レイナ、異世界の探索拠点を訪れる
配信を切ると、森の中にじゅうじゅうという焼ける音だけが残った。
さっきまであれだけ騒がしかったのに、急に静かになると妙に落ち着かない。
私は、鉄板の端に残っていた瘴気イノシシの欠片を名残惜しく見つめた。
「……もう何体か出てきませんかね?」
「どれだけ食べるつもりだ……」
「え~っと。予備とカフェ用と……、布教用?」
「誰に布教するつもりだ、誰に……」
豪腕さんが、そう呆れたように道具を片付けていく。
そうして片付けが終わる頃、マインちゃんがぽつりと口を開いた。
「そろそろ拠点、行こう。案内する」
「拠点?」
「ん。異世界で探索してる人たちの拠点」
マインちゃんが言っているのは、ゲートをくぐった先のすぐ傍にあるという拠点のことだ。
作戦会議室でも聞いたとおり、探索者が異世界を探索するにあたり、休むために整えたという生活拠点のことだ。
「ゲートでの移動直後にモンスターに襲われるなんて。珍しい」
「でも、おかげさまで美味しいイノシシ肉が食べられました!」
「結果オーライ……?」
私の言葉に、マインちゃんはそう頷く。
「こっち」
そうしてマインちゃんは、ためらいなく木々の間を縫って進んでいった。
枝を避け、ぬかるみを避け、瘴気の濃そうな場所を自然に外していくその足取りは、もはや庭を歩く人のそれだった。
「マインちゃん、もう異世界の住人みたいですね」
「ん、目印がちゃんとある」
「なるほど……」
そう言われて目を凝らすも、私には目印が分からなかった。
しばらく進むと、前方の木々の奥に灯りが見えた。
地面は踏み固められ、粗い木柵が並んでいる。さらに近づくと、見張り台らしきものまで見えてきた。
「これ?」
「ん。拠点」
「思ってたよりちゃんとしてますね!」
「どんなのを想像してたの?」
私が声をあげると、マインちゃんが首を傾げた。
「もっとこう、岩陰に毛布だけとか」
「完全に野営地だな」
「最初はそんな感じだった。頑張った」
そうつぶやくマインちゃんの口からは、僅かな疲労を感じさせた。
随分と苦労してきたらしい。
(実際、ダンジョンの中に拠点を作ろうと思ったら──めちゃくちゃ大変そうです)
ゲートの近くに休める拠点を作ったのは、まさしく探索者たちの執念によるものだろう。
そんなことを話していると、柵の向こうで見張りに立っていた探索者さんがこちらに気づいた。
その人は、一瞬ぽかんと口を開けたあと、見張り台からほとんど飛び降りるような勢いで駆け寄ってきた。
「マイン! 到着したんだね」
「ん、戻ってきた」
「ってことは、そちらにいるのは!?」
その声につられるように、拠点の中にいた探索者たちの視線が、一斉にこちらへ向いた。
軍曹や豪腕さん、長田さん、ミライちゃんへと流れて――最後に、ぴたりと私で止まる。
次の瞬間、拠点の空気が目に見えてざわついた。
「こちらにいるのは、あの伝説の探索者──彩音レイナちゃんですか!」
「本人!? ホンモノだ!」
「あ、配信見てました! さっそくの右斜め右上に吹っ飛んでいくような配信で──イノシシ鍋、さすがです! 面白かったです!」
「あ、ありがとうございます……?」
戸惑いつつも頭を下げる私。
あれよあれよという間に、拠点のあちこちから人が集まってくる。
さっきまで見張りや作業をしていた人たちが、気がつけばすっかりこちらを囲んでいた。
「私、ファンで!!」
「サインを! サインを!」
「サインはちょっと──。嫌な思い出が……」
そう言った瞬間、脳裏に浮かんだのは、マインちゃんに私のサインが呪術の触媒にされていた光景だった。
私はじとーっとマインちゃんを見る。マインちゃんは、すっと視線を逸らした。
「ん。私もサイン、ほしい」
「少なくともマインちゃんには、絶対にもう書きません!」
「ん……、残念──。とてもよい触媒になるのに」
そんなやり取りをしているうちにも、人はどんどん集まってくる。
私はすっかり目を白黒させていた。
「え、なんでこんな集まってくるんです?」
「当たり前。ここの探索者にとって、レイナちゃんは英雄。一目見たいと思うのは当然のこと」
「そんなもんなんでしょうか……」
「間違いない」
なぜかマインちゃんが、誇らしそうにそう頷く。
正直、あまり実感はないけれど――少なくとも、皆が歓迎してくれていることだけは伝わってきた。
「今日は歓迎会だな!」
「食糧、まだ残ってたよな?」
「せっかくだし、持ち込みの保存食も開けよう」
「とっておきの果実酒、開けちゃうか!」
「バカッ! レイナ様は、まだ未成年だっての!」
「ばれなきゃ犯罪じゃねえんだよ!」
「飲酒配信は一発アウトだから!」
そんな陽気な声が飛び交い、気がつけば拠点の中央では即席の歓迎パーティの準備が始まっていた。
並べられた料理の大半は、地球から持ち込まれた保存食や加工品だった。異世界探索に加わっているのは全世界の精鋭であり、国ごとの特色がありそれだけでも面白い。
加えて食材の中には、少しだけこちらの世界では見たことのない食べ物まで混ざっていた。
「異世界側で比較的安全って分かったものは、こっちにも加えてるんだ」
「わあ……!」
「レイナ様、よだれが垂れてるッス!」
「はっ。……でも、ミライちゃんも随分と楽しそう」
「それはもう異世界グルメ楽しみッス!」
ミライちゃんと、そう笑い合う。
私は、ニッコニコで皿を受け取る。
「それ、うちの特産品なんだ。ぜひ食べていってくれ」
最初に皿を差し出してくれたのは、拠点で炊き出しをしていたらしい探索者さんだった。
焼き色のついた細長い芋のような食べ物で、ほんのり甘い匂いがする。
「これは南の方で採れた実だよ。見た目は派手だけど、甘酸っぱくて美味しいんだ」
「こっちは北方の乾燥肉だ。噛めば噛むほど味が出るぞ」
「辛いのは平気? だったらこれもおすすめ!」
次々と、見たこともない食べ物や、地球側の食材を工夫した料理が差し出される。
しかも話している言葉や訛りまで、どこかばらばらだ。拠点に居るのは、どうやら日本の探索者だけではないらしい。
(ちなみに言葉が通じるのは、千佳が持たせてくれた翻訳用の魔道具のおかげらしい)
(仕組みはよく分からないけれど、通じるならそれで十分──英語苦手だったし感謝!)
私は内心で千佳に感謝の祈りをささげつつ、
「すごい……」
思わず、きょろきょろと辺りを見回す。
焚き火を囲んで、いろんな国の探索者たちが食べて、喋って、笑っている。
異世界への最前線なのに、そこだけは妙に文化祭みたいな空気だった。
探索者たちは、思いのほかお祭り好きなようだった。
「明日は早い。彩音、そろそろ寝ろ」
すっかりテンションが上がっていた私は、ついつい夜通し喋り明かすような気持ちでいたが、軍曹にそうたしなめられて眠りにつくのであった。




