異世界グルメ配信、始まる
「じゃあ、やるか!」
豪腕さんが、覚悟を決めたようにそう言った。
異世界に来て最初の料理。
しかも材料は、瘴気まみれの巨大イノシシだった。結構な無茶振りにもかかわらず、覚悟を決めた豪腕さんの手つきはベテランの料理人そのものであった。
「まずは開けた場所まで運ぶか!」
「了解です!」
私はハコベールに瘴気イノシシをぶちこみ、近くの少し開けた場所までずるずると引っ張っていく。
「豪腕さん、ここでどうですか?」
「ああ、十分だ。ミライ、火の準備を頼む」
「了解ッス!」
ミライちゃんが、手早く周囲の安全を確認しながら動き始める。
"豪腕ニキがいる安心感w"
"ちゃんとした料理配信はじまる!"
"レイナちゃんだったら丸齧り案件だったかも・・・"
"とりあえず鍋になるゾ・・・"
一方、軍曹と長田さんは周囲の警戒に回っていた。
まだ異世界に来たばかりだ。次のモンスターがいつ出てきてもおかしくない。
けれどその緊張感の中で豪腕さんだけは、いつもと変わらない料理人の目になっていた。
「さて……」
豪腕さんが腰を落とし、瘴気イノシシの身体をじっと見つめる。
「どこまでが瘴気の影響で、どこからが食材として使える範囲か……、だな」
「やっぱり、そのままは危ないですか? 瘴気、美味しそうに見えますが……」
「さすがに少し吸っただけで気持ち悪くなるものを食べる気にはならなくてな──」
豪腕さんは、瘴気で変色したイノシシの鼻面を見て顔をしかめた。
瘴気に侵され、イノシシの鼻面だけが赤黒く変色しているようだ。
"判断基準がずっと味なの草"
"むしろそれ以外に大事なことある??(↑↑訓練された食材感)"
"豪腕ニキは常識人でいてくれ"
コメント欄は好き勝手なことを言っているけれど、豪腕さんはそれどころではないらしい。
食べられる部分とそうでない部分を、ひとつひとつ確かめるように指先を動かしていく。
「ふむ、肉の質は悪くなさそうだ。──いててて」
「──素手で触るとか無鉄砲。はい、これで大丈夫」
マインちゃんが、さっと御札を取り出して豪腕さんの手元へかざした。
淡い光がじんわりと広がり、豪腕さんの指先にまとわりついていた嫌な気配が、すっと薄れていく。
どうやら瘴気の濃い部分に直接触れたせいで、少しだけ影響を受けていたらしい。
「おお……、さすがは小魔女の祝宴」
「その呼び方はやめて」
豪腕さんが口にしたのは、マインちゃんの探索者としての二つ名だ。
その声を聞いて、マインちゃんは心底嫌そうな顔をした。
(な、なんか親近感……!)
中二心あふれる二つ名を探索者につけるのは、よくない習慣だと思う。
"マインちゃん心底嫌そうで草"
"かっこいいのに・・・"
"二つ名ほしい!"
好き勝手に盛り上がるコメント欄をよそに、豪腕さんはもう次の作業に移っていた。
未知の食材を前にしているはずなのに、その手つきに迷いはない。
「なるほど、こいつが異世界の食材か! なんてことはないな!」
そんな軽口を叩きながら、豪腕さんはサクサクとナイフを入れていく。
鮮やかな手つきで毛皮を剥ぎ、瘴気が濃くまとわりついている部分を慎重に切り分けていった。
「おお……」
思わず感嘆の声が漏れる。
異世界の未知の食材を前にしても、豪腕さんの動きには迷いがなかった。
それどころか、なんだかちょっと楽しそうですらある。
"手際よすぎる"
"豪腕ニキ、異世界でも通常営業"
"初見食材を前にしてこの落ち着き、頼もしすぎる!"
「レイナ」
「はい!」
「この辺は触るな。瘴気が濃い!」
「分かりました! 後でまとめて食べるんですね?」
「違うっ!」
テキパキと解体されたイノシシ肉を、私はお皿(これもハコベールから取り出した)に取り寄せていく。
"まとめて食べないでww"
"レイナちゃん、絶対瘴気のことを美味しいスパイス程度にしか思ってないw"
"珍味候補かも!?"
"なんかめっちゃ名残惜しそうww"
どうやら食材さんたちにも、私の気持ちは読まれているらしい。
でも、美味しそうなものを前にして気になるなという方が無理だと思う。
「瘴気が少ない部分を、しっかり火を通す。まずはそれで様子を見る」
「なるほど。まずは肉の味をしっかり確かめるんですね?」
「ああ。……マイン、このモンスターの肉は、食べても大丈夫なんだよな?」
「ん、しっかり火を通して瘴気を避ければ無問題」
豪腕さんの問いかけに、マインちゃんはこくりと頷いた。
「準備は出来てるッス!」
簡易コンロの上に鉄板を乗せ、ミライちゃんがそうワクワクした表情で口を開く。
それから始まったのは、簡易的なバーベキューだ。
「む~、せっかくならお野菜もほしいですね? なにかいいモンスター居ませんか?」
「そんな都合よくは──」
「なら仕方ないですね。とっておきですが出しちゃいます」
私はハコベールから、お野菜モンスターたちを取り出してバーベキューの鉄板の上に乗せていく。
こんなこともあろうかと確保しておいた、深層で出会った美味しいモンスターたちだ。
「少しだけ毒も含んでますが、きっとこのメンバーなら大丈夫だと思います!」
「美味しそうッス!」
無邪気に喜ぶミライちゃんと、恐る恐るといった様子で手を伸ばす長田さんや軍曹たち。
"ここれで投入される野菜モンスターたん!"
"異世界バーベキューWith新宿野菜"
"毒・・・ほんとうに少しだけ??"
"見た目だけは美味しそうなんだよなあ(遠い目)"
やがて瘴気イノシシが、いい感じの色に焼けてきた。
私は、持ち込んだ塩と香薬につけて、その切り身を口に運び、
「ん~! 最高ですね! ほっぺたが落っこちそうです!」
幸せな気持ちになり、そう声をあげる。
「いい匂いッス!」
「思った以上だな。…………彩音、毒消しと解呪薬を取ってくれ」
「もう、軍曹ったら。修行が足りませんよ?」
「面目ない……」
"軍曹もう食らってて草"
"異世界の初料理、ちゃんと当たりっぽいな"
"豪腕ニキの評価が高い時点で信頼できる"
"解呪薬を取りつつ食べ続ける軍曹つよい"
そんなことを話しながら、パクパクと肉を食べていく。
ミライちゃんは焼けた肉を頬張って目を輝かせ、軍曹は渋い顔で毒消しを飲みながらも次の一切れへ箸を伸ばしている。長田さんは慎重に焼き加減を確かめつつ口に運び、豪腕さんはそんな皆の反応を横目に、次の肉をひっくり返していた。
異世界に来たばかりだというのに、不思議とその場の空気はどんどん和んでいった。
"なんだこの絵面w"
"異世界の森で急にホームパーティ始まってる"
"緊張感どこいった"
"これがダンジョンイーターズなんだよなあ"
"↑↑アルテマメモリーズもいるんだが??"
「そうだ、こっちも食べてみますね!」
私がそう言いながら箸でつまんだのは、捨てられそうになっていた肉の欠片だ。
最初の切り離された、瘴気が固まっていた場所だ。
「ガチものの瘴気漬けの部位だよなそれ!? 止めとけ、止めとけ!」
「でも! ここが一番美味しそうなんです!」
必死に止めようとする豪腕さんをよそに、私はそう説得。
流石に他の肉と混じらないように、隅っこに置かせてもらうことに。
「レイナちゃん、一応、解呪式は準備しとく」
「ありがとう、でも大丈夫だと思います!」
"出たw 本当に食べるのww"
"《鈴木 千佳》この子は特殊な訓練を受けています。真似は──真似する人もおらへんか"
"マネちゃんw"
"止めないの!?"
"《鈴木 千佳》あんだけ目を輝かせてるレイナを止めれる人は、おらへんよ・・・"
"マネちゃんが匙を投げた~~!?"
程よい焦げ目がついたのを見て、私は、意気揚々と肉の欠片を口に運ぶ。
脂はじゅわっと甘いのに、舌の奥にぴりりと痺れるような刺激が残る。
「ん~! これが、瘴気! 柔らかくて、ジューシーで、なんだか変な味です!」
「レイナ様、あたいも食べたいッス!」
「ナナドク相当って感じかな? ミライちゃんは念の為、ちょっとだけ」
"食レポが雑!"
"でもなんかうまそうで悔しい"
"ナナドク相当www"
"異世界初食材、まさかの劇物寄りでした"
変な味ではあるけれど、妙にくせになる不思議な味だった。
「他に食べたい方はいますか?」
私は、首を傾げながら周囲を見渡す。
「お、俺は遠慮しておこう」
私の問いかけに、豪腕さんはきっぱりと強い意思を込めた口調で拒否してきた。
「俺も……。いや、修練のために食べた方がいいのか?」
「軍曹がいくなら、私もお供します!」
軍曹と長田さんは、なぜか覚悟を決めたような顔をしている。
"なんで修行になるんだよw"
"長田さんまで付き合うのか"
"この人たち、順調に染まってません?"
「あ、そうだ。せっかくなので、これもカフェのメニューにしましょう。美味しいのが見つかったら、どんどんカフェのメニューに加えていきますね!」
私の思いつきに、かつてないほど盛り上がるコメント欄。
「異世界グルメ、最高です!」
"まだ始まったばかりなんですが!?"
"レイナちゃん楽しそうで何より"
"これ、絶対とんでもない旅になるぞ"
そうして緊張感の欠片もないまま、私は異世界渡航配信を終えるのであった。




