レイナちゃん式ブートキャンプ(3)
その後も、訓練は順調に進んだ。
──と言いたいところだったが、ひとつだけ予定外のことがあった。
「…………っ!」
ある角を曲がったとき、ゆきのん先輩の足が止まった。
コーナーの先に、何かが居る。
ぬめりのある翼。腐敗した鎧のような外皮。
ドラゴンゾンビだ。
"出た!"
"そうか、こいつ深層のモンスターだもんね"
"あー! レイナちゃんをバズらせた例のやつか!"
"ゆきのん、大丈夫?"
「……ゆきのん先輩、大丈夫ですか?」
イレギュラーとして遭遇したときの記憶は、すっかりトラウマになっている──以前の雑談配信で、ゆきのん先輩はそんなことを言っていたと思う。
思わぬモンスターとの対面に、私は心配になってそう声をかけるが、
「……そうだね。でも大丈夫」
ゆきのん先輩は、そう不敵に笑うと、
「ねえ、私が戦ってみていい?」
そう確認してきた。
"ゆきのん大丈夫?"
"恐怖で判断おかしくなってるんじゃ・・・?"
"でも深層のモンスター相手でも、普通に戦えてたしいけるかも?"
"ゆきのん、やっぱり探索者としても一流"
「……分かりました」
探索者である以上、こいつだけは自分で倒すという相手は多かれ少なかれあるものだ。
私にとってはブルーマスカットとデュラハンがそうだろう。
憧れのゆきのん先輩が、自分だけでやりたいといってるのなら私がやるべきことは──
「分かりました、ゆきのん先輩! 後ろは任せてください!」
「うん!」
そう自信を覗かせ頷くゆきのん先輩。
一方、マインちゃんが、さらりと呪術の印を組む。
ドラゴンゾンビの弱点属性を、ゆきのん先輩の得物に付与したのだ。
「ん、この方が効率的」
「ありがとう!」
ゆきのん先輩が、一歩前に出た。
静かに剣を構える。
「いつかの敵……、取らせてもらうよ!」
ゆきのん先輩が、真っ直ぐにドラゴンゾンビを睨みつける。
ドラゴンゾンビも殺意満々といった様子で、赤く濁った目がゆきのん先輩を睨みつけた。
"おぉおおおおお!?"
"え、本当に大丈夫なの?"
"いざとなったらレイナちゃんが居るとはいえ……"
そんな食材さんたちの心配をよそに、ゆきのん先輩は気合の入った踏み込みと共にドラゴン・ゾンビに剣を叩きつけ……、
「ハァっ!」
一撃で、ドラゴンゾンビの翼を根元から叩き斬った。
続いて体制を崩したところに二撃、三撃。
一瞬の攻防の後、次の瞬間、目の前には、なますぎりにされたドラゴンゾンビの死体が転がっていた。
「……倒した!」
「やりましたね、ゆきのん先輩!!」
"ゆきのんやったああ!!"
"鬼神のごとき強さで草"
"なんか普通に感動してる"
その後、ドラゴンゾンビを焼き払うゆきのん先輩を見ながら、
「あれ、食べないんですか?」
「食べないよ!!」
"平常運転すぎる"
"ゆきのんのツッコミが冴えてる"
(やっぱり、どう頑張っても食べられないよね……)
私の素朴な疑問に、そんな突っ込みを返しながら──ゆきのん先輩は、宿敵とも言える相手を討伐したことで、確かな自信を手に入れたようで。
「うん、私はやれる。……参加して良かった」
「そう言ってもらえて良かったです!」
私たちは、にこりと笑い合うのだった。
***
訓練を終え、私たちはダンジョン深層の入口前の広場に戻ってきていた。
参加者たちは、それぞれ達成感と疲労感が入り混じった顔をしている。
「おつかれさまでした~! いうことで、締めに何か食べましょう!」
"平常運転"
"急に食欲に戻るw"
"やっぱりこれがレイナちゃんだよなあ……"
"締め(トレーニング)"
「そう言うと思ったさ。今日採った素材でいいか? …………なあ、本当にデュラハンまで食べるつもりなのか?」
「美味しいデュラハン料理、私は諦めません!」
豪腕さんが、大きなため息とともにハコベールから食材を取り出していく。
"いや待って!?"
"デュラハンまるかじりは、このチャンネルの代名詞にもなってるけど真似はできないってw"
"《鈴木千佳》ちなみにカフェのチャレンジメニュー候補らしいで"
並んだのは三種類の料理だ。
今日の探索で採ってきた素材を使った普通の料理。
耐性のために用意した毒料理。
そして端の方で独特のオーラを放つデュラハン鍋。
豪腕さんが一言「チャレンジは自己責任で」と言い残して、黙って腕を組んだ。
「あっちも美味しそう!」
「これ、毒耐性がないと食べられないやつですよね?」
並べられた料理を見ながら、一般参加の食材さんたちがヒソヒソとささやきあう。
すっかり参加者同士で打ち解けたみたいだ。
「今日でだいぶ耐性がついたので、みなさんも大丈夫なはずです! 一緒に食べましょう!」
「あ、レイナちゃん! はい、勿論いただきます!!」
"まさか推しに誘われて断るやつなんていねえよな!"
"毒ごときに日和ってるやつおる?"
"うわあああ~~~ 次こそは参加資格を得るんだ~~!!"
なぜか絶叫があがるコメント欄をよそに、私はパクパクと料理を口に運ぶ。
やっぱり豪腕さんの料理は美味しいのだ。
「一応、こっちには毒がない料理もあります。毒のないダンジョン料理なんて、麺のないうどんみたいなもんだと思いますけどね」
「なら一番いい毒をもらおう」
「軍曹~!?」
気がつけば軍曹が、六毒に挑戦していた。
豪腕さんが止める間もなく口に運び──そのまま轟沈。
"一番いい毒をもらおう(即死)"
"逝ったぁぁあああ!"
"こんな綺麗な死亡フラグある?"
"カフェが最前線にある理由、分かったな。たどり着けるぐらいの腕がないと、まじで食べれるものもないんだわ・・・"
豪腕さんが、無言で解毒剤を押しつけた。
軍曹は起き上がり、何も言わずにまた鍋に手を伸ばす。
「わ、私だって六毒行きます!」
「やめとけ長田、これは漢の意地だ!」
「引退したお年寄りはすっこんどいてください!」
"学習しないww"
"これは泣く子も黙る鬼教官"
"もう勝手にしてもろて()"
──凄まじい勢いで減っていく解毒剤。
カオスだった。
一方、肩に乗っかったおもちくんは、ぷるんぷるんと鍋の方を向いて、
「シンジュク、ダンジョン、タノシイ?」
なぜか、そんなことを真剣な表情で聞いてきた。
「オイシイ、ダンジョンナラ、ホカニモ、アルヨネ?」
(たしかに函館ダンジョンも美味しかったし、全国の御当地ダンジョンも気になるけど──)
「やっぱり私にとって、このダンジョンは特別なんです! 猛毒も、食べづらい深層のクソボスも、ときどき出会う美味しい新イレギュラーだって──いつもワクワクさせてくれます。きっと、このダンジョンを作った人は神さまだと思うんです!」
「ナ、ナルホド……」
ぷるんぷるんと震えるおもちくん。
一体、どうしたのだろう?
"おもちくん?"
"なにか迷ってる?"
"おもちくん、やっぱり黒幕かなにかでしょw"
"今日も生存確認&完食回避!"
そうして、ブートキャンプの夜は更けていくのだった。




