表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不思議な魔女っ子とちびっこサポーターの冒険譚  作者: 三沢 七生


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

702/708

694.ループの終焉と最悪の勝利

フレヤ視点




冷たい風が吹き抜ける氷点下の荒野。

私たちのすすり泣く声だけが虚しく響いている。


――その時だった。


『ちょっと!!なにこれ!?アストラリアが復活しちゃうじゃん!!』


突如として。

私たちの頭上の空から、耳障りでヒステリックな女の叫び声が響き渡った。


悲しみに暮れていた私たちは、ビクッと肩を震わせて一斉に顔を上げた。


『おい、レンッッッ!!サルハナッッッ!!あんたたち、何してんだよマジで!!』


空のどこかから、大音声で降ってくるその声。

姿こそ見えないが、その切羽詰まったような、ひどく癇に障る声にははっきりとした覚えがあった。


エルヴァーンと対峙した際、奴に異常な力を与えていたあの不快な気配。


あれは……間違いない、邪神フライヤの声だ!


『私に魔力を与えなさいッッッ!!魔力も生気も全部寄越せって!!あー、もう、くそっ!はぁっ!?死んでるんですけどっ!?!?うわー、マジで雑魚ばっか!!魔力も全然集まんないんですけど!どうなってんのよ、これ!!』

「……おいおい」


涙で顔をぐしゃぐしゃにしたザックさんが、呆れたようにぽつりとこぼした。


「あれが……世界を裏から操ってた、邪神サマの声かよ……?そこらの路地裏で喚いてる、ただのワガママなガキじゃねえか……」

「ええ……。神聖さの欠片もありませんわね。以前からフレヤが『底が浅い』と挑発しておりましたが……まさか、ここまで醜態を晒すとは……」


エンディラさんも、大怪我の苦痛に顔を歪めながらも、心底呆れたように天を仰いだ。

どんなに恐ろしい存在かと思っていたが……本当に、ただ偉ぶって取り繕っていただけだったのだ。


『あーっ!!もう!!穴が広がるッッッ!!ふざけんなって!!なんでアストラリアなんかに……ッ!?あっ!!ヤバッ、消えっ――』


ブツッ。


突然。


まるで張り詰めていた糸がプツリと断ち切られたかのように、ヒステリックな喚き声が不自然に途切れた。


再び、静寂が荒野に舞い戻る。


――なんだ、今の……?


「……ねえ!ご覧になって――」


エンディラさんの、ひどく微弱な、けれど困惑に満ちた声が響いた。


「なんだよ、エンディラ……」


アメリさんの顔を見つめたまま、声を殺して泣いていたザックさんがエンディラさんにそう言うと、エンディラさんが弱々しく左手を上げた。

身体中、大怪我を負っているからか、その表情は苦痛に満ちている。


「アストラリスの木が……」


私たちは、泥にまみれた顔を上げ、一斉に広場の中央へと視線を向けた。

ずっと、青白い光を明滅させていたアストラリスの木。

その点滅が、ピタリと、止まっていた。


「光が……消え……?」


……いつから止まっていた……?


ドクンッ、と。

世界そのものが、巨大な心臓のように大きく脈打ったような錯覚。


直後。


アストラリスの木が……太陽すらも霞むほど……

圧倒的で眩い輝きを放ち始めた……!?


「なっ……!?」


――カァァァァァァァンッッッ……!!!


凄まじい光の奔流。

青白い光の柱が、アストラリスの木から天空に向かって、厚い絶望の雲を突き破るように真っ直ぐに伸びていく。


それだけではない。


焼け焦げた泥の地面から。

凍てつく雪原から。

そして空の彼方から。


赤、青、緑、金……無数の色とりどりの光の玉が、まるで蛍の群れのようにキラキラと溢れ出し、重力に逆らって天へと昇っていく。


「これ、は……?」


あまりにも美しく、神々しい光景。

温かい光の玉が私の頬に触れると、砕けた骨の痛みが、嘘のようにスッと引いていくのが分かった。


「ゼルさん!これは……!今までの数千回のパターンでも、あったことなんですか!?」


私は、すがりつくような思いで、ゼルさんに問いかけた。


木が光っている。

奇跡が起きているとしか思えない現象。

だったら、この光でアメリさんも……!


しかし。

ゼルさんは、マントに包まれたアメリさんの半身を強く抱きしめたまま、信じられないものを見るように見開かれた複眼で、ゆっくりと、首を横に振った。


『来るよ。ねえ、ゼル。来る』

「来る……何がだ?何が起きている……?」


銀色の剣――『ねぼちゃん』が、震えるような声を上げた。

ゼルさんのこの困惑……これは、これは初めてのパターンということだ!!


「ゼルさんっ……!アメリさんのっ……バーンアウトエクスタシーの回数でっ!!大きな分岐点があるようです……!!」

「おい!見ろよ!!俺だけが見えているわけじゃねえよな!?」


ザックさんがそう叫びながら指さした先。

私たちが上空を見上げると、光の柱が貫いた天空の雲が、巨大な渦を巻いて割れていた。


ぽっかりと開いた……大きな漆黒の穴。

あれは……この世界と異界とをつなぐ穴だ……!!

その穴の奥から、まばゆい光を纏った、山のように巨大な『空を飛ぶ船』が、一隻、また一隻と、次々に姿を現したのだ。


あれが……異界の大船団……?


「……アストラリスの木が……復活した……?」


ゼルさんの、血を吐くような呟きが、光に包まれた荒野に落ちた。


「アストラリア様の、封印が解けた……!!アメリは……アメリはやってのけたんだッッッ!!」


ゼルさんの声が、徐々に大きくなり、最後は慟哭に変わった。


「ゼルで良いのかしら!?ねえ、これはどういうことですの!?」

「俺達にも説明してくれよ!何がなんだか分かんねえぞ!?」


エンディラさんとザックさんが声を上げると、ゼルさんは二人の方に顔を向けた。


「そうか……!エンディラ、ザック!!アメリが三回ではなく、二回の限界突破に留めたのは……最後の魔力を、木に到達して杖を突き刺すためだけに残していたからだッ!!」


ゼルさんは、腕の中のアメリさんを、壊れるほど強く抱きしめた。

ルカさんも立ち上がって、ゼルさんに歩み寄りながら口を開いた。


「なあ旦那、それはつまり……?」

「この回は……アメリが杖を木に突き刺せた……数千回繰り返して、初めての回ということだ……!!邪神フライヤが締め出され、俺達の世界との繋がりが安定したんだ……!!」

「……!じゃあ、勝ったんですね!?アメリさんは、世界を救ったんですね!?」


私が歓喜の声を上げようとした、その瞬間。

ゼルさんの表情が、絶望という言葉すら生ぬるいほどの、底なしの暗闇に沈んでいることに気がついた。


「ゼル……さん?」


なぜ、そんな顔をするんですか。

世界が救われたんですよ。

神様が来るんですよ。

ここからまた、次の回にループして、今度こそはアメリさんも無事に……!!


「……ループは、もう、できない」


ゼルさんの口から零れ落ちたその言葉に。

私の思考は、完全に停止した。


なぜ……?


「なぜですか、ゼルさん……っ!理由が分かりません!今、アメリさんが正解にかなり近いルートを切り開いたんでしょう!?だったら、その情報を持ち帰って、もう一度だけ最初からやり直せば……次こそはアメリさんも無事に生還して、女神様も復活する完璧な世界線にたどり着けるかもしれないじゃないですかッ!!」


泥だらけの地面に這いつくばったまま、私は必死に叫んだ。

全身が激痛を訴え、言うことを聞かない。だけど声は止まらなかった。


そうだ、論理的におかしい。

時間を巻き戻せるなら、最高の『当たり』を引くまで繰り返せばいい。

これまで何千回もそうしてきたように。


しかし、アメリさんの冷たくなった身体を抱きしめるゼルさんは、絶望に歪んだ顔で、ゆっくりと首を横に振った。


「……無理なんだ」

「無理って……どうしてッ!」

「メーラ様の『時の回廊』は、無限じゃない……ッ!」


ゼルさんの痛切な叫びが、私の言葉を遮った。


「この途方もない力の本来の目的は、個人の救済じゃない」

「おい、なんだよ……個人の救済ってよ……」


ザックさんの悔しそうなうめき声にも似た小さな抗議の声。

それでもゼルさんの辛そうな表情は揺るがない。


「本来の目的は……『女神アストラリア様の復活』、そして『邪神フライヤの消滅』だ。俺たちの住む世界と、お前たちのこの世界を繋ぐゲートを安定的に展開し、世界を正常な形に戻すこと……それが、国を挙げた俺たちの至上命題だった」


ゼルさんは、上空の巨大な次元の穴から次々と現れる、まばゆい光を纏った大船団を見上げた。

異界の軍勢。


それはつまり。


「……アメリが木に杖を突き刺したことで、その『勝利条件』が完全に満たされてしまった……。ゲートが繋がり、固定された。もう、過去への遡行は完了した。……『時の回廊』は閉ざされたんだ……」

「そ、そんな……待ってください!でも、メーラ様なら……!あのメーラ様なら、もう一度くらい……!」

「おい、そのメーラ様ってやらのケツを叩いて、なんとかならねえのかよ!?」

「そうですわ!これではっ……!」

「そうだぞ、ゼルとやら!必要なら俺達だって一緒に掛け合ってやる!!アメリは英雄様だぞ!?」


私だけじゃない。 ザックさん、エンディラさん、そしてルカさんも、血を吐くような思いで必死に声を上げている。


「ルカの言う通りだぜ!!なんでもする!!なんでもする、なあエンディラ!?」

「ええ!!わたくしたちがどんな代償を払ってでも――」

「……言えるわけがないだろうッ!!」


ゼルさんの怒号が荒野の空気を震わせ、私たちの口を強制的に閉ざした。

だがそれは、私に向けられた怒りではなく、どうしようもない自分自身への怒りだった。


「お前たちには分からない……!『時の回廊』を繰り返すたび、どれだけメーラ様が命を削り、衰弱していったかを……!」


ゼルさんの漆黒の複眼から、再び大粒の涙が溢れ出した。


「メーラ様は、ギロ王国の絶対的な始祖であり、最高権力者だ。対して俺は、ただのクラヴィア族の一介の庶民にすぎない。……毎回、過去に戻るたび、あの方は血を吐き、ぐったりと玉座に崩れ落ちていった。文字通り、ご自身の寿命を削って、俺をこの世界に送り出し続けてくれていたんだぞ……!」


私は、息を呑んだ。

あの、底知れない力を持っていたメーラ様が、命を削って……?


「前回の『時の回廊』からの期間が短すぎたんだ……」

『そうだね。僕は時間の巻き戻しを経験してないからさ、ある日メーラが急に衰弱しちゃって、びっくりしちゃったよ』


メーラ様に預けられ、傍でずっとその姿を見てきた『ねぼちゃん』がそう言っているのだ。

恐らく、本当に……そう何度も繰り返せるような状況にはないのは事実なんだ。


「……『アストラリア様が復活し、なおかつアメリも生存する』。そんな、本当に存在するかどうかも分からない奇跡のルートを模索するために……。国を、世界を救ってくれたメーラ様に、『俺の惚れた女を救いたいから、もう数千回、死ぬ気で魔法を使ってくれ』なんて……そんなこと、言えるわけがないだろうがッ!!」


ゼルさんの悲痛な叫びに、私たちは誰一人として、何も言い返すことができなかった。


そうだ。

世界は、救われたのだ。

ゼルさんの故郷も、私たちの世界も、邪神の脅威から解放された。

最大の目的を達成したのに、一人の少女の命のためだけに、国のトップの命を危険に晒し続けることなど、いかなるロジックを用いても許されるはずがない。


『これ以上メーラのケツを叩いたら、本当に危ないと思うな』

「ああ……」


ゼルさんは、腕の中のアメリさんに顔を埋め、声を殺して泣き崩れた。


「俺は……絶対に引きたくなかった、最悪の『当たりくじ』を引いてしまった……!」


私が完全に言葉を失い、深い絶望の底へと叩き落とされたその時。

ゼルさんが、血を吐くように天を仰いで絶叫した。


「俺だってもう一度、せめてもう一度やり直させてほしいッッッ!!!次は行けるかもしれないんだぞッッッ!?!?クソッ、魔石の蓄えをもっとッッッ……!クソォォォォッッッ!!!!」

『もう……アメリには、会えないんだね。……そっか……そっか』

「アメリ……不甲斐ない俺を許してくれ……っ」


誰も言葉を発せられなかった。

世界は救われたはずなのに。

まるで、今日が世界の終わりじゃないかと思ってしまう。


ああ、これは本当に、どうしようもない終焉なんだ。




――まさにその時だった。




『――いいえ。それは違いますよ、気高き戦士ゼル』


ふわり、と。

荒野に吹き荒れていた冷たい風が、春の陽だまりのような、ひどく暖かく優しい風へと変わった。


私たちが弾かれたように顔を上げると。

天空から降り注ぐ光の柱の中を、一人の女性が、ゆっくりとこちらへ向かって舞い降りてくるのが見えた。


透き通るような美しい銀糸の髪。

慈愛に満ちた、神秘的な瞳。

以前、私たちがこの領域に足を踏み入れる直前、進むべき道を導いてくれたあの幻影と、全く同じ姿をしている……!!


だけど、あの時のような幻影ではない。

触れられそうなほどの確かな存在感と、周囲の空気を黄金色に染め上げるほどの、圧倒的な神聖さ。


「あなたは……」


息を呑む私の前に、その女性はふわりと微笑みかけてくれた。


『よくぞ、ここまで辿り着いてくれましたね。私の愛し子たち』


この御方こそが……正真正銘、本物の女神アストラリア様だ。


女神様の、光臨だ。



面白かったという方はブックマークや☆を頂けますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ