File092 〜フルーツ売り場に並ぶまで〜 後編
「それで、僕が踏んづけて壊してしまって......本当に本当にごめんなさい!!!」
此処は実験準備室。合同実験で与えられた現象の性質の解明に至ったスカイラとアドニスは、実験を切り上げて準備室に戻ってきたのだ。
スカイラが踏んで壊してしまったレコード盤は、今アドニスの手の中にあった。
「それは大丈夫。それよりも怪我はなかった?」
キエラがスカイラの足を確認する。「僕は大丈夫です......」とスカイラが頷き、アドニスは実験で判明したことをキエラに説明した。
「フルーツを置くと、スーパーのBGMが流れたんです。それと、人の足音や話し声なんかも。スカイラの話だと、それらの音は西区にあるキャッスル・マートというスーパーの青果コーナーのものらしいです」
ふんふん、とキエラは頷きながらアドニスの話に耳を傾けている。
扉を開くまでウトウトしていたのだが、二人に見下ろされて眠気も吹っ飛んだらしい。急いで腕時計に目を走らせて「早いね!?」と椅子から立ち上がったのだ。
たしかに、実験終了予定時刻まで、まだ三十分と少しあったのだ。
「で、まあ、あの超常現象の特徴は、プレーヤーに置かれた物体がもともとあった場所の音を記録している、という結論に至ったんです」
「正解ですか!?」
スカイラとアドニスは息を詰めてキエラを見つめる。先輩のアホ毛はフリフリと緊張感なく左右に振れ、やがて、動きを止めた。
「うーん」
キエラは首を傾げていた。
「半分正解って、感じかな」
「半分......」
「正解......」
スカイラがガクッと肩を落とす横で、アドニスが無言でキエラの胸に抱かれた研究員ファイルに手を伸ばす。
「ぎゃー!! 何するのっ!!」
「勿体ぶってないで答えを教えろ」
「待って待って!! 二人とも、何か見落としてるよ!!」
キエラがファイルを抱えて体をひねり、アドニスからファイルを隠す。
「見落としてる......?」
二人は顔を見合わせる。正直、スカイラがレコード盤を踏んで壊したことで、実験は時間よりも早く終わってしまった。結論の精度を高めるために検証を重ねることよりも、持ち主への弁償金額のことで二人の頭はいっぱいだったのだ。
「二人が話してくれたのは、果物に針を置いた時に鳴った音についてだよね」
キエラのアホ毛は、再びフリフリと動き始める。
「たしかに、あの果物たちは西区のスーパーで購入したものだよ。だから、売られていた場所の音を再生するという仮説は正解。でも、二人は最初にあのプレーヤーに何をセットしてた?」
あっ、とスカイラ、そしてアドニスの目が、互いの顔を見る。
「レコード盤の音声......」
「二人の仮説をそのまま当てはめちゃうと、あのレコード盤が売られていた場所の音声がそのまま入っているってことになるよね」
二人は、レコード盤に録音されていた音声を思い出す。女性が何かに動揺している声や、男女が言い争う声。それらが売り場で聞かれるものとは到底思えない。
二人は、フルーツのことだけに焦点を当てた仮説を立ててしまっていたのである。
キエラは、ファイルを開いた。分厚い資料が一部取り出されて、彼はアドニスの手の中にあるレコード盤の欠片を確認した。
「これって、何ていう名前の曲だった?」
「コゼット・オークレーの『真夜中の砂』です」
アドニスがすぐに答える。キエラは資料に指を走らせた。
「コゼット......コゼット......あった、女性の声が聞こえるレコード盤だね」
「もしかして、その資料に、あそこにあるレコード盤にどんな音声が入っているか全部書いてあるんですか!?」
スカイラはキエラの手の中の資料を指さす。うん、とキエラ。
「今までの実験で、あのレコード盤を全て再生して、録音されている内容を書き出した資料がこれ。一応、今回は特殊な事情があって、書き直さないとならないことになったけどね」
「特殊な事情......?」
二人が首を傾げると、キエラは微笑んで実験室の扉を開いた。
「じゃあ、答え合わせをしようね。二人とも実験室に入って」
*****
キエラは、レコード盤を慣れた様子で操作した。
「慣れてますね......」
スカイラが、キエラの手元を見つめながら呟く。
「僕のお店、似たタイプのレコードプレーヤーを置いてるんだよ」
彼は答えて、レコード盤の入った箱に手を伸ばした。適当な一枚を引っ張り出し、曲名を確認して、資料と照合する。
「これ、全部聞いたんですか......」
アドニスは箱に収まっている大量のレコード盤を見やった。百杯は優に超えている。これを一枚ずつ聞き、文字に起こすのはあまりにも気の遠くなる作業に思えた。
「一人でじゃないよ。たしか、三人くらいの研究員が協力して作業をしていた気がするな」
キエラは細かな調整を行って、「よしっ」と頷いた。
「じゃあ、かけるよ」
キエラがレコード盤に針を落とす。いつものプツプツ音に続いて、流れてきたのは次のような音だった。
『結構大きかったね、大丈夫だった?』
『うん、私の方は大丈夫。あ、でも待って、鉢植えが落ちたみたい......根っこは無事みたいだけれど......そっちは?』
『レコードが落ちたくらいかな。うん、割れてるものは無さそうだ』
男女の会話だった。二人とも、互いに離れた場所に居るようで、声を張ろうとしている雰囲気がある。
スカイラたちが聞いたレコード盤で、いがみ合っていたあの二人の声と全く同じである。おそらく、前の持ち主なのだろう。
再生が終わると、キエラが「どうだった?」と聞いてくる。
「よく分からないですけど......とりあえず、さっき聞いた人の声とは一致してたような気がします」
「二人が聞いたのは、喧嘩をしていた男女の声っていうものだね」
キエラが資料に指を走らせて、そのレコードも再生した。
『お前が悪いんだ!!』
『いいえ、あなたのせいよ!!』
『じゃあ、もうどこかに行けばいいさ!! 好きな所へ!!』
『ええ、そうさせてもらうわ!! あなたはその古臭い部屋で、死者のように閉じこもっていると良いのよ!!』
全く同じ音声が流れる。激しい口論のあとに、いくつかの物音がする。さっきは気が付かなかったが、バタン、と強く扉を閉める音がした。どちらかが部屋を出て行ったのだろう。
スカイラは「うーん」と唸る。
「なんだか、どれも中途半端な音声ですよね......これだって言う時に録音を開始していないような気がします......」
「そうだな。今のも、喧嘩の終わりかけだったし、さっき聞いたのも、何か起きたあとみたいだったし......」
二人が首を捻る横で、キエラは再び、一つ前のレコード盤を再生した。
『結構大きかったね、大丈夫だった?』
『うん、私の方は大丈夫。あ、でも待って、鉢植えが落ちたみたい......根っこは無事みたいだけれど......そっちは?』
『レコードが落ちたくらいかな。うん、割れてるものは無さそうだ』
「この超常現象が回収された地域は、ここからずっと遠いところなんだけれど......地震が多い地域なんだよね」
キエラがぽつりと言った。
「地震ですか?」
「うん。これが録音されたのがいつなのかは分からないけれど、物が落ちたり倒れたりするくらい、大きなものではあったんじゃないかな」
音声の内容を聞く限り、少なくとも鉢植えは割れている。どのくらいの大きさのものなのかは分からないが、ものを動かすくらいの大きい地震だったのだ。
ふと、アドニスはキエラの再生したレコード盤を見た。端の方が、小さく欠けている。
「キエラさん、この傷って回収した当時からついていたんすか」
アドニスが欠けている部分を指さした。
「うん、そうだよ」
「あれ? そういえばこっちも欠けてますよ!!」
スカイラは、喧嘩の音声が入っていたレコード盤を指さす。それも同じように欠けていた。
アドニスは、まさかと思って、スカイラが割ったレコード盤をパズルのように繋ぎ合わせた。細かい破片は回収できなかったが、大きな欠片の表面に、マジックペンか何かで線を引いた跡がある。
「これの音声って、女性が動揺する声でしたよね」
アドニスがキエラに問う。
「そうだね」
「その資料、一枚一枚を文字化した資料っすよね。ちょっと見せてくれませんか」
「良いよ」
アドニスはキエラから資料を受け取って、スカイラと共に覗き込む。コゼット・オークレーの『真夜中の砂』は、二ページ目の先頭に書いてあった。
『録音内容は、次のような女性の声。
あ、やばっ......
うわあ、やっちゃった、どうしよう......
これ、落ちるかなあ......
_____レコード盤に誤って落書きをしてしまった際のものか。盤の表面に、1.7mmの黒いペン跡が1cmに渡って付いている。』
アドニスは、スカイラに割れたレコード盤の一欠片を見せた。それには、ペン跡が付いている。
「キエラさん」
アドニスは、何やらニコニコしながら二人を見守っている先輩を呼ぶ。
「この欠片に、針を落としてみても良いっすか」
「うん、もちろん」
アドニスは、ペン跡のついた欠片をセットした。すると、プツプツ音の後に、次のような音が流れてきた。
『あっ!!』
『あーーっ!!!』
『おまっ......何してんだよ!!』
『ご、ごめん!!』
スカイラが息を飲み、アドニスも目を丸くする。キエラだけは、二人の表情を見て微笑んでいた。アホ毛を小さく左右に揺らしながら。
『あうう、どうしよう......僕、弁償できるくらいお金持ってるかなあ......』
『アホ、払うのはお前の先輩だろ』
『えっ!! ラシュレイさん!?』
『お前のやらかしたことの責任者はあの人だろ』
『ラシュレイさんが、僕の責任をとってくれる......』
小さな欠片が記録していたのは、そこまでだった。
「これって......!」
スカイラが欠片から目を離さず口を開く。
「僕が、レコード盤を踏んづけた時の直後の音声ですよ!!」
「要するに、その物体が売られていた時の音声じゃなくて、その物体に何かしら傷をつけた時から録音が始まるってことですね」
アドニスがキエラを見た。先輩は、ゆっくりと頷いた。
「あ、あっ! じゃあ......」
スカイラがフルーツの入った茶袋に飛びついて、中からバナナを取り出す。
「これを再生した時、僕らが聞いたのはキャッスル・マートの音でしたけど......」
スカイラがバナナの皮を剥いて、アドニスに手渡す。アドニスはそれを機械にセットした。
「これから流れる音は、今僕が喋っているこの声っていうことなんですね!?」
プツプツ音が流れ始める。少しの間、物を動かす音と、沈黙。そして、
『これから流れる音は、今僕が喋っているこの声っていうことなんですね!?』
スカイラの声が全く同じ声音でスピーカーから流れてきたのである。
「わー!! すごいです!! 現象解明です!!!」
スカイラがパチパチと手を叩くと、キエラも「正解!」と拍手を始める。アホ毛が遠慮なくブンブンと左右に振れている。
「僕は最小限のヒントで留めたのに、よく二人とも辿り着いたねー!!」
「僕らは優秀な研究員なので!!!」
えっへん、と胸を張るスカイラの横で、アドニスはバナナを頬張っていた。
*****
「それじゃあ、これにて合同実験の練習会はおしまい! 二人とも、とってもよく出来てたよ!」
実験準備室からも出て、キエラと二人の研究員は廊下で向き合っていた。
「どう、楽しかった?」
キエラが問うと、スカイラは元気よく「はいっ!!」と頷く。そして、その腕に抱かれた茶袋をひしと抱いて、
「こういう超常現象、また会いたいですっ!」
と、笑っている。一方アドニスは、
「半分しか正解できなかったですけどね」
と、小さく言った。
「僕にはよく出来ているように思えたよ。アドニスもスカイラも、勘が鋭いし、こういう勘の鋭さは実験で必ず活きてくるからね! それに、今回は練習だったんだから、あまり結果に拘らないで! これからいっぱい経験を積んで、星3になれるように頑張れば良いんだよ!!」
キエラは研究員ファイルを抱いて、二人の背高の研究員を見上げた。アホ毛は今日、ほとんど止まっている時間が無かった。もちろん、今もそれは犬のしっぽのように揺れている。
「二人とも、もう少しで後輩ができるね」
後輩、とアドニスは繰り返す。スカイラも同じところで引っかかったようだ。
新入社員研修会の用意に、先輩たちが日々追われているのは、背中越しの雰囲気で何となく感じていたのだ。
自分たちの下にひとつ代が出来るというのは、何だか心のくすぐったいような気持ちになる。
「僕ら、ちゃんとした先輩になれるかなあ」
「少なくともお前は無理だろ」
「何でだよ!!?」
実験前と同じことを始めた二人を、今度は優しく見守るキエラ。アホ毛は、しんみりと徐ろに振れた。
*****
「ラーシュレーイさーん!!!」
此処はオフィス。スカイラは愛しの先輩の待つオフィスへと、戻ってきたのである。
ラシュレイは大量の報告書の添削をしながら、助手を振り返った。合同実験という、初めてのことが上手くいったのか、仕事をしながら彼はずっと気にしていたのである。
「おかえり。どうだった」
「とーっても楽しかったですー!!」
遠足に行ってきたかのような感想をもらって、ラシュレイはさらに不安になった。
「結果には上手く辿り着けたか?」
「はいっ! キエラさんにちょっとだけヒントを貰っちゃいましたけど、アドニスと協力して、ちゃんと答えを見つけましたよ!」
それを聞いて、ラシュレイは初めて胸を撫で下ろした。カーラも、きっと同じようなことを聞かされているだろう。彼女の助手ならば、もう少しマシな態度で戻ってくるのだろうが。
「それで、はい、これっ!!」
ラシュレイの顔の前に、突然、茶袋が差し出される。
「なにこれ」
「お土産です!!」
「お土産......?」
本当に遠足にでも行ってきたような言葉である。
ラシュレイは怪訝に思って、茶袋を受け取る。ずっしりとしていた。恐る恐る中を覗くと、ガラスジャーが一瓶入っている。中には液体が入っていて、黄色とオレンジの境目のような色をしていた。
「......なにこれ」
「実験で使ったフルーツで作った、僕特製のミックスジュースですっ!! ささっ、試しに飲んでみてください!!」
どこに隠し持っていたのか、スカイラがストローを渡してくる。何故だか飲み口が二つあり、一人用ではなかった。
「変なもの入れてないだろうな」
「入れてません! だって、アドニスとキエラさんの監視下のもとで作ったんですから!」
キエラはともかく、アドニスが居たならば大丈夫なはず。
促されるまま、ラシュレイはジャーの蓋を外す。液体の中にストローを刺し、飲み口を咥えた。
「どうです......?」
「......美味しい」
美味しいが、とラシュレイはスカイラを見る。キラキラと輝く瞳の中に、何だか別の色が混ざっているのは気のせいだろうか。
「実験に使った超常現象って......」
「レコードプレーヤーの超常現象ですよ!」
ラシュレイは、日曜会議の資料を頭の中で素早く引っ張り出した。
「レコード盤を傷つけると、直後の音が再生されるようになるやつだな」
「はい! 流石ラシュレイさん!」
「......その実験で使った果物の......」
「ミックスジュースです!!!!」
後日、ラシュレイはアドニスに聞いてみた。アドニスは、当時のことを話してくれた。
「これ、ミックスジュースにして良いですか!?」
スカイラがキエラに問う。良いけど、とキエラが首を傾げ、言われるがまま自分のカフェからガラスジャーと絞り器を持ってきた。
「普通に食えばいいだろ」
りんごを潰して果汁を絞るスカイラを眺めて、アドニスが言う。
「それじゃあダメだよ!! 僕の気持ちを凝縮して、ラシュレイさんに届けないと!!」
スカイラはさらに手に力を込めた。
「ラシュレイさーーーん!!!! 愛してまーーーーーすっ!!!」
一応、その絞った果実は二次資料としてドライフルーツにして、倉庫にしまったのだとか。
その週の日曜会議で、新たに配られた資料には、次のようなことが書かれていた。
『レコードプレーヤーの超常現象の、No.25のレコード盤が損傷のため、音声内容に変化あり。また、合同実験で使用されたフルーツは、実験者の意向に沿って、保存状態に気をつけて資料化した。フルーツは、ブドウ、りんご、オレンジ、ナシである。以下が、各フルーツの音声内容である。』
『ラシュレイさーーーん!!!! 愛してまーーーーーすっ!!! 』
『僕と結婚してくださあああいっ!!!!』
『ラシュレイさんに一生ついて行きまーーーすっ!!!!!』
『L・O・V・E ラシュレイさーーーーーーんっ!!!!!!』




