アメリカダンジョン最深部攻略(2)
「射撃部隊は、とにかく視界に入ったやつに打ち込め!レイナ以外は、とにかく安全地帯から離れるな!」
緊張感に満ちたランドルフの鋭い声が飛ぶ。
そこからの戦闘は、主に遠距離攻撃の撃ち合いと化していた。
"なんかすごいことが起きてるのは分かる!"
"魔法合戦じゃん、すごっ"
"クイーンさまの大魔法じゃん。なんだこの威力"
"これでも掃除しきれず溜まっていく蜘蛛の数、やばすぎ"
派手な魔法が飛び交い、次々と落ちてくる蜘蛛を焼き払っていく。
対ヘブンリースパイダー対策のパーティーということで、主に、遠距離攻撃を主体とする探索者が大勢集まっていたのだ。
「す、すごい!」
「ううん。これは今までの詠唱の貯金があるから。やがてはジリ貧になる」
パッと見、こちらが圧倒しているように見える。
しかし私の感想を、マインちゃんは冷静に否定した。
何度もこのボス戦に挑み、敗戦パターンも色濃く覚えているのだ。
「あらかじめ用意できる詠唱には、どうしても限界がある。魔法に隙があるタイミングで、蜘蛛が増殖して、そのまま火力で押し切られちゃう。……レイナちゃん、無理言ってるのは分かってる。どうにかできる?」
「任せて下さい!」
凄まじい勢いで、小さな蜘蛛が降ってきているのは見えた。
その数は、毎秒三十匹といったところだろうか。魔力の流れさえ感じられるなら、それを頼りに回避することはできる。
「頑張って!」
「行ってきます!」
そうして私は、ランドルフの巨大な盾の裏――その安全地帯から飛び出し、真っ直ぐに駆け出した。目指すのは、ヘブンリースパイダー――巨大蜘蛛の本体である。
壁を蹴り、天井を目指して一気に駆け上がる。
蜘蛛の本体は、第二フェーズに入ってからはずっと天井に張り付いていたからだ。
(右ッ! その直後に、前後から複数のレーザー!)
私は宙を縦横無尽に駆け抜ける。
一瞬でも回避が遅れたら、あっという間にレーザーに撃ち抜かれる死と隣り合わせの演武。
「す、すげえ!」
「全部見えてるのか!?」
「レイナちゃん、さすが!」
そんな声がかすかに耳に届くが、私は集中を切らさぬように意識する。
時間にすると、おそらく一分にも満たない短い時間。
私は、全身全霊を集中して、レーザーを徹底的に回避していく。
"なんだこれwww"
"もうこれ弾幕ゲーじゃん!"
"本体狙う奴に反応してるのか? レーザーの数多すぎる"
"これ避けきるレイナちゃん、まじでどうなってんの!?"
"ボスもバケモンなんだけど、レイナちゃんも大概バケモノなんだよなあ"
(なんでしょう、これ)
(見えます。部屋の中のすべての魔力の流れが!)
極限までの集中力――不思議な感覚だった。
こちらを狙って放たれるレーザーの気配が、一つ残らず知覚できる。
どう身体を動かせば、最低限の動きで回避しきれるかが頭に浮かんでくるのだ。
今までになかった不思議な感覚に身を委ねつつ、私は壁を蹴り、徐々に巨大な蜘蛛との距離を詰めていく。
もう奴らのレーザーは、決して私には届かない――そんな確信があった。
「捉えました!」
――キィッ!
天井を走り抜け、私はついに蜘蛛の本体のコアに到着する。
そうして、まずは一撃。
さらに慎重に一撃。もう一撃。
ときどき飛んでくるレーザーを躱しながら、何発かの拳を叩き込んだところで、
「な、なんだ!?」
巨大な蜘蛛は、ついに力を失ったように地面に墜落をはじめる。
さらには悪夢のように存在感を放っていた小型蜘蛛の集団も、あれだけ居たのが嘘のようにいきなり消え失せたのだ。
「「うおおおおおおお!」」
少し遅れてやってくる実感。
私たちは、ようやくヘブンリースパイダーの討伐に成功したのだ。
"や、やりやがった!!"
"レイナちゃん、本当にワールドレコーダーになっちまったよ!!"
"いやでも神業だったでしょ、レイナちゃんにしかあの役割は無理よ!"
"レイナちゃん最強! レイナちゃん最強! レイナちゃん最強!"
因縁のボスを倒し、さすがのベテラン探索者たちの間にも弛緩した空気が流れていた。
これまでのように、次の階層への階段が続くと思っていたのだ。
ちょっとだけ次の階層の味見に行くもよし。ワープゲートだけ起動させて、さっさと戻ってもよし――ダンジョンの最深部を攻略した者のみに訪れる特権。
しかし、一向に次の階層への階段は見つからない。
その代わりに現れたものは……、
「な、なんですかこれ?」
「俺に聞くな……。何なのだこれは――」
「向こうにも、何か景色が見えますね」
一言で表現するなら次元の歪みとでも表現したものだろうか。
ヘブンリースパイダーを倒して現れたのは、異空間につながっていると思しき穴であった。
唐突に現れた異物としか表現のしようのない穴。
私たちは、困惑したまま見つめることしかできなかった。
「マ、マサカ――コレハ、エステリアン!」
沈黙を破ったのは、思いもよらぬ声だった。
「おもちくん!」
声の主は、ハコベールからぴょんと飛び出してきたおもちくんだ。
おもちくんは、ぴょこんぴょこんと飛び跳ねながら、必死に穴の中を覗き込む。
「おもちくん、エステリアンって何?」
「ウマレタ、コキョウ! マサカ、ツナガル、コトガ、アルナンテ!」
おもちくんの生まれ故郷。
それは、この穴の先――すなわち異世界ということか。
ボスの討伐報酬――この階の報酬は、異世界につながるゲートということか。
「いやいや、そんな馬鹿な。異世界なんて――」
「リーダー、今さらそんなことをいいますか。こんなファンタジー全開なダンジョンに潜っておいて……」
「た、たしかにそうだけど――」
マインちゃんとランドルフが、そんなことを言い合っている。
素直に考えるなら、この穴は、おもちくんの生まれ故郷とつながっており――すなわちダンジョンは、異世界そのものだったということになるのか。
「ドウナッテ、ドウナッテルンダ…………」
ぷるんぷるんと震えるおもちくんを、とりあえずは肩の上に乗せ、
「次は、異世界で料理配信ですかね!」
私は、そう呑気な声をあげるのだった。





