第16話 ミドリさんの結婚式
「皆さん、大ニュースです!」
朝起きると、梅干イソギンチャクの銀子ちゃんと銀太くんがステレオで叫んだ。
右のスピーカーが銀子ちゃんで、左のスピーカーが銀太くんだ。
「新聞部は、朝からいったい何なのよ?」
寝ぼけまなこをこすりながら、イソスジエビのスジコちゃんが小屋から出て来た。
遅れてカニの長老以下、タロウやダボハゼのヨッシーたちも集まってきた。
「ジャジャーン! 本日は、当家の御息女、青木ミドリさんの結婚式です!」
「おおー!」
嵐のような歓声が水槽の中に響いた。
両手を上に振り回しながら踊り出すマメコブシガニのマメ子ちゃん。
「あたしたちの調査によれば、みどりさんは、昨年3月無事に博士課程を修了すると、そのまま母校の青海学院大学大学院文学研究科の嘱託研究員に採用されて、指導教授をしていた池外教授の研究室に残ることになりました。
でも、嘱託研究員といってもアルバイトみたいなもので、収入的にはとっても厳しいって、お母さんのコズエさんがボヤいてました。
それでも、そのタイミングで、以前から付き合ってた古山ツトムくんと正式に婚約することができて、二人で横浜市金沢八景駅近くのマンションを借りて一緒に住み始めていたんですね」
「それで、この家で見なくなったのか、、、」
うなずくタロウ。
「で、今日がいよいよ二人の結婚式?」
「ザッツ・ライト!」
胸を張る銀太くん。
「で、場所はどこなんですか?」
マメ子ちゃんが前のめりになる。
「新横浜のハートコート横浜、というところだそうです」
「ハードコート? なんか、テニスコートみたいじゃな?」
右腕でラケットを振る素振りをしながら長老がつぶやく。
「また、長老のダボラだよ。
ハードコートじゃなくて、ハートコート!
耳が遠くなったんじゃねぇの? ちゃんと聴力検査やってる?」
水槽のガラスに張り付いたヨッシーからの、上から目線の注意だ。
「ああ、あそこか。知っちょる、知っちょる。
イギリス風の庭園があって、披露宴の途中で2階から新婦が階段を下りてきて、それを新郎が下で待ち受ける演出があるやつじゃろ?」
皆、目が点。
「長老、妙に詳しいですね?」と銀太くん。
「わしは、知らないこと以外、何でも知っちょる」
胸を張る長老。
「わかった! タカシがYourTubeで毎晩予習してたのを、脇から見てたんでしょ?」
銀子ちゃんが鋭く指を指すと、右手で頭を掻く長老。
「タカシが予習ですか?
新郎でもないのに?」
不思議そうなタロウ。
スジコちゃんが半歩前に出ると、静かに説明した。
「お父さんのタカシには、チャペルの中で、みどりさんの手をとりながらエスコートしてバージンロードを歩く出番があるのよ」
「おおっ」とのけぞる一同。
「花嫁の父か、、、」
深くうなずくヨッシー。
「オレなんか、娘が恋人を連れてきたら、1発ガツンとなぐらないと気が済まねぇな、きっと」
「タカシは、ツトムくんが来たとき、二つ返事でOKしたそうですよ」と銀太くん。
「人格者だねぇ、、、」
感心する長老。
「だって、結婚するのは本人たちですから、親や周りが反対したって、意味ないですよね?」
タロウの質問にスジコちゃんが答えた。
「頭ではそうだとわかっていても、なかなか心情的にはすんなりといかないもののようよ。
みんながみんな、周りから祝福されて新しい人生のスタートを切れるとは限らない。
挙式をするとなれば、莫大なお金もかかる。たった1日のために、よ?
それだけのお金があったら、二人の新しい生活のために使うほうがいい、そう考えるのも間違ってない。
特に、今の若い人たちは、お金がないですからね」
静まりかえる水槽の中。
「みどりさんだって、大学院時代の研究費や本代で、相当の借金を背負っているみたいよ」
「ええっ?」と一同。
「なんとか学生時代を借金で過ごし、多額な負債を抱えたまま就職する人もめずらしくないわね」
「なんか、寂しい話になってきたの、、、」
たくさんの足で腕を組んだままのスジコちゃん。
「現実ですから。
結婚生活に、夢なんかありません」
「確かに、結婚というのは、妥協と諦めだって、ぼくも聞いたことがあります」
タロウがつぶやいた。
「1人で決めれることを、2人で決めないといけなくなる。
どこに住むにして、何をするにしても、自分の考えを曲げなきゃいけなくなることが出て来る。
そう考えると、面倒くさいことばかりかも知れません」
正論を吐くスジコちゃんにマメ子ちゃんが、まっすぐな質問をした。
「じゃあ、なぜ、結婚しようとする人がいるんですか?」
「それが、根源的な問いじゃな。
なぜ、結婚するのか?」
水槽の中で、全員が腕を組んで考えはじめた。
その様子を、左手に顎をのせながら見守っているタカシ。(終わり)




