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ブラインドの隙間から街を見下ろす。人工ドームの透明な天井に遮られてやわらげられた三連太陽の光が、指先からこぼれる。うねる金髪が光を受けて蜂蜜色に輝く。
眼下には、数十メートルの高層ビルが乱立し、その間をエア・シャトルのチューブがうねるように走っている。
普段は車が走っているはずの大通りは、今日は豆粒のような人の頭でほぼ塗りつぶされている。中央のあいた部分にゆっくり進んでくるのは、前時代的な黒塗りの馬車であった。
ここは、惑星フィロデスタのメトロポリス、フィリドスでも最も高いホテルの最上階にあるスイートルーム。下を見下ろしていたのは、まだ成人を迎えていない少年だ。少年にとっては、これほど発達した都市を見るのは初めてだった。だが、その顔に浮かぶのは驚きや羨望のまなざしではなく、ましてや好奇心のそれでもなく、十七歳とは思えないほど年老いた表情であった。
「いい気なものだ」
憎憎しげにつぶやき、ブラインドを元に戻す。
「何がいい気なものですって?」
扉を開けておもむろに入ってきたのは、彼とあまり年の違わない若い男だった。黒い髪を長く伸ばし、後ろで束ねている。
「いや、兄上の婚礼に町が浮き立っているようなのでな」
「……憎いですか」
ティーセットをテーブルに置きながら男が言うと、彼は首を振った。
「憎くはない。……いや、やっぱり憎いのかもしれないな。何も知らずぬくぬくと育って、幸せそうな無垢の顔を見ていると、引き裂いてやりたくなるから」
黒髪の男は笑った。
「ひねくれてますね、ずいぶん」
「ひねくれずにいられるものか、これが」
そう答えた金髪の彼も顔には皮肉った笑いが張り付いている。
「……もう一度お聞きいたしましょう。十七年の時を超えて、こうして戻ってきた理由はなんです?」
「父に会うためだ」
金髪の少年の顔が厳しく引き締まる。
「そして、私を第三王子として認めていただき、王位継承権を得るためだ」
「最終的には王位に登るおつもりですか?」
「できるものならな。それが、あの方に対する最大の復讐だろう?」
彼はそういい、冷たく嗤った。
「そうでしょうね。……何であれ私はあなたの補佐官。あなたに従うだけです。あなたのおっしゃるままに」
そういい、軽くおどけて礼をしてみせる。互いに奇妙な笑みを浮かべたあと、黒髪の男は彼にティーカップを渡し、窓に歩み寄った。先ほどまで彼がしていたように街を見下ろす。昼間だというのに花火が打ち上げられ、大勢の者が大通りを練り歩いている。
「ああして祝福されていたのはあなたのほうだったかもしれませんね」
「砂上の楼閣に座して、笑っていればいいさ。いずれ何もかも奪ってやる。地位も財産も女も」
彼も隣に立ち、窓から外を見下ろした。皇太子と皇太子妃のパレードがちょうど通り過ぎようとしていた。
「皇太子妃リーシュラ。隣の惑星ハルディルンのラヴィラ王国第二皇女。今年で十六歳」
「リーシュラ、か。血筋としても申し分ない。ピラカ、資料を集めておいてくれ」
ピラカ、と呼ばれた黒髪の男はうなずいた。
「それではいよいよ?」
「そうだ、城中が皇太子の婚礼に沸いている今だからこそよいのだ。王も気が緩んでいることだろう。それに、偶然通りがかった商人が、皇太子の婚礼を祝福しに立ち寄ってもおかしくはない。明日のアポイントは取ってある」
「明日ですか」
「表向きは星間商人として、この地での商業許可をえるためにな。まあ、この顔であれば、王とて思い出さずにはおられまい」
そういい、彼は長く伸びた髪を払いのけた。腰まで伸びた金髪と空を映したような澄んだ瞳。
「そうでございましょうな」
「お前は知らないが、今の私は亡き母に生き写しなのだ。否が応でも母を思い出してもらう。自分が捨てたかつての母を、よもや忘れたとは言わせない」
少年の瞳には激しい炎が燃え盛っていた。
「これまで私が通ってきた道を、王宮の中で安穏としていた奴らにも味あわせてやりたい。王家の血筋に連なる者だからといって、おきれいな顔をしながら他の人間の血の上に胡坐をかいている奴らなど、支配者とは呼べぬ」
ピラカは少年をじっと見つめた。この話をするときが一番生き生きして美しく見えるのだ。
おそらく、と考えを進める。ファーデスの母君は彼ほど生き生きしていなかったに違いない。見たこともなかったが、彼に生き写しだというフィーを想像することは難しくない。今の彼を女装させるだけでフィーになるのだろう。だが、あの生命の鼓動は。たとえフィディアス国王がかつての彼女の命の鼓動を見初めたとしても、今のファーデスにはかなうまい。
それとも、そういった部分すらも彼女に生き写しなのか。
「ピラカ、この星はずいぶんと技術的に発展しているのだな。ジェグネの街がずいぶんと古ぼけて見える」
「星ごとの差はもちろんございましょう。それぞれに技術開発の部門は拮抗していると聞いておりますから、我が星もフィロデスタに負けてはおりません。ですが、いかがですか? この街と、あの星と。あなたはどちらが住みよいと思われます?」
「私はあの星で育った。ゆえにあの星がいいに決まっている。だがな、これだけの差を見せ付けられると、我らが劣っているのではないかと不安になるのだ」
「そういうものです。この街で育った者でも、かつてを偲んでわれらの星に移住するものもおります。どちらも互いにうらやましがっているのですよ。それにこういったサービスは我々の商売の一部でもあります。あなたには、様々な町を巡り歩いていただきました。それぞれで思ったことを、さらに改良していけばよいのです」
「そうだな」
それ以上ファーデスは口を開かなかった。視線は窓の下へと向かっている。ピラカは彼の動向を見ながら、ふと胸が痛むのを感じた。彼は、いずれ自分のものになるはずの街を見ているのだ。
無言のまま部屋を出る。彼の思いは分からなくもない。何より首にかけたままどこに行くにも外したことのないのあの指輪がそれを証明している。唯一つ皮肉だったのは、やっとこの街にたどり着いたその日が兄セイディアの婚礼の日だったことだ。
廊下を通りながら、窓の外を見下ろす。目もくらむような高さだ。婚礼の馬車はまだ通り過ぎてはいない。豆粒ほどの影からその表情を見分けることは出来ないが、ありとあらゆる幸福を一挙に手に入れて幸せそうな微笑を沿道の者に返しているに違いない。
拳を握り締める。ファーデスが怒るのも無理はない。この自分ですら、微笑んで祝福を与えようとは思えないのだから。
「何も知らなければ不幸になることもないというのにな」
誰に言うともなく口にする。それは自分への慰めか、それとも主人への警告か、自分にもわからなかった。
「父上」
パレードを終えて城に戻ってきた皇太子セイディアは、后リーシュラを従えて父王の玉座へ優雅に歩み寄った。膝を立て、深く礼をする。
「本日はまことにありがとうございました」
型どおりの挨拶を済ませ、立ち上がる。その表情は、言い表せないほど輝いて見えた。
「二人とも近う寄れ」
満面に笑みをたたえ、愛すべき長男に手を差し伸べる。二人は言われるまま歩み寄った。
王はリーシュラの手を取った。彼女は恥ずかしそうにその白い頬を赤らめ、うつむいた。手入れの行き届いたつややかな長い黒髪は、まるで漆黒の滝のようだ。
「リーシュラ殿、本当によく来てくださった。これからはわしを父と思うがいい。気に入らぬことがあれば何でもわしに言ってくだされ」
「身に余るお言葉、光栄にございます」
緊張しながらも言葉を返す。その幼さの残る声としぐさをほほえましく感じながら、王はセイディアに手を伸ばした。
「セイディア、良き妻をいただいたのう。皇太子として、王として恥じぬよう、精進に務めるがよい。お前はいずれこの星を背負って立たねばならぬのだからな」
「はい、父上。お言葉のままに」
そして若き妻に手を伸ばす。王は息子の動作がぎこちなく、照れのためか真っ赤になっているのに気がつき、二人が出て行った後くすくすと笑い始めた。
「若いことはいいことじゃのう。わしにもああいうときがあった」
つぶやく王の瞳は、遠くを見ていた。




