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不思議な魔女っ子とちびっこサポーターの冒険譚  作者: 三沢 七生


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693.幾千の地獄と、たったひとつの正解

フレヤ視点




「くそっ……この回でも、救えなかったッッッ!!!なぜッッッ……なぜ毎回救えないッッッ!??どうすればッッッ!!何をすればッッッ!!一体……ああ、一体何をすればお前はッッッ……!!」


泥と血に塗れた荒野に、漆黒の髪を血と泥で汚した最強の戦士――ゼルさんの、子供のような慟哭が響き渡っていた。


つい先程まで私たちを蹂躙していた、千年の化け物と不老不死の狂戦士。

その二つの絶対的な脅威を、空から降ってきて文字通り一瞬で圧殺・沈黙させた男の、血を吐くような絶叫。


砕けた骨の痛みに霞む意識の中、ゼルさんの口走った異常な言葉の羅列。

ひとつの残酷な真実を導き出してしまった。


(……この、回……?毎回……?)


ゼルさんの規格外すぎる強さ。

サルハナたちの行動パターンを完全に把握していたかのような、迷いのない瞬殺劇。

そして、彼を異界からこの世界へと送り出した、時を司るメーラ様の存在。


(ああ……そうか。ゼルさんは……メーラ様の『時の回廊』を使って……)


点と点が繋がり、私の頭の中で、凍りつくような一枚の絵が完成した。


ゼルさんは、遅れてきたんじゃない。


アメリさんが泥まみれで死んでしまうこの最悪の結末を。


何十回、何百回、あるいは何千回と……彼一人で、何度も何度も何度も、やり直してきたんだ。

アメリさんを救うためだけに。


そして、この回は……ゼルさんにとって、かなりいい線を行っている回だったんだ。


ああ、私たちを取り巻く運命は……かくも残酷なのか……


『ほら、ゼル。この回のフレヤたちは生存しているみたいだよ?情報を吸い上げないと』


これは……ああ、懐かしい。

ねぼちゃんの声だ。

やはりだ。ゼルさんは何遍も何遍も、この地獄を繰り返し続けている。


「ゼ、ゼル……さん……っ!!」


砕けた両足を引きずり、泥を啜るようにして、前へ這い進んだ。

激痛で意識が飛びそうになるけれど、絶対に気を失うわけにはいかない。

ゼルさんが一人でそんな地獄を背負っているなら。

アメリさんの相棒である私が、泣き言を言っている場合じゃない。


そうだ。これは『ハズレ回』だ。

だったら『この回の私』は『次回の私たち』のために、この凄惨な敗北の記録を、少しでも多くゼルさんに伝えなければならない。


這いずって進んだ私の視線の先。

そこには、泥の地面に膝をつき、アメリさんだったものを抱き抱えているゼルさんの背中があった。


下半身を失い、自らの魔法で激しく焼け焦げたアメリさんの半身。

泥にまみれ、見るも無惨なその姿を前にして、ゼルさんは、ただ静かに、ひび割れた硝子に触れるような手つきで彼女の頬の泥を拭っていた。


「……よく頑張ったな、アメリ」


荒野の風に消え入りそうな、ひどく掠れた、けれどどこまでも甘く優しい声だった。


「痛かったよな。苦しかったよな。……すまんな。また、俺が遅かった。……また、お前にこんな思いをさせてしまった……」


ゼルさんは、自らの身につけていた分厚い外套を静かに脱ぐと、痛ましい切断面と焼け焦げた傷跡を隠すように、アメリさんの小さな身体をすっぽりと包み込んだ。

泥も、血の臭いも、一切気にすることなく。

ただ世界で一番愛しい人の温もりを確かめるように、そっと、両腕で彼女だったものを抱き上げる。


『見てよ、ゼル。アメリ……微笑んでいるよ』

「ああ、そうだな……。ああ……」

『アメリ……』

「でも、あと少しだ。……今回で、お前がどれだけ無茶をして、サルハナたちがどう動くのか、またひとつ分かった。……だから、今は安心して眠れ」


ゼルさんは、アメリさんの血に汚れた額に、そっと、祈るように唇を落とした。


「次は必ず、俺がお前を……俺の腕の中で、笑わせてみせる」


激痛の中で事切れたはずなのに。

ゼルさんの腕の中で眠るアメリさんの顔は、死の直前に幻を見ていたのか、微笑んだまま、信じられないほど安らかだった。

そして、何遍も『救えなかった』という地獄を繰り返してなお、一切摩耗することのないゼルさんの深く、重い愛情。

それを見せつけられて、私の胸の奥が、ギリギリと音を立てて締め付けられる。


『やっぱさ、こっちの世界ってよりは、あっちの世界の方じゃない?』

「そうかもしれん。いや、そうだな……。俺達はこちらに干渉できんからな……」

『もっと魔石方面を開拓しなよ』

「開拓などし尽くしている……。これ以上は時間のかかる方法ばかりだ」

「ゼルさん……っ、ゼルさん……!!」


私は、込み上げてくる嗚咽を必死に噛み殺し、泥だらけの顔を上げて、震える声で彼を呼んだ。


ゼルさんが、ゆっくりとこちらを振り返る。

泣き腫らし、血の涙を流し尽くしたような、空っぽの複眼。


「フレヤ……」

「こ、今回で……何回目の世界線だったんですか……?」


私は、大粒の涙をボロボロとこぼしながら問いかけた。


「教えてください……っ!こ、今回は、何が違ったんですか?……っどこで、何が悪かったのですか……!私が、この回の私が全部覚えています……っ!次の回で、アメリさんを絶対に死なせないために……っ!」


隣では、ザックさんとエンディラさんも、虫の息のまま、悲痛な顔でゼルさんを見つめている。


ゼルさんは、腕の中のアメリさんから目を離さないまま、静かに口を開いた。


「もう数え切れんくらい繰り返している……。どうにかこの世界に来られるようになるまでに、そうだな……数千は繰り返した。サルハナがアメリ以外の全員を吸収し、俺を愚弄してくるパターン……。ルカだけが生存したパターン。他にエンディラだけが生存したパターン……ザックやフレヤだけが生存するパターン。組み合わせは様々だが……」

「それでは……このパターンが今のところ……」


やはりだ。

邪神フライヤの妨害はそれほど苛烈を極めたんだ。


「ああ、分かっている限りで、一番マシなパターンだ」


私たちでサルハナとヤエをどうにか撃退するパターンなんてものは……初めから無かったのか……


「このパターンも何度も見てきた……。アメリが死に、お前達が生存する。ルカが向こうから走ってきている。俺の腕の中で眠るアメリを見て涙を流す。……サルハナが、エンディラの重力魔法を盗み、ヤエが、フレヤの思考誘導に引っかからなかった。……アメリが、自分にバーンアウトエクスタシーを重複して掛けた。立て続けに三回も、だ」


ゼルさんは、自分自身に言い聞かせるように、一つ一つの事実を噛み締めていく。

私は、歯を食いしばってその言葉を脳裏に刻み込んだ。

前回、前々回……もっと前からか?このパターンがかなり多かったんだ。


情報を整理しろ、フレヤ。

次こそは。

次こそは絶対に、アメリさんと一緒に本屋で、私たちの冒険譚を見るんだ……!


フル回転する私の頭が、今のゼルさんの言葉を必死で反芻している。


重力魔法の強奪。

思考誘導の失敗。


ここまでは、確かに今回の私たちが辿った絶望の事実と完全に一致している。


他には何かないか?

些細な違いでもいい、他にはなにかないか……?


「……三、回……?」


泥に沈んだまま、ザックさんが血泡を吐きながら、ぽつりと呟いた。

そのひどく掠れた疑問符に、私の脳内に走っていたロジックの歯車が、ガチン、と大きな音を立てて噛み合った。


「……ゼルさん。待ってください……!」


私は、震える声を必死に張り上げた。


「バーンアウトエクスタシー……三回ではなく、二回の間違いでは?」


そうだ。

アメリさんは、私たち三人を限界突破させるためにバーンアウトエクスタシーを紡いだ。

そして、アサルトジャックフラッシュのカウント中、後半に一回。

下半身を失った自らを吹き飛ばすために、最後にもう一度……


だけど、あの凄惨な状況下で、立て続けに『三回』も自分自身に重ね掛けした事実はない。


今回のループには、明確な『ズレ』がある。


私の言葉に、ゼルさんがジッと、その漆黒の複眼をこちらに向けた。

底知れない力を持つ瞳。

なのに、そこには何の感情の揺らぎすらもなく、ただ深い虚無だけが広がっているように見えた。


「……そうか」


ゼルさんは、ゆっくりと俯き、再び腕の中の愛しい少女の顔を見つめた。


「差は、そこか。……俺が知る限り、アメリは必ず自らに三度、命の炎を重ね掛けして、そして消し炭になって死ぬ。そうか……今回は、二回だったんだな……」


ゼルさんの大きな手が、アメリさんの冷たい頬を撫でる。


「しかし……三回重ねようが、二回重ねようが。……結局、アメリは永遠の眠りについた」


ポツリ、と。


泥だらけになったアメリさんの白い頬に、大粒の水滴が落ちた。

それは、雨ではない。


「俺は……」


ポツリ。ポツリ、ポツリ。

最強の戦士の複眼から、とめどなく溢れ出した涙が、アメリさんの顔を濡らしていく。


「俺は……ああ、俺はっ……!惚れた女を守ることすら、出来んのかッッッ……!」


ギリッ、と。

ゼルさんの奥歯が、砕けんばかりに強く噛み締められた。


「何千回繰り返してもッッッ!いくら足掻こうともッッッ!……俺は、たった一人の、愛した女を、生きたまま抱きしめてやることもできない……!!俺は、俺はッッッ……!!」


夕暮れに浮かぶアストラリスの木に向かって、ゼルさんが慟哭する。


「何が誇り高きクラヴィア族だッッッ!!くそっ、くそッッッ!! ああああああぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」


荒野に響き渡る、血を吐くような男の嗚咽。


それは、どんな魔法よりも、どんな凶器よりも鋭く、私たちの心をズタズタに切り裂いた。


次があるとか、情報を残すとか。そんなちっぽけなロジックを吹き飛ばしてしまうほどの、純粋で、圧倒的な悲しみ。


――ザッ、ザッ、ザッ……


その時。

私たちの耳に、雪混じりの泥を蹴立てて、こちらへ向かって全力で駆けてくる足音が届いた。


「ハァッ……ハァッ……!おい、アメリ……ッ!」


ルカさんだった。

満身創痍で、息を乱し、何度も泥に足を取られながらも、彼は真っ直ぐにこの広場の中央へと飛び込んできた。


――そして。


「あ……」


ルカさんの足が、ピタリと止まる。

彼の目には、私たちの惨状も、千年の化け物の肉塊も、そして何より……異形とも言えるゼルさんの恐ろしい風貌すら、全く入っていなかった。


ルカさんの視線は、ただ一点。

ゼルさんのマントに包まれ、その腕の中で、静かに、まるで眠っているかのように微笑んで事切れているアメリさんにだけ、釘付けになっていた。


「アメリ……」


ドサリ、と。


ルカさんは、糸が切れたようにその場に膝から崩れ落ちた。

信じられないものを見るように、大きく見開かれた緑色の瞳。

そこから、ポロポロと、とめどなく大粒の涙が溢れ出した。


声すら出ない。

ただ、静かに、静かに。


ポーションの僅かな回復ではどうしようもないほどの重傷を負い、泥の中に倒れ伏したままのザックさんとエンディラさん。

アメリさんのマギアウェルバによる治癒魔法がなければ、二人の精霊魔法では到底塞ぎきれない致命傷だ。

二人は激痛に耐えながら、ザックさんは血の滲む唇を強く噛み締め、エンディラさんは焦点の合わない瞳で、ぼんやりとアメリさんの亡骸を見つめていた。


ゼルさんのあまりの慟哭を前に、悲しみの声を上げる機会すら見失っていたのだ。


ゼルさんが、腕の中のアメリさんをそっと抱き直すと、漆黒の複眼をゆっくりとザックさんとエンディラさんへと向けた。


「……ザック。エンディラ」

「……」

「今のうちに、泣いておけ」


ゼルさんの、低く掠れた声が風に溶ける。


「我慢など、しなくていい。声を上げて……今のうちに、思い切り泣いておけ」


その言葉が引き金だった。


「……へへっ。なんだよ、それ……」


ザックさんが、強がるように口の端を歪めた。

だけど、その目からはボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちていた。


「……アメリに特攻しろって、そそのかしたのは俺だぜ……?」


震える声。

グントーサーベルを握るはずだった血まみれの大きな手が、無力に泥を掻き毟る。


「俺たちが捨て駒になって……あいつを……!なのに、それがどうだよ。……捨て駒の俺たちが全員生還しちまって、あいつだけが……っ、あいつだけが……!」


ザックさんの顔が、くしゃりと醜く歪む。


「俺のせいだ……。俺が……俺のせいだぁ……ッ!!」


とうとう堪えきれなくなったザックさんが、泥に顔を押し当てて嗚咽を漏らした。

うわ言のように「俺のせいだ」と繰り返し、大の男が子供のように泣きじゃくった。


「……ええ。本当に……私という女は、どこまで無力なのでしょう……」


エンディラさんもまた、気高い顔を涙でぐしゃぐしゃに濡らしていた。


「大魔法使いなどと嘯きながら……結局はまた、一番幼く、一番優しいあの子の命の上に胡座をかいて生き残ってしまった……!私のせいですわ……私がもっと強ければ……っ!本など読まず、もっと鍛錬を重ねていれば……!!あの子を……アメリをっ……!」


激痛に耐え、己の不甲斐なさを呪うように、エンディラさんも声を上げて泣き崩れた。


「あああぁぁ……っ、あぁぁぁぁッッッ!!!」


二人の血を吐くような後悔と悲しみが、私の心にギリギリと蓋をしていた心が完全に破壊させた。

私も、折れた足を引きずったまま、泥の中で絶叫した。

絶叫するしかなかった。


「サルハナたちに勝ててもっ……!私たちが生き残ってもっ……!隣にアメリさんがいなかったんじゃ、こんな世界、何の意味もないじゃないですかぁッ!!」


喉が裂けるほどに叫ぶ。

世界がどうなろうと知ったことか。


「嫌です……!返して……っ!私のアメリさんを返してよぉッ!!アストラリア様……お願いです、アメリさんを連れて行かないでぇぇぇッッッ!!」


冷たい風が吹き抜ける氷点下の荒野で、私たちのすすり泣く声だけが虚しく響いている。 こんな時こそ、風の音が私たちの声も全部、どこかへ連れ去らってくれればよかったのに。 空は、どこまでも穏やかだった。




「……自分を責めるな、ザック、エンディラ。そして、フレヤ」


私たちの慟哭を静かに受け止めてから、ゼルさんが、ひどく穏やかな声でぽつりとこぼした。


「アメリは、大切な誰かのために、平然と己の命を差し出せるやつだ。……何千回やり直そうと、あいつのその不器用で優しすぎる『本質』だけは、絶対に変わらなかった」


ゼルさんは、腕の中で眠るアメリさんの泥だらけの髪を、いとおしそうに撫でた。


「仮にお前たちが、どんな手を使って全力で引き留めようとしたところで……アメリならきっと、最後は笑って同じことをしていただろう」


それは、誰よりもアメリさんを愛し、誰よりも彼女の死を間近で見続けてきた最強の戦士の、嘘偽りのない言葉だった。

自身が一番心を砕かれ、血を流しているはずなのに。

ゼルさんは、自責の念に押し潰されそうな私たちを、不器用な言葉で救い上げようとしてくれているのだ。


「今頃、俺達のすぐそばで……自分以外の全員が生還したことに対して、心底ホッとしているに違いない」


ゼルさんの漆黒の複眼が、泥まみれになった私たちを真っ直ぐに見つめた。


「ここまで旅を続けてきたお前たちも……そう思うだろう?あいつは、そういう女だ」


その静かで力強い問いかけに。

ザックさんもエンディラさんも、そして私も、ただただ嗚咽を漏らしながら頷くことしかできなかった。


そうだ。

アメリさんはそういう人だ。

だからこそ、私たちは彼女が愛おしくて、彼女を失った世界がこんなにも悲しいのだ。


「だから……思い切り泣いて、泣き終わったら。もう、自分を責めるのはやめろ。……あいつが命を懸けて護ろうとした、お前たちの命を……己の言葉で貶めるな」


その静かで力強い諭しの言葉に、ザックさんもエンディラさんも、そして私も、ただただ嗚咽を漏らしながら頷くことしかできなかった。

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