レイナちゃんカフェ、開店
そうして、ついにカフェが開店した。
外にはすでに長大な行列ができており、店内は戦場のような忙しさになっていた。
「豪腕さん、シルバーワーム三人分!」
「おうっ! ほらっ、マグマドッグ三人分だ!」
見事な早さで注文を捌いていく豪腕さんであったが、あまりにも注文が入る速度が早い。
(やっぱり、完全予約制にするしかないかあ──)
(それか、二号店をオープンしちゃう?)
私が、そんな良からぬ事を考え始めたその時、
「なんだあ? こんな場所に、いつカフェなんてできたんだ?」
一人の探索者が、店の中に入ってきた。
男は不思議そうに、きょろきょろと店内を見回すと、
「なんだあ? このヘンテコなメニューは?」
メニューの描かれた黒板を見て、はっと嘲るように口にする。
"え、誰?"
"配信見てない人だ!!"
"そんな人まだいたんか!"
"今の時代にレイナちゃん知らない探索者がいるとは・・・"
男性は店内に足を踏み入れ、カウンターに近づいてきた。
「なんだこの店は? ろくなメニューが無いみたいだなあ?」
よく見ると、顔が赤い。
どうやら、お酒が入っているようだ。
「いらっしゃいませ! はじめてのお客様ですね。いや~、うれしいです!!」
"レイナちゃん、嬉しそう!!"
"クレーマーに全力で喜んでるんですが"
"この感じ、絶対なにも聞こえてないやつw"
「だから、まともなもんを──」
「とびきり美味しいものを、お持ちしますね! 少々お待ちください!!」
"張り切ってるレイナちゃん!"
"これは癒やし系の可愛さ"
"とびきり美味しいもの(致死毒)"
"でもここはレイナちゃんを信じるしかない"
"豪腕さんの顔が少し動いた気がする"
男性は、渋々席に座った。
たっぷり五分後。
豪腕さんが、静かに一皿を運んできた。
艶やかに照り輝く、フォレスト・ボアの炭火焼き──柔らかく仕上げたローストで、ソースの香りが漂う。念の為、毒は抜いてあるようだ。
「……」
男性は一瞬黙ってから、フォークを手に取った。
一口。
「ッ!」
二口、三口。
次々とフォレスト・ボアが男の口の中に消えていく。
「……なんだこれ、うまいじゃねえか」
"おお!"
"これぞ豪腕マジック!"
"面倒な客も実力で黙らせていく!"
男は、満足気に舌鼓を打つ。
そうして黒板に書かれていたチャレンジメニューに目を向けた。
「なあ、このチャレンジメニューっていうのは?」
「はい! 千佳──マネージャーの強い推薦で、ナナドク以上のメニューはチャレンジ料理として制限を設けることにしたんです。とびきり美味しいんですが、やっぱり安全のためにも徐々に慣らしていくべきだって──」
「とびきり美味しいんだな! おい、俺にそれも寄越せ!」
どうにもチャレンジ精神旺盛なようです。
「お客さん、毒耐性はカンストしてますか?」
「毒耐性? …………あ、ああ。勿論。探索者の嗜みだしな」
「ですよね!」
表情を明るくする私。
そうしてナナドクのチャレンジメニュー、こと、深層デスヴァイパーの炙り刺身盛りを持って現れる豪腕さん。
もう片方の手には、しっかりと解毒剤が握られている。
「なんだあ? 随分と大げさな」
「そうですよね! パクっと行っちゃってください!」
深層デスヴァイパーは、最近見つけた大穴の珍味だったりする。
是非とも食べた人と語り合いたいものだ──ワクワクと見守る私の前で、男は、何も考えずに口に運んだ。
グッ、ガクッ。
「ガァァァアアア!?」
のたうち回るように苦しみ出す男。
「だっから言わんこっちゃない! ほれ解毒剤だ。早く飲め!」
だいぶ毒抜きはしてから出したんだけどな、と舌打ちする豪腕さん。
「す、すまねえ……」
男は豪腕さんから解毒剤を受け取り、バタリと倒れ伏す。
"あ゛あ゛あ゛あ゛"
"やっちゃった!!"
"最初から最後まで迷惑すぎるw"
"《鈴木千佳》レイナ、正座。イチドク以上の料理は、毒耐性スキルの証明書を確認してからじゃないと提供しないって最初に言ったよな?"
「あっ……、毒料理の美味しさを伝えたくて……、つい──」
私は、しゅんと反省するのだった。
"まあまあ、これは向こうの客が悪かったということで"
"レイナちゃんを困らせるようなこと、もうするんじゃないぞ?"
「う、う~ん……」
そんなことを話していると、毒でノックアウトされていた男が目を覚ます。
「ハッ、ここはどこだ?」
「気が付きましたか? 良かったです! すみません、毒耐性を確認せずにメニューを出してしまって──」
「まったくだ、毒料理とかふざけるな!! こんなの殺人料理だろ。罰として慰謝料として百兆円を寄越せ!!」
男は、真っ赤な顔でそんなことを叫び始めた。
(たしかにこちらにも落ち度がありますが、最初に偽ったのはそっちなのに──)
少しだけムッとした私ですが、何よりも腹に据えかねたのは豪腕さんでした。
「最初に確認したはずだ。毒の完全耐性は持ってるか? とな」
「はあ? んなことより百兆円だ、百兆円! 慰謝料、慰謝料!」
"ゴミのような迷惑客で草"
"酔っ払い出禁にしよう"
"なんだあこいつ? 酔拳でも使うんか?"
"開幕、こんな迷惑客に絡まれるとはレイナちゃん可哀想・・・"
"いやまあレイナちゃんカフェじゃなかったら、絶対出しちゃいけないもの出してるのは事実だけどw"
一触即発の空気の中、私たちと男が睨み合っていると、
「…………ところで、それはなんだ?」
男が、不思議そうに私の周りを回っている撮影用のスマホに視線を向けた。
「私、ダンチューバーの彩音レイナといいます。配信中でして──」
「えっ!?」
男は、慌てて立ち上がるとスマホの配信画面を覗き込む。
"いえ~い、見てるう?"
"まさかレイナちゃんを知らない人がまだ居たとはなあ"
"慰謝料百万円は草ァ! 命の対価にしては安い・・・"
"ああ、探索者の嗜みだからな!(ドヤ顔) なお持っていない"
そこに映されていたのは、同時視聴者数150万という数字と、悪質クレーマーとして振る舞う自分の姿であり……、
「うわぁあああああああ!」
男は、酔いが醒めた様子で真っ青になると、
「すいませんでしたぁぁあああ!」
そう叫びながら、店を飛び出していくのだった。
──後日。
その男が、もう一度店に現れた。
今度は完全にシラフで、どことなく憑き物が採れたようなスッキリした顔をしていた。
"うわっ、またクレーマーだ!"
"帰ってきやがった!"
"必ずといっていいほど配信中に出くわすの草"
「……あの。先日はとんだご迷惑を──」
「いえ! また来てくださって嬉しいです!!」
"やっぱり全力で喜んでる"
"レイナちゃんにとっては、ただのお客さんなのよな"
「それで、今日は何をしに?」
「イチドクの料理を、今度はちゃんと食べてみたくて。あれ、食べるためにはどうすればいい?」
「耐性トレーニングです! やりますか!?」
男は、少し考えてから、静かにうなずいた。
"目が輝いてる"
"また被害者が増えたw"
"ブートキャンプ始まっちゃう!?"
「……いつかあの料理を、ちゃんと美味しく食べられるようになるまで」
"格好いい……!"
"ダンジョンイーターズの新たな食材が誕生した"
"これは正式に沼に落ちたな"
レイナちゃんカフェは、今日も深層で静かに営業している。




