月末会議
「毎月言ってるが_____」
B.F.星5研究員のラシュレイ・フェバリット(Lashley Favorite)は、助手との攻防を繰り広げていた。
「何時に終わるか分からないから、もう帰れ」
「やです!! 僕は、ラシュレイさんと一緒に帰らないと安心して寝られません!!!」
「日曜会議よりも遅い時間になるかもしれないんだぞ」
「構いません!!」
オフィスの時計は、退社時間を示していた。廊下は人の声で溢れ、皆エントランスに向かい始めている。
「僕はラシュレイさんを待つことなら、何時間だろうが苦になりません!」
「俺は苦だ」
ラシュレイは参ったな、と腕時計に目をやる。
今日はこれから会議があるのだ。毎月の終わりにある会議なので、助手とは毎月このような会話を繰り広げているのだが_____最終的には、次の言葉で攻防を終わらせるしかない。
「クビにするぞ」
「帰ります......」
すんすんと鼻を啜りながら、助手は渋々リュックサックを背負ってオフィスを出ていく。その背中があまりにも哀しいオーラに満ちているので、流石のラシュレイも胸が痛い。
しかし、時間も時間である。扉が閉められると、すぐに準備をして廊下に出た。
今日は月末会議。
旧B.F.では月末会議と言えば、普段地上に出られない研究員たちが、ブライスに買って欲しいものを頼む会議だった。
しかし、B.F.が地上に移ってからは、中心メンバーが月ごとにB.F.のことについて話し合うことに趣旨が変わったのだ。
つまり、日曜会議の規模を中心メンバーに凝縮したものである。ラシュレイも中心メンバーのひとりなので、毎月の末には会議に出なければならない。
「あっ、ラシュレイさん!」
人混みの中から、ラシュレイにかかる声があった。助手ではない。人混みの奥から、ぴょこぴょこ迫ってくるのは、赤茶色のアホ毛だ。
「キエラ」
「お疲れ様です! って、あれ? 会議室に向かうんじゃないんです?」
「今日はいつもの会議室じゃないって、事前にメールで言われてただろ」
「あっ、そうでした......」
ラシュレイが向かう方向からやって来るのは、明らかに間違いである。
今日の月末会議は、いつもの会議室ではなく、スクリーンが使える会議室で行うと、午前中にエズラから一斉メールが入っていたのだ。
「えへへ、うっかり忘れていました」
「気をつけろよ。もう時間もないし、階段で行くか」
エレベーターは帰りの研究員で混みあっている。ラシュレイは階段に走った。スカイラとのことがあって、予定よりも時間を食ってしまった。
同じ時間にキエラが廊下に居ることも変だが、ラシュレイは特に言及しなかった。どうせ、特製ブレンドの研究をしていたらこんな時間に、などと言うのだ。
会議室に着くと、予定時間の三分前である。誰もいないがらんとした廊下の一箇所で、扉が開かれている。
「ふう、何とか間に合いました! 違う会議室に行ってたら、絶対に遅刻していましたね!!」
キエラはアホ毛をぶんぶん振り回しながら、扉を潜っていく。ラシュレイも会議室に入って、後ろ手に扉を閉めた。部屋の中には全員が揃っていた。
「おー、お疲れ様」
黒髪を後ろで結った研究員は、ジェイス・クレイトン(Jace Clayton)。テーブルについて、両腕を投げ出してゆったりしている。随分前から会議室に入っていたのだろう。
「また助手に足止め食らってたな?」
ジェイスの問いに、ラシュレイは小さく頷く。
「連れてきても良かったのに」
「会議に集中したいので」
あれが隣に座っていたら、全く会議どころではないだろう。スカイラの異常性を認めている人が集まる会議とはいえ、周りにも何かしら影響が出そうだ。
ラシュレイは席に荷物を置いて、前方を見た。スクリーンが降りて、バレット・ルーカス(Barrett Lucas)とエズラ・マクギニス(Ezra McGinnis)がパソコンとスクリーンを繋げている。手伝おうとも思ったが、そろそろ済みそうな気配がある。ラシュレイは素直に席についた。
「お疲れ様です、ラシュレイさん」
「うん、カーラも」
隣はカーラ・コフィ(Carla Coffey)。会議の資料を読み込んでいるのは、真面目な彼女のいつもの会議前の光景である。
「この前の実験、お手伝いありがとうございました」
「いや、俺も手が空いていたから。特に難しい超常現象でもなかったし」
ラシュレイとカーラが談笑する隣で、キエラとジェイスはテーブルにぐったりと上半身を預けながら言葉を交わしていた。
「会議室、いつもの場所に行こうとしていたらラシュレイさんが引き止めてくれて......助かりました。えへへえ」
「もー、おっちょこちょいだなあ。まあ、俺も三部屋くらい間違って、ようやくここにたどり着いたんだけどねー」
ぐたっと体を机にもたせているのは、そういうことらしい。
ラシュレイが二人を呆れて見やったところで、スクリーンがパッとついた。
『あー、あー、聞こえる?』
「あっ、ケルシーさん!」
スクリーンには、ケルシー・クレッグ (Kelsey Clegg)が映っていた。ゆったりとした服に、カーディガンを羽織っている。背景はラシュレイが一度行ったことのある、クレッグ夫婦の家のリビングだ。
「聞こえてる、聞こえてる」
バレットがスクリーンに向かって手を振ると、ケルシーも手を振り返した。
今日の月末会議がいつもの会議室から場所を移したのは、このスクリーンを使うためだった。クレッグ夫婦を交えた会議をするのである。夫婦が会議に参加するのは、育児休暇に入って今回が初めてだった。
「いつぶりだろう? 元気そうで良かったよ」
『はい! みんなも元気そうで!』
「ビクターは?」
『そこに居ますよ!』
映像の中にビクターが映り込んだ。腕の中にはすやすやと眠る赤ん坊。会議室の中に小さな歓声が巻き起こる。
「可愛いっ!! あの子がキキちゃんですか!」
「二人にそっくりだねえー」
キエラとジェイスはほとんどテーブルに乗りあげるようにしてスクリーンに食いついている。
「パパー、もっと見せてよ!」
『パパって呼ぶな』
キキを堪能して、ようやく会議室が落ち着きを取り戻すと、バレットが会議の開始合図をした。少人数なのでマイクは無い。司会も居らず、皆が自由に発言するような会議である。
内容は、まず初めにその月に入った超常現象の情報の共有。これは日曜会議と変わらないが、毎週行う日曜会議とは違い、その月の四週間分の情報が凝縮されている。
『ほえー、大変な月だったねえ』
ケルシーの声が相槌をうつ。彼女はキキを抱く夫に資料を見せながら、細かな質問を参加者に投げていった。母になっても、長い間B.F.を離れていても、彼女の鋭いところは変わっていなかった。
その月の情報共有が終わると、今度は次に来る入社試験について。現在居る星4、星5のバランスを見て、ラシュレイが事前に捻出した数字を皆で確かめる。
『うん、問題無さそうだね』
ケルシーも資料を見て頷いた。
『それにしても、もうそんなに経つんだねえ。なんだか、実感湧かないや』
B.F.の入社試験が迫っている。スカイラの代の下に、もうひとつ代ができるのだ。ラシュレイは資料を作りながら信じられなかった。彼の場合、時の速さの話よりも、助手が先輩としてやっていけるのかというところが問題なのだが。
「また忙しくなるなあー」
バレットは資料をペラペラ捲りながら小さなため息をついている。
『みんなは助手はとらないの?』
ケルシーの問いは、バレットやエズラ、そしてキエラに向けられているようだ。
「助手志願されたら、まあ考えるけど......なあ?」
バレットが隣の相棒を見る。
「そうだな」
エズラは頷いて、紙コップに入ったコーヒーを啜った。
「僕は欲しいです!」
キエラが挙手をして元気に答える。
『良いじゃん、キエラに助手入りしたら毎日美味しいコーヒー飲めるもんね』
ケルシーが笑って、キエラが照れ笑いを浮かべる。
「エズラの助手になっても最高じゃん。毎日甘いもん食べさせてもらえるし!」
と、ジェイス。
「こいつ、食わせるというより買ってこさせるんで。パシリは確実です」
バレットが言う。「おい」とエズラ。
ケルシーがスクリーンの向こうで笑っている。彼女の笑い声が響くと、会議室の空気は一気に華やかになる。
ラシュレイは久しぶりの会議室の光景に、自分がいつの間にかリラックスしていることに気づいた。
思えば、月末は何処かホッとできる時期なのだ。
昔から居るメンバーに囲まれる安心感。新しい人やものに囲まれても、月末のここだけは、ほとんど変わらない空気が漂っている。
ほとんど。
ラシュレイはポツンとひとつ空いた椅子を見た。本来、ジェイスの隣には一人座るはずなのだ。
*****
さて、会議は予定時間を超過して終わった。というのも、ケルシーから「助手が居る人は、そろそろ昇格試験も考えなきゃね」という言葉が出たのだ。
もうそんな時期か、とラシュレイは手帳を確認したが、助手が受けた最後の試験から随分経っている。忙しい日々に身を置いていると時間感覚も薄くなっていくようだ。
『カーラとラシュレイの助手は星3になるんだっけ?』
「はい」
「そうです」
二人が頷くと「早いね」とジェイスが頬杖を突きながら微笑む。
「バドさんもでしたっけ」
とバレット。
「そうそう。といっても、毎晩施設の見守り業務をしてくれているし、一気に星5に上げても良いくらいなんだけどねえ」
バド・バンクス(Bud Bankes)はジェイスの助手である。特殊な理由から、彼は家に帰ることができないため、B.F.で夜間の警備を行っているのである。ジェイスとしては夜くらいゆっくりして欲しいという気持ちがあるようだが、バドは「ボランティアですから」とその役を自ら買って出ているそうだ。
「カーラとラシュレイの方は、もう条件は揃ってるのか」
今度はエズラが聞いてくる。「はい」と二人は同時に頷いた。
昇格試験を受ける条件には様々なものがあるが、一定のものをクリアしていれば受けることは可能だ。
『星3の試験は、まだそこまで難しくないけれど......B.F.が新しくなって、試験内容も年々アップデートしているからなあ』
ケルシーはいつの間にかキキを抱いている。隣ではビクターが書き物をしていた。
「そういえば、以前アドニスとスカイラさんが受けた特殊試験......あれは採用する予定なんですか?」
カーラが言っているのは、助手たちが受けた特別な試験の話だ。
星2昇格をケアレスミスのおかげで見事に逃した助手たちが、新しく導入される予定の試験内容の実験台とされたのである。
そこでの試験というのが、一般人への聞き取りを想定した試験と、緊迫した状況でも正確に情報を伝えるために行う爆弾処理の試験だった。
後者は実際の状況を想定したというよりは、実験中にヘルプを出す際や、出される際、平静を保って現在の状況を相手に正確に伝え、理解するという趣旨がある。
ケルシーが考案したもののようだが、カーラの問いに対して彼女は「うーん」と唸っている。
『協力してくれた二人には感謝するんだけれど、爆弾処理の方はもう少し改善が必要かなあ。場所もとるし、情報伝達する力って、合同実験でも培われるし......』
「合同実験......」
「そういや、星3の昇格って合同実験も条件に入ってたよな」
バレットが研究員ファイルを開いている。
「条件にだけね。スカイラもアドニスも、他の条件ではクリアしているんでしょ?」
ジェイスが言う。
「ええ」
「まあ......」
スカイラがクリアしている昇格試験を受けるための条件は、主に時間である。定まった時間、実験や調査をしていれば、試験を受けられるというものだ。
アドニスもおそらくそうなのだろう。
助手たちは既に試験を受ける用意はできている。しかし、他の条件を無視すると、試験で痛い目を見るかもしれない。
星3というのは、合同実験を視野に入れた試験内容が多くなってくる。実際に合同実験が行われるのは星4からだが、他人と協調性をはかることを求められるのは、いよいよこの時期だ。
「合同実験......全然してませんでした」
カーラが囁くように言った。
「俺も」
練習させるには良い頃合いなのだろう。独立を考えてもらうきっかけとしても。
「カーラのところはまだしも、ラシュレイのところは合同実験ってなると大変かもねえ」
ジェイスがのほほんとして言うので、ラシュレイはぎょっとして彼を見た。
「どうしてですか」
「ほら、現象より先輩を見て実験にならないとか」
それは大いに有り得る話だった。
初期の合同実験は、基本的に星の低い研究員同士で行ってもらうものだ。
星4未満ならば、付き添いとして星4以上の研究員が見守ってる必要がある。
しかし、助言はほとんど与えず、実験準備室のようなガラスの向こうから見守るだけなのだ。
スカイラならば、現象より自分の方を見ているだろう。
カーラだけに見守ってもらっても良いのだが、それはなんだか申し訳ない。
「他の人に頼んでみたら?」
と、バレット。
「他の人ですか......」
カーラとラシュレイは視線を交わす。
実験の監督ができそうな人。星4以上。ぱっと思い浮かべても、皆自分の仕事で手一杯だ。
ラシュレイは会議室のデスクをぐるりと見回した。そして、
「うーん......むにゃむにゃ」
会話に全く一切入ってこなかった後輩の姿を見つけた。
*****
「合同実験の現場監督ですか? 良いですよお」
キエラは眠気眼で頷いた。アホ毛もへんにゃりと彼の頭頂部で力が抜けている。
「大丈夫なんだろうな」
ラシュレイは不安になってきた。この後輩に助手二人の命を預けるのは、重すぎるのではないだろうか。
「わ、私たちは近くで待機していますし......何かあれば駆けつけられるようにしていますから」
現場監督がするべき仕事を、カーラは口にしてキエラを励ましている。
「心配しなくても大丈夫だよ。僕、これでも星4だしっ」
ドン、と胸を打っているが全く大丈夫には見えない。
しかし、彼くらいしか思い浮かばないのだ。他の研究員たちは日々仕事に追われ、切羽詰まった毎日を送っている。
「あまり難しい現象は選ばないようにしないといけないな」
「はい......研究員ファイルから、なるべく安全なものを選びましょう」
重いファイルを開く二人を眺めながら、キエラはふんわりと欠伸をしている。
「お前も、助手をとるなら慣れていた方が良いんだからな」
ラシュレイが言うと、キエラは「そうですね」と頷く。
「スカイラとアドニスを助手だと思って、頑張ります!」
正直、この研究員にあの二人を制御できるとは到底思えないのだが。
ラシュレイは思ったが、黙っておいた。隣を見ると、カーラも全く同じことを思っている様子だった。




