レイナ、ダンジョンでカフェを開く
大富豪配信から数日後。
配信用のカメラの前に座る私は、いつになく気合が入っていた。
「今日も食卓から、癒やしをお届け。食材のみなさん、こんレイナ~!」
"こんレイナ~~!"
"ついに喰われてまうんか?"
"あれ? 今日も雑談配信だっけ?"
"理不尽モンスター配信も楽しいからオッケー!"
"出だしだけは清楚!"
相変わらず失礼なコメントが並ぶけれど、私は満面の笑みでスルーする。
そう、今日の私は一味違うのだ。大富豪配信で千佳に理不尽モンスターとまで言われた私であるが、やっぱりこの配信には何よりも癒やしが大事だと思うのだ。
「皆さん。私は考えました。最近の私は、アメリカに行ったりフェニックスを倒したりと、少しだけ初心を忘れていた気がするんです」
"初心(モンスターを素手で解体)"
"初心(レベル測定不能)"
"嫌な予感しかしない導入"
「癒やしとは何か。癒やされるのはどんな時か──そう初心に思い立って気がついたんです。ずばり落ち着いた空間で何かを食べるとき──私、ダンジョンでカフェを開きます!」
配信画面が、一瞬だけ静止したように見えた。
次の瞬間、コメント欄が物理的な衝撃を感じるほどの速度で流れ始める。
"なんて?"
"カフェ(屠殺場?)"
"いきなりどったのw?"
"珍味カフェ的なやつかな??"
カオスに盛り上がるコメント欄は、意外にも概ね好評な様子だ。
私はほっと胸を撫で下ろしつつ、流れるような速度でコメントに目を通していく。
"場所はどこにするの? やっぱり深層?"
"深層のカフェとか、たどり着ける客がレイナちゃんしかいない件"
"メニューは? やっぱりドラゴンの姿焼き?"
"資金はどうするんだろう?"
さらには海外リスナーさんからの英語コメントも、怒涛のように流れてきていた。
"え、なになに!? なにが起きてるの(英語)"
"またレイナちゃんが、なにかやらかすの?(英語)"
"《英検一級はクソゲー》レイナちゃん、深層でカフェ開くってさ"
"異世界へのゲート開くガチ探索者が、そんな呑気なことしてるはずないだろ。いい加減にしろ!"
"《英検一級はクソゲー》ぶわっ(´;ω;`)"
「う……。そうですね。場所はやっぱり、私が一番落ち着く新宿ダンジョンの深層がいいかな~って。でも資金については、確かに考えてませんでした。これは私の個人的な趣味みたいなものなので、ギルドの運営費から出すのは違いますし……」
ちなみにダンジョンで採れた素材は、いまだに換金できていない。
スパチャ(投げ銭のこと)の資金を使えばある程度は出せるかもしれないけど、それを理由にお願いするのも違うと思う。
う~んと私が頭を悩ませていると、コメント欄から一つの提案が躍り出た。
"もういっそここでスポンサー募集すればいいんじゃ?"
"たしかに。ここが最高の宣伝場になってるよね"
"同接安定して百万近く叩き出す女"
"今の時代は異世界探索かレイナちゃんかのニ択"
"豪腕ニキの真なる料理配信もいいぞ"
「なるほど、スポンサー募集ですか」
いつものような食材さんたちの悪ノリだろう。
こんな思いつきに協力してくれるような企業さんがあるはずもないし。
私は、そんな気楽な気持ちでカメラに向かって微笑むと、
「なるほど! では募集してみます、私が開くイーターズカフェに協力してくださる企業さんは──」
"あっ……(察し)"
"レイナちゃんまたやってるwww"
"うちの広報部門に急げ! なんかサプライズですげえ企画始まった"
"イーターズの新企画に関わるチャンスがあるってマ??"
気楽に発した私の言葉は、文字通りの大反響を引き起こした。
コメント欄はまさしく蜂の巣をつついたような大騒ぎとなり、企業名のアカウントがいくつも挨拶を投げ込んでくる。
「…………え~っと、連絡先は千佳──マネージャーの方までお願いします! え~~っと……、それでは食材のみなさんおつレイナ~!」
"おつおつ~"
"おつレイナ~"
"逃げたww"
"またマネちゃんの胃に穴が空いてしまうww"
私は、盛り上がるコメント欄を見なかったことにして、ブチリと配信のスイッチを切った。
「…………レイナ、正座」
「はい……」
ラボの中央。
私は慣れ親しんだフローリングの上で、綺麗に正座していた。
目の前では千佳が仁王立ちしながら、般若のような形相で私を冷たい目で見下ろしている。
(デジャブ──この千佳の表情、前も見たことあるなあ……)
なんて私が現実逃避をしていると、千佳が手元の端末を乱暴に操作しながら声を荒らげた。
「イーターズのホームページは落ちるし、ラボの電話が鳴りやまん──久々やなあ、この感じ」
「うっ、ごめんなさい」
「まあレイナの活動をサポートするのは、うちの仕事やけどな。頼むから事前に相談してな?」
まったくもって言い訳のしようもない。
「千佳、いつもありがとう……! これからも、末永くよろしく……!」
「随分と開き直ったな!?」
呆れる千佳を拝み倒すように、私は両手を合わせた。
千佳は深く大きな溜息をつくと、話を戻すように口を開く。
「それでスポンサーさんなんやけど……、今回もエリクシアさんでええか?」
「え~っと、ラクラク・ハコベールの会社だよね? 千佳がいいと思うなら良いと思う!」
ダンジョンイーターズとエリクシアさんの付き合いは、それなりに長い。
始まりはデュラハンの調理器具爆破事件のときから、今やダンジョン探索の革命とまで言われたラクラクハコベールの案件配信まで。
エリクシアさんも私たちの配信で、常に品薄なぐらいに道具が売れているらしく、まさしくウィンウィンの関係といえるはず──今回もタイアップできるなら、とても楽しそうだ。
にこりとうなずく私に、千佳が分厚い資料を差し出してきた。
「え~っと、これは?」
「先方の社長が、長々と企画書を書いてきたんや。あの人も大概お祭り好きやなあ」
「す、すごい気合ですね──」
図太いというか、面白ければなんでもオッケー、な人のよい社長の顔が浮かぶ。
資料を覗き込むと、そこにはカフェの外観や内装、コンセプトまでが分かりやすい図とともにまとめられていた。
わあ、と目を輝かせる私だったが、ページをめくるにつれ頭にハテナマークが浮かび始める。
「あの……。千佳、カフェに檻は必要ないと思うんですけど?」
「まあうちもそう思うんやけどな。レイナならモンスターの生け捕りコーナーとか用意するかも、とか思われてるみたいなやな」
あ、本当だそう書いてあった。
アイディアいただき。
「え~っと、急患を見れる治療所を併設すること。これは?」
「だってレイナ、毒物も遠慮なく出すやろ?」
「え? 毒耐性ぐらいみんな持ってますよね?」
「……え?」
「え?」
奇妙な沈黙が私と千佳の間に降りる。
千佳は、私が勧めたブルーマスカットを未だに頑なに食べてくれない。あんなに美味しいのに、不思議なものである。
「でも分かりました。念には念を入れて──エリクシアさんに任せておけば大丈夫そうですね。エリクシアさんに決めましょう!」
「早っ!? そんな即決でええんか?」
「大丈夫です! 千佳が決めることに間違いはありません!」
「まったく、この子は──」
千佳は呆れたような顔でこちらを見ていたが、どこか満足げに口角を上げた。
「分かったで。これもイーターズでやれたら面白そうな案件や。最高のカフェを用意したるで! だからレイナは、しっかりと宣伝とメニューの考案を頑張るんやで!」
そう背中を推してくる。
「うん、任せて!」
そうして私は、最高の癒し空間を作るべく、アイディアを考え始めるのであった。





