File092 〜フルーツ売り場に並ぶまで〜 前編
「えーっと......」
B.F.星4研究員のキエラ・クレイン(Kiera Crane)は、両腕でしっかりと研究員ファイルを抱えて立っていた。
目の前には二人の研究員。青髪の方は星2研究員のスカイラ・ブレッシン(Skylar Blethyn)。もう一人は黒髪に赤いメッシュが特徴の、星2研究員アドニス・エルガー(Adonis Elgar)。
「アドニス、僕の邪魔しないでよ! 僕は今日、いっぱい活躍してラシュレイさんにたっくさん褒めてもらうんだからっ!!」
「お前が邪魔してくる側だろうがっ! どうせお前の場合いつもみたいに困らせて終わりだろうけどな」
「えーっと、二人とも、まずは一旦離れて......」
キエラは二人の隙間に入っていこうと試みるが、二人の視界にすら入っていけない。この目の前の助手たちは、背が高いのだ。キエラのアホ毛の先に目をつけたら、ようやく目線が同じになるくらいには。
キエラは今日これから、合同実験の監督者としてこの二人を見守ることになる。
数日前、中心メンバーだけの会議である月末会議で、ラシュレイとカーラの二人からお願いされたのだ。
助手たちを昇格させる条件はクリアしているものの、真面目な二人の研究員は、試験を安全に突破するための練習としてこの場を用意したのだ。
星の低い者同士で行う合同実験には、必ず監督の研究員が必要だ。
そのままラシュレイとカーラで良かったのだが、助手たちが実験に集中するため、二人は自ら席を外した。
そして選ばれたのが、このキエラ・クレインなのである。
ラシュレイたちに頼られるのは嬉しい。頼られる立場という場所になかなか立てなかった自分が、今日は先輩からも後輩からも頼られる地位に居られるのだ。
助手でもできた気持ちで実験を頑張ると、あの時は張り切って言ったのだが......。
「僕、アドニスと実験は無理!」
「俺だって、お前みたいなやつと実験なんか嫌だわ」
大前提として、この二人の仲は最悪だ。こういう雰囲気の先輩のペアを知っているが、彼処はペアというだけあって、仕事はきちんと行う。
しかし、今ここに居る二人はペアでもなんでもない。仲良しの先輩を互いに持つ、犬猿の仲なのだ。
「もう、二人とも! これじゃあいつまでも合同実験始められないよ!!」
二人の視界に入ろうとぴょんぴょん飛び跳ねると、アドニスに頭を押さえつけられた。
「黙っててください」
「そうですよキエラさん! 今はアドニスと喋ってるんです!!」
「僕も仲間に入れてよっ!?」
話を聞いてもらう側が、聞きたい側に回ってしまった。
キエラは素早く腕時計に目を走らせる。実験開始予定時刻から十九分も過ぎている。与えられた実験室の使用可能時間は二時間だ。
「ううー......」
このままでは、せっかく信頼してくれた二人に向ける顔が無くなってしまう。自信を持って役を引き受けた以上、そんな恥ずかしいことはできない。
「もーっ!」
キエラのアホ毛が、針のようにまっすぐに天を指した。
「僕の言うこと聞かないと、二人ともラシュレイさんにもカーラさんにも破門にされちゃうからねっ!!!」
ピタリと、二人の後輩の動きが止まった。その視界に、ようやく彼の姿が映る。
「そ、それは嫌ですっ」
「何したら良いんすか」
なるほど、こういうのが一番効くらしい。
ようやく宥め方が分かったところで、キエラは実験準備室に入るための鍵を開けた。恐ろしいかな、集合してから二十分間、まだ実験準備室にすら入っていなかったのである。
ピンと立っていたキエラのアホ毛は、ため息と共にへにゃんと湾曲した。
*****
「今日行うのは、スカイラとアドニスの合同実験だね」
キエラは実験準備室で二人を前に説明を行う。
「合同実験の定義は分かる?」
「はい!!」
「違うオフィスの人たちが、協力して実験することっすよね」
「うん、その通り」
事前に互いの先輩からみっちり仕込まれているのだろう。キエラだけではカバーできない部分があることを、互いの先輩はよく分かっていたのである。
「それで、二人にはこれから合同実験をしてもらうよ。使用する現象は、もうほとんどの実験は済んでいるから、新しい事実はあまり発見されないだろうけれど......今回二人には、最初に敢えて現象の性質は教えないからね」
「えーっ!」
スカイラは目を丸くしてキエラを見た。
「実験する意味無いじゃないですか!!」
「意味はあるよ。だって、昇格試験では合同実験を視野に入れた実技試験が行われるからね」
「昇格試験......」
苦い思い出のようだ。アドニスの顔が歪む横で、スカイラは「星3になれるんですね」と顔を輝かせている。まだ決まったわけではないが、やる気を削がないためにもキエラは「そうそう!」と励ました。
「だから、今回は敢えて二人には現象の性質は秘密にするね。二人には自分たちの力で現象の性質に気づいて、実験が終わったあとで僕に報告してもらいます。もちろん、これは試験ではないから間違っていても大丈夫だよ」
キエラは二人に、対象に関する事前情報を書いた紙を渡した。ほとんどが空欄になっており、収容されて間もない状況が再現された資料だ。
スカイラが大きく頷きながら紙を受け取る隣で、アドニスの顔はまだ晴れない。プライドが高いという話はカーラから事前に聞いている。間違っても良い、という前提で実験をするのは気が乗らないのだろう。
「超常現象は、あの白い箱の中に居るんですね!」
早速スカイラの方は、実験室の中央にある台の上に伏せられた箱を見つけたようだ。早く実験室に入りたいらしい。
ラシュレイの話では、基本的に現象に対して好奇心旺盛なので、放っておいても大丈夫ということだった。
「それじゃあ......まずは、実験前の手順からやってもらおうかな。僕は見ているから、二人で始めて良いよ」
キエラはそう言って、パイプ椅子に腰掛けた。
スカイラとアドニスは、既に白衣とゴーグル、そして手袋をつけていた。二人はまず渡された資料に目を通す。
「ええっと......対象は六十年前に市場に出回っていた、アナログのレコードプレーヤーのひとつ......ある男性の私物で、どんなものを置いて針を落としても、変な音が鳴る......音の正体は、雑踏、人の話し声や足音など......だって」
スカイラは首を傾げている。
「我々はプレーヤーと、男性が持っていた全てのレコード盤を回収した。後者はどれも当時流行っていた歌手やバンドのものばかりで、広く普及していたもの_____なるほどな」
アドニスも読み上げて、キエラの横にあるテーブルに置いてあった鍵を手に取った。実験室に行くためのものである。
「じゃ、入るか」
「えー!! ちょっと待ってよ!!」
鍵を扉に刺そうとするアドニスの手を、スカイラが慌てて掴んだ。
「......なんだよ」
「最初は対象を指差し確認だろー!?」
「知らねえよ」
「いーや、絶対に毎回実験でやってるはずだよ!!」
キエラはうんうん、と大きく頷く。スカイラの言う通りである。
「実験前の手順をするように、キエラさんも言ってたじゃん! それって、指差し確認のことだよ!」
「そうなんすか」
「そうだよ_____って、こっちに聞いちゃダメだよっ!!」
思わず頷くキエラに、アドニスは鼻で笑う。
「脅したら、そこのファイル見せてくれませんかね」
「見せるわけないでしょ!!」
キエラの膝の上に置かれた研究員ファイル。そこには二人がこれから実験する現象の情報がしっかりと入っているのである。
キエラはひしとファイルを抱いた。気を抜いていたら奪われそうだ。
「もー、馬鹿なこと言ってるとカーラさんにクビにされるんだからな!!」
スカイラが言って、アドニスが「誰が馬鹿だ」と凄む。
合同実験って、こんなに殺伐としているものだっけ。
指差し確認が始まった二人の研究員の背中を見て、キエラは自分がまだ未熟だった頃の合同実験の様子を思い出していた。
*****
「えーっと......これを持ち上げたら良いんだよね」
実験室に入った二人。しかし、中央の台に近づくや否や気がつくことがあった。
台の後ろに隠れるようにして、もうひとつ箱が伏せて置かれているのだ。台の上にある箱の中身がメインの対象なのだろうが、そうなれば、もうひとつある箱は何なのだろう。
「おい、早く開けろよ」
台上の箱の側面に手を置いたままのスカイラを、アドニスが小突く。「ちょっと待ってよ!」とスカイラ。
「もし増殖する現象だったらどうするんだよ!」
「ただの箱だろ。俺らに事前に情報がいかないように、箱被せて隠してあんだよ」
「じゃあ、もうひとつの方の箱は......?」
「思い出してみろよ」
アドニスがキエラから受け取った紙資料を指で弾く。
「対象を保護した時、私物のレコード盤も回収したって書いてあっただろ。たぶん、それがそこの箱の中身なんじゃねえの」
「そ、そうなのかな」
スカイラは、そっと箱を持ち上げる。台の上に置かれていたのは、レコードプレーヤーだった。アナログと言われてピンと来ないのは、スカイラの世代では既にCDが普及していたからだ。
しかし、この形は映画やドラマで見たことがある。円盤のディスクに針を落として聞くものである。
「僕、このタイプのレコードプレーヤーは初めて触る」
スカイラは目を輝かせて、新鮮な気持ちで機械をあらゆる方向から舐めるように見つめる。
機械はよく使い込まれていた。前の持ち主が大切に使っていたのだろう。使い込まれていても、きちんと磨かれていたようで、埃ひとつ被っていなかった。
「そっちの箱には何が入ってるんだろう? やっぱり、ディスクなのかな」
機械はディスクがセットされていない状態だった。スカイラは、アドニスの足元にあるもうひとつの箱を見やる。
「......アドニス?」
全く反応が無いことに気がついて、スカイラの目は箱からアドニスの顔へと移った。彼の目はレコードプレーヤーに注がれている。
「すげえ......」
「アドニス......?」
アドニスの目がらんらんと輝いているのは、スカイラの見間違いではないようだ。ダイヤモンドのような輝きを持つ彼の瞳には、レコードプレーヤーだけが映り込んでいる。
「これって、オルデンバーグ社のヴィンテージ物だぞ。市場にほとんど出回らなかったから、マニアの間では幻と言われているあの......」
ブツブツと呟く彼に、スカイラの呼びかけは全く聞こえていないようだった。
「と、とりあえずアドニスに知識がありそうだから、良かったかな......」
アナログの機械など、スカイラはどう触れば良いのかさっぱりである。
これが超常現象だとしても、本物と全く同じ使い方をしないと特異性が把握できないとなれば、スカイラは手も足も出ない。
しかし、少なくともアドニスが居る限り、その心配は無さそうだ。
「こっちは、やっぱりレコード盤かな」
スカイラは、ようやくアドニスの足元の箱を持ち上げた。古いレコード盤が大量に収まったケースと、
「これ......なんだろ」
茶色の紙袋が、中身の見えない状態で置かれている。開いてみると、りんごやオレンジ、ぶどうといった果物が入っていた。
「どうしてフルーツが......?」
スカイラが首を傾げる隣で、アドニスはまだプレーヤーから目を離さない。台座の木目にうっとりし、スピーカー部分を指でなぞったり、摘みを回したりする度に、感動のため息を漏らしているのだ。
「アドニス、そろそろ実験始めないと......」
スカイラは腕時計を確認した。実験時間がどんどん減っているのだ。今から自分たちは、現象の性質をあの手この手で見つけて、キエラに報告しなければならない。
「アドニス......」
「何かかけてみようぜ」
アドニスの輝く顔が此方を向いたので、スカイラは目を点にして頷いた。こんなに活き活きしているアドニスを見るのは珍しいことなのである。
「えっと......どれが良いんだろう?」
スカイラは大量にあるレコード盤の中から、適当な一枚を取り出した。ピアノで演奏されているジャズのレコード盤が、彼の手からアドニスに渡る。アドニスは慣れた様子でそれをセットし、機械のあらゆる箇所に指を走らせた。
「すごいね、アドニス。好きなの?」
「黙ってろ、聞こえないだろ」
「ご、ごめん」
プツプツと音がして、息を潜めて待っていると、やがて音楽が流れ始めた。ボリュームは想像よりも低く、この部屋全体に音を行き渡らせるのは難しそうである。しかし、たしかに壊れているところは無さそうで、アドニスの機械を動かす腕に偽りは無いようだ。
「少し小さいが、悪くないな」
アドニスが恍惚としている横で、スカイラは資料をもう一度読み返していた。
さて、ここからなのだ。
問題は、これが超常現象だということ。今は問題なく音楽を響かせているのが、実際は何かのタイミングで異常な事態を引き起こすというのだ。
資料には、どんなものを置いても、と書いてある。あれ、とスカイラは首を傾げた。
どんなものを、とは、どういうことなのだろう。今二人が聞いているこのレコード盤も対象なのではないか。
「ね、ねえアドニス」
「うるせえ、黙ってろ。聞こえないだろうが」
「実験中だよ、これ!」
「チッ......なんだよ?」
アドニスがボリュームのつまみを回すが音はそれで最大だった。
「これ、資料には何を置いても変な音がするって書いてあるのに、今は普通に音楽が鳴ってるよ。どうしてだろう?」
「知らねえよ。もう超常現象じゃなくなったんだろ」
アドニスが言って、レコード盤の入った箱に四つん這いで近づいていく。
「おおっ、コルビー・ウィリアムズがある......こっちはヘブン・アンダース......まじか、コゼット・オークレーだっ!!! すげえっ!」
「ア、アドニス......」
スカイラは小さくため息をついて、アドニスの手に今掴まれているレコード盤を指さした。
「うん、じゃあ、今度はこれを聞いてみようよ」
アドニスが同じ手順でレコード盤をセットし、針を落とすと、プツプツという音が聞こえてくる。そして、流れ出したのは、
『あ、やばっ......』
『うわあ、やっちゃった、どうしよう......』
『これ、落ちるかなあ......』
女性の声である。歳は分からないが、若者であることはたしかだ。何か動揺している様子だが、セットしたレコード盤には絶対に入っていないはずの声だった。奥では微かに音楽が鳴っている。
「これって......」
「人の声だな」
アドニスも、今が実験中だと我に返ったようだ。二人はスピーカーに耳を近づけたが、最初に聞いた音楽よりも大きな音で人の声がするのだ。
「女の人だね?」
「そうみたいだな」
女性の声はそれから近づいたり遠のいたりした。そして、ガサガサと物の動く音が続き、やがて、音は終わってしまった。
「なんだろう、今の?」
「知らねえよ。これが、現象の性質ってやつなんじゃねえの」
アドニスはすっかり床の上に放置された自分の資料を指さし、もう一度針を置き直す。同じセリフで女性の声が始まった。
「奥で何か流れてるみたいだけど......」
スカイラは奥の方で聞こえる音楽の正体をアドニスに求めた。アドニスも目を閉じて集中している。
「ジュエリー・エマニュエルの『孤独な女』だな」
「それって、このレコード盤の曲なの?」
スカイラは、今セットされているレコード盤を指さす。いや、とアドニス。
「これは、コゼット・オークレーの『真夜中の砂』って曲のはずだな。だから、絶対におかしい」
「じゃあ、現象が起こったってことだね!」
スカイラは頷いて、次のレコード盤を選んだ。
「他のやつも聞いてみようよ! えーっと、これにしよう!」
スカイラが渡したレコード盤を、アドニスがセットする。問題があった今のレコードは、スカイラが足元に置いておいた。
「これが、えっと、クラシックのレコードだね」
スカイラが選んだのはクラシックピアノのレコード盤。つまり、スピーカーからはピアノの音が流れなければ異常なのだが_____。
プツプツ音に続いて流れてきたのは、次のような声だった。
『お前が悪いんだ!!』
『いいえ、あなたのせいよ!!』
『じゃあ、もうどこかに行けばいいさ!! 好きな所へ!!』
『ええ、そうさせてもらうわ!! あなたはその古臭い部屋で、死者のように閉じこもっていると良いのよ!!』
それから、激しい音がいくつも重なって、やがて辺りはしん、となった。男の荒い息遣いが遠くで聞こえる。
「喧嘩してたね」
「そうだな」
スカイラは音が小さいと見込んで耳を近づけていたので、耳の痛みに顔を歪める。最初のレコード盤を聞いた時の、小さなボリュームが何だったのかと思うほどの大音量だ。アドニスも眉を顰めて、次のレコード盤を探す。
スカイラはそこでちらりと腕時計を見た。そろそろ結論を出しても良い頃だが、未だによく分からない現象である。
「ねえ、アドニス。これって、どういう超常現象なんだろう?」
「そりゃあ、変な音が鳴るレコードプレーヤーっていう現象だろ」
「それは事前資料にも書いてあったでしょ? 僕らが知らないといけないのは、もっとその先だよ!」
スカイラは、そうだ! と思い出す。レコード盤が入った箱の横に置かれた、茶袋の存在を。
「ねえ、アドニス! そこの袋を開けてみてよ!」
「これか」
アドニスが袋を開けて、オレンジを取り出した。
「それを、レコード盤にセットしてみるのはどう?」
「はあっ!?」
冗談じゃない、という顔で、彼はオレンジを袋に押し戻す。
「あれは、世にもほとんど出回っていない、幻のオルデンバーグ社のヴィンテージ物なんだぞ!! オレンジなんて置いたら、壊れるだろうが!! もっともの考えて言え、ド阿呆!!」
「だ、だってこれは実験だよ!?」
「実験なら、この奇妙なレコード盤で試せば良いだろうが!」
アドニスがレコード盤を指さす。
「でも、フルーツが用意されてる意味はきっとあるんだよ!」
「腹減ったら食えるようにだろ!」
「そんなわけないでしょ!」
......いや、キエラならば、そういう気遣いをするものなのだろうか?
カフェを運営する彼は、空腹に対して酷く慎重になっている可能性もある_____。
スカイラは実験準備室で二人を見守っている彼を振り返る。
が、
「寝てる......」
「寝てるな」
パイプ椅子の上で舟を漕ぐ先輩の姿を見た。
「とにかく! このレコード盤と一緒に置いてあるんだから、何かしら実験には使わないとならないんだよ!」
「じゃあ、お前のその考察が間違っていたら、この元の持ち主に弁償するんだぞ!」
「う、うん......! 良いよ!」
スカイラはアドニスの手から茶袋を引ったくった。そして、中からオレンジを......いや、バナナを取り出す。針が傷つく可能性のありそうなものをできるだけ避けたかったのだ。
「とりあえず、皮のままでもいいかな」
「なんでもいい」
アドニスがレコード盤を回収し、スカイラがバナナをセットする。アドニスが針の位置を調整して、バナナにそっと針を落とした。
「音なんて聞こえるわけ_____」
その時、プツプツという音がした。思わず二人は顔を見合わせる。続いて、雑踏。BGMや、子どものはしゃぎ声。
「これって......」
スカイラは目を閉じて、意識を集中させる。彼には、心当たりのある音だった。
「西区のキャッスル・マートの音だっ」
「キャッスル・マート?」
「うん、僕の住んでいる辺りにあるスーパーマーケットだよ。よく行く時、この店内BGMがかかってる!! それも、青果コーナーのね!」
ふーん、とアドニス。
もう一度聞いてみると、たしかにスーパーらしい雰囲気を感じる音だ。資料にも書いてあった雑踏というのは、このことを指しているのだろう。
二人は、ほとんど同時に現象の性質に辿り着いていた。
「これってさ、この商品がもともとあった場所の音を記録しているんじゃないのかな」
スカイラがバナナを指さして問う。
「まあ、そうだろうな。他のフルーツでも試してみるか」
アドニスが茶袋から、なるべく針を傷つけなさそうなものを選ぶ。次にセッティングされたのは、一房のブドウだ。
アドニスがその一粒に針を落とす。すると、やっぱり聞こえてきたのは、さっきと似たようなBGMだった。
「うん、これもキャッスル・マートだ」
スカイラが頷く。
「じゃあ、もう結果は出たってことで良いのか」
「そうだね」
スカイラはブドウをプレーヤーから取り出し、茶袋に入れようとした。その時、
バキッ!!!
「あっ!!」
「あーーっ!!!」
スカイラの足の下で、避けていたレコード盤が割れたのだ。スカイラが誤って踏んづけたのである。当然、彼の重みに耐えられず、それはパッキリと割れてしまう。
「おまっ......何してんだよ!!」
「ご、ごめん!!」
スカイラは慌てて足を避けたが、もう修復不可能な見た目である。
「あうう、どうしよう......僕、弁償できるくらいお金持ってるかなあ......」
「アホ、払うのはお前の先輩だろ」
「えっ!! ラシュレイさん!?」
「お前のやらかしたことの責任者はあの人だろ」
「ラシュレイさんが、僕の責任をとってくれる......」
何故かポッ、と頬を赤くするスカイラの隣で、アドニスはレコード盤の破片をかき集める。
「とにかく、実験は終わったんだ。お前はまず、キエラさんに壊したことを説明するところから始めろ。俺が性質の説明はするから」
「わ、わかった......!」
二人はフルーツやレコード盤を元の場所に戻し、壊れたレコード盤だけを抱えて実験室を出たのだった。




