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闇色の公子(最終稿)  作者: と〜や
第二章 王都フィリドス
7/48

2-2

 城門で面会を求めると、すぐに確認がなされ、奥へ通された。案内されながら、謁見の間を目指す。

 白い服に身を包み、暗色のサングラスで目を保護したファーデスは、髪をまとめることなくなすがままに風になびかせている。それが珍しいのか、時折すれ違う女官や賓客が振り返っていく。

 それを意識しているのかいないのか、ファーデスはぴんと背筋を張り、成人前の少年と侮られぬように威風堂々と歩く。だが、サングラスの下の瞳は、闇色に彩られた王宮を事細かに見つめていた。これが、自分が暮らすはずだった城の内部なのか、と。

 美しく彩られた品々。装飾の施された柱。ここかしこに置かれた彫刻の数々。空虚な壁を飾る絵画、肖像画の類。

 足元の深い絨毯。かしずくはずだった女官や賓客の群れ。

 だが、口元は妖しい笑みをたたえたままだ。悔しいとも、悲しいとも漏らさない。ただ、妖しく微笑むのみ。

「ファーデス様」

 後ろからピラカがふと声をかけてきた。心配しているのか、それとも?

「なんだ、ピラカ」

 ピラカは、髪に合わせて喪服のように黒いスーツを着込んでいた。

「お気をつけて」

「わかっている」

 周りに聞こえぬよう小さな声で。それ以上語らず、ピラカは押し黙った。王宮の雰囲気に飲まれたか、それともこれから会う王のことを思って緊張を感じているのか。

「こちらにございます。前の方が退出なされましたら、お入りください」

 案内役の少女はそれだけ言うと二人を残して引き返していった。

 二人は沈黙に押しつぶされるかのように重苦しい時間を過ごした。目の前のきらびやかな白い扉が衛兵の手によって開かれるまで。その間が何と長く感じられたことか。緊張と不安と、わずかな喜びとを胸に押し抱いて、ファーデスは立ち尽くしていた。

 待つのはこれほど苦痛だったか、と彼は不安になりながら扉をにらみつけていた。運命をも決する瞬間を待つのは、絞首台にあがるにも等しく、非常に苦しいことなのだ。

 ピラカは、そんな主人の思いを感じ取りながら、後ろに控えていた。

 沈黙が重い。

 ファーデスの肩がかすかに震えるのを見て取る。

 この、二十歳にもならぬ少年がよく決心をしたものだ。私には出来なかっただろう。だからこそ、今こうして後ろに控えている。

 それがどれだけ重い決断だったか、彼にはよく分かっていた。だからこそ、彼の後ろに隠れようとしたのだから。

 実際、彼は偉いと思っていた。商業の世界で二十歳にもならぬ少年が、星系最大のグループを動かしていると知られれば、それだけでも十分イメージダウンとなり、事業に差しさわりが出る。それをものともせず、自分の正体を明かした上で、さらなる飛躍を遂げた。それが出来るのも、彼の器の大きさのおかげだ。彼を後継者に据えて間違いはなかった。

 おそらく今の彼を見れば、亡きオルディアは飛び上がって喜んだことだろう。これほどの優秀な人材を見出したのだから。

 だが、その彼が震えている。当然だ。彼はいま、最大の決闘に挑んでいるのだ。自分と、運命の。

 その思索を突き破る音がした。

 ギシっときしんで扉が開いた。

 ピラカは、自分のか、それとも彼のものかの心臓の早鐘を聞いた気がした。

 しずしずと商人らしき人物が出てくる。彼の顔はピラカにも見覚えがあった。この星を拠点として活躍する企業のトップだ。相手もピラカを認めたようで、にっと笑みを浮かべ、会釈して通り過ぎた。

「ファーデス・ド・オルディア殿、ピラカ・デ・ケレンティ殿、王がお目通りくださるそうでございます」

 内からそう呼びかける声が聞こえる。二人は意を決して歩き出した。その拳は固く握られ、額にはうっすらと汗も浮かんでいる。

 ある程度進んだところで礼儀に則って膝をつき、深々と礼をする。王から声をかけられるまでは王の尊顔を拝してはならぬ決まりであり、また自分の顔も見せてはならないというのが決まりであった。それを破れば死すらも与えられると聞く。

「惑星ジェグネよりお越しのオルディア家当主、ファーデス・オルディア殿、ならびに補佐官のピラカ・デ・ケレンティ殿でございます」

「顔を上げよ。どのような要件で参ったのじゃ」

 王の年を感じさせる声が二人の上を通り過ぎる。ファーデスはゆっくりと顔をあげ、サングラスを通して声の主をじっと見つめた。

「まずは皇太子セルディア様と皇太子妃リーシュラ様のご婚礼がつつがなく終了いたしましたこと、祝着至極にございます」

「うむ、これでわしも安心ができるというものじゃ」

 嬉しそうに答える王の声。こみ上げる感情を押し戻す。

「ご案内いただきましたように、私どもは惑星ジェグネの商人でございます。二年前に父ナヴァル・ド・オルディアが逝去いたしまして、このたび不肖私めが跡を継ぐこととなりました。つきましては、父と同様にこの星におきましても商業活動をお許しいただければと思い、参上いたしました」

「うむ、ナヴァルは色々とわしによくしてくれたからのう。そうか、そなたが彼の息子であったか。以前聞いたときには黒髪と聞いておったが」

 ピラカは顔を上げ、王が自分を見ているのに気がついた。

「恐れながら、私には亡きオルディア様の跡を継ぐだけの才覚がございませんでしたゆえ」

 それだけいい、黙り込む。

「そなた、ジェグネの出身か? それにしては色素が濃いようだが」

「恐れながら陛下、ピラカも私もオルディア様に拾われたものでございますれば、どこの出身か存じ上げないのでございます」

 横からファーデスが口を挟む。ピラカは顔を伏せた。

「そうか、ナヴァルは才覚ある子供を拾うのが好きだったからのう。では、今はそなたが跡継ぎか。ファーデス殿」

「はい。まだ若輩者でございますれば、ピラカの補佐を得てオルディアの名を汚すことのないよう、日々精進しております」

「よい心がけじゃ。ナヴァルも喜ぼう。時にそなた、なぜサングラスをかけておるのだ。目が見えぬわけではあるまい?」

「申し訳ございません。この星の日差しは色素の薄い私にはきついものですから、保護のためにしておりました」

 そういいながら、ファーデスは口元に笑みを浮かべた。ゆっくりと右手を挙げ、サングラスを外す。

 再び見上げた青色の瞳に、王の視線は釘付けになった。

「そなた、フィーではないか」

「陛下、お気を確かに。私はファーデスでございます」

「そうであったな。……そなた、父と母の名を何と言う」

 ファーデスは普段見せない笑みを浮かべた。

「私はジェグネの片田舎で生まれました。母は、私が十になるまで必死になって育ててくださいました。十になった日に、母は病で死に、それ以来一人で街をさまよっておりました。そして亡きオルディア様に拾われたのでございます。私は父の顔も知りませんでした。ですが、母はいつもこう語ってくれました。お前の父はフィロデスタの国王、フィディアス様だよ、と」

「……名をなんという」

「母の名は、フィーと申しました」

 王は半ば腰を浮かし、自分の息子と名乗った少年をまじまじと見つめていた。

「そなたは何者じゃ、王の子と謀るとは重罪なるぞ!」

 傍らに控えていた重臣があせって金切り声で叫ぶ。その声を聞きつけ、扉の外にいた近衛兵が流れ込んできた。だが、王は彼らを制止し、ゆっくり階を降りてきた。

「では、そなたがフィーの息子なのか」

「ええ、そしてあなたの息子です」

「証拠は! 今までにも王の隠し子と偽って何十人となくこの城を訪れた。だが一人たりとも本当の子はいなかった。王を謀るとは死罪も免れまい。本当に王の子だと証明できるのか!」

「できます」

 重臣の叫び声も意に介さず、ファーデスは王を見つめたまま答えた。どよめきが走る。

「まさか」

 ファーデスは胸元の鎖を手繰った。いまだに指に余る紋章の指輪。それを鎖から抜き取り、王に差し出す。

 王は受け取り、仔細に観察していた。赤い血の色の石は王家の中でもフィディアスにのみ許されたものである。その底に透けて見えるのはあの鳳凰であった。

「まこと、これはわしがフィーと別れたとき、あれに渡したものじゃ。子ができておるのは知っておった。だから、大きくなったらこれを持たせて城に登らせよと言い聞かせて」

 語る王の目尻から涙がこぼれた。

「大きくなったのう。本当にあれにそっくりじゃ。その蜂蜜色の髪も、空を映したように澄んだ青い瞳も、フィーのままじゃ」

「陛下」

 フィディアスは感極まったように膝を折り、ファーデスの手をとった。そして指輪をはめるとおもむろに彼を抱きしめた。

 ファーデスはようやく会えた父の体を抱きとめながら、小刻みに震えているのを感じ取った。手に伝わってくるぬくもり。これが父。血のつながった、空想や想像ではない、本当の父。

「父上……」

 言い返すが、声が詰まった。自分の目尻にも熱いものがあふれているのに気がついた。これほど自分が父に恋焦がれていたとは。

「今まで一人にしてすまなかった。もう離しはせぬぞ。正式にお前を王子として認める。この城にとどまるがいい。お前は間違いなくわしとフィーの子じゃ。どこにもやりはせぬ」

「陛下、そんな勝手なことは許されませぬぞ!」

「わしの決定に不服があると申すか!」

 王が一喝すると、重臣は口をつぐんだ。

 これが、始まりだった。


 その日はとりあえず王の計らいで客室をあてがわれた。本当はその日のうちに王家の一員として認めさせたかったのだろうが、それだけは重臣の強硬な反対に遭い、王のほうが譲歩せざるを得なかった。

 風呂から上がったファーデスはガウン姿でベッドに寝転がった。

「お風邪を召しますよ」

「いいさ。それにしても、こううまくいくとは思わなかったぞ」

「言葉には気をつけてください。盗聴されていないとも限らないのですから」

「わかっているさ、でも、俺は嘘は言ってない」

 ベッドの上を転がりまわる。ピラカはため息をついた。

「まったく、私のほうがひやひやしまさいたよ。王室に入るのもよろしいですが、そうなったらオルディアの家はどうするのですか」

「お前に任せるよ」

「ファーデス様!」

「というのは冗談だ。一挙両得といこうじゃないか」

「うまくいけばよろしいのですがね」

 ピラカはそういうと身支度を始めた。

「どこへ行く?」

 扉を開けて出て行こうとするピラカをファーデスは呼び止めた。

「風呂をお借りするだけです。何ならもう一度入りますか? 昔のように背中を流してさしあげますよ」

 その口調にファーデスは表情を曇らせた。

「ピラカ、お前……」

「よろしいのでしたら行ってまいります。それでは」

 ピラカが出て行った後も、ファーデスは扉を見ていた。かつて、オルディアの家に入ったばかりの頃、ピラカのほうが年齢的にも立場も上だった。

 それが今ではすっかり逆転している。それが彼にとっては面白くないのではないか。

 まさか。

 全てを私に押し付けて逃げた彼が? 亡きオルディアに自分を売り込んだ人間が? そんなことはないはずだ。そうじゃない。ピラカは何を言いたがっているのだろう。

 しばらくこのことが頭を離れなかった。


 湯船につかる。少し熱めの湯が体を心地よく刺激してくれる。おもいきり体をゆるめ、四肢を伸ばして体の力を抜く。

 目を閉じ、深く息を吸い込み、吐く。

 ――王宮か、これが。

 昼間見た王とファーデスの姿を事細かに思い出してみる。涙に咽ぶファーデスとフィディアス。まさかあのファーデスが泣き出すとは思いも寄らなかった。

「やはり、父親の恋しい年頃なのか」

 つぶやきは湯気に巻き込まれて消える。

「フィロデスタ国王、フィディアス」

 貫禄を備えて玉座に座っていた男の姿。自分を見たときに首をかしげていた。その瞳に、その記憶の奥に住んでいるのは、おそらく私の父の姿だ。

 二十年以上過ぎた今も、彼の記憶に残っているのだ。

「よもや忘れたとは言わせない」

 深く憎しみのこもった声でつぶやく。

 自分も父を知らない。はっきりとした映像で見たのは今日が初めてだった。謁見の間に案内される際に見た、肖像画の一枚。間違いない。

 頭まで湯船に浸かる。今まで静かに眠っていた感情が一気に目を覚ましたかのようだ。頭がガンガンする。

 湯から上がり、滴り落ちる水滴も気にせず、ガウンを羽織、髪をしごく。

 浴場を出ると、控えていた女官にタオルを渡し、廊下を急いだ。あてがわれた部屋は最上階である四階の角にある。眺めの最もいい部屋だ。階段を上がり、途中の壁を見る。すでに外は闇が包み込んでいたが、照明に照らし出されて肖像画ははっきりと浮かび上がっていた。

 黒く流れる滝のような髪、細面の整ったあご、すんなりとのびるうなじ。ほどよく高い鼻梁。すっと引いたような細い眉。形のいい唇。そして、宇宙の闇を閉じ込めたような闇色の瞳。その光に輝く星のような光。

 タイトルプレートには『セルフリート・デ・フィラディア三世 成人の記念に』とあった。今の自分より少し若い。没年から死亡時は二十八歳と分かる。

 若くして死なねばならなかったその無念が、絵に映っているようにかれには感じられた。

「セルフリート・デ・フィラディア三世……」

 繰り返しつぶやく。この名は決して忘れない。自分が死ぬその日まで。

 ピラカは部屋へ引き返した。

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