屋から出てきた。
岩陰から長老も出て来るし、水槽のガラス壁の上からダボハゼのヨッシーも下りて来て、全員が集合した。
「金メダルなの!
ミラノ・コルティナ・オリンピックのフィギュアスケート、ペア・フリーで、リクちゃんとリュウくんが、金メダルを取ったのよ!」
そう言ったかと思うと、そのままその場で大声を出して泣き崩れた。
「昨日、ペア・ショートプログラムの最中に、得意のリフトで練習でもやらなかったようなミスが初めて出て、トップのドイツと6.90点差の5位に沈んだんです。
でも、そこから、158.13点の歴代世界最高得点を叩き出して、逆転優勝したんですよ」
銀子ちゃんの背中をさすりながら説明する梅干イソギンチャクの銀太くん。
「わしも、昨日のニュースは聞いた。とてもびっくりしたの」
カニの長老が静かに言うと、うなずくカニのタロウ。
「ぼくもさっき、コズエさんが見ているテレビを一緒に見ていて、涙が止まらなかった。
応援席も、みんな泣いてた。
完璧な演技の素晴らしさはもちろんなんだけど、昨日のドン底の気持ちから、どうやったらこの最高のモチベーションと演技まで自分たちを奮い立たせることができるのか、ぼくは本当にわからない。
それが感動の中身なんだ。メダルの色じゃない」
めずらしく落ち着いた声でヨッシーが語る。
「オリンピックには魔物が棲んでるって言うが、昨日のミスもその魔物のせいだろうし、その翌日の前代未聞のパフォーマンスも、その魔物の力なんだろうな」
「起きないことが起きてしまうっていう意味では、同じなんですね?」
タロウがこっくりすると、スジコちゃんが続けた。
「4年間なのよ。
ショートプログラムは2分40秒、フリーが4分。たったこれだけの時間のために、4年間を過ごしてきたのよ。
食べたいものを自制し、いつも生活の真ん中にオリンピックを置いてきた。
そのことに、あたしは頭が下がるわ。
そこまでやっても結果がでない時があるし、競技を棄権せざるをえない場合もあるのに」
「確かに、夏のオリンピックの100メートル競走なら、わずかこの10秒のために4年間を過ごすわけだからの。本当に頭が下がる」
長老が深々と礼をした。
「オリンピックは、やっぱり特別なのよ。4年に1回だから。
女子だったら、17歳で出るのか、21歳で出るのか。27歳で出るのか31歳で出るのか。
この4年の差は、とても大きいわよね。体がとても違ってくるから。
人によっては、本当に1生に1度のチャンスなのよね」
スジコちゃんが腰をさすりながら言う。
「出れるだけでもすごいのに、そこでまた、自分を超えた力が出せる。
スポーツの素晴らしさ、人間の素晴らしさを再確認させてくれる場なのよね」
「国を越えて、選手同士がお互いを称え合うシーンも、オリンピック精神とは何かを教えてくれますね。
こんな時代だからこそ、オリンピックの意義をもっと考えないといけない」
タロウが腕を組みながら言った。
「わたし、フィギュアスケートのペア、やりたい!」
泣き崩れていた銀子ちゃんが起き上がるなり、叫んだ。
頭の上の触手が逆立って揺れている。
のけぞる一同。
生唾をひとつ飲み込んでから、代表して長老が小声で質問した。
「で、相手は誰かの?」
「もちろん銀太くん!」
胸を張る銀子ちゃんに、再びのけぞる銀太くん。
「ぼ、ぼ、ぼくっ?」
「確かに、銀子ちゃんにぴったりの相手といえば、銀太くん以外におらんの。
でも、大変失礼じゃが、その体型では、銀太くんにリフトされるのは、ちと難しくないかの?」
「ダイエットします!」
腰に触手をあて、力を入れてお腹を凹ませる銀子ちゃん。
「無理しなくていいですよ。
ぼくは、銀子ちゃんの、そのふくよかなお腹、嫌いじゃありませんから」
梅干イソギンチャクには、そもそもウェストというものがない。
頬を膨らませる銀子ちゃん。
「わかった。そこまで言うならやってみればいい。止めたりはせん。皆で応援しよう。
次の冬季大会は、2030年のフランス・アルプス大会じゃ。
わしは、もう生きておらんかもしれん」
あわてて長老にしがみつく銀子ちゃん。
「長老、そんなこと言わないで長生きして、わたしたちのフィギュアスケートのペア・フリー、必ず見てくださいよ!」
「だ・か・ら、先にあの世に行こうかなと、そう思っちょる」
「イジワル!」
銀子ちゃんが大声で叫ぶと、何事が起きたかと、両方の目元をぬぐいながらコズエさんが茶の間からやってきた。(終わり)




