File090 〜嗚呼、子ども達への背徳感!〜 2
「熱なんか無いじゃない。早く行かないとバスが来ちゃうわよ。乗り遅れたって、ママは送って行きませんからね」
母親に言われ、ポージーは渋々学校へ行くことにした。バス停までの道、足取りは鉛のように重い。
アーリンにグループから追い出されて一日目。今日はどんな恐ろしいことが待っているか分からない。
母親には、スクールカーストなんて理解できないのだ。娘が昨日、その頂点から転落して、今日の登校がどれほど苦痛なのか。
レイシーも、毎日こんな気持ちなのだろうか。
流れる水のような彼女の黒髪を思い出しながら、ポージーは寝癖まみれの自分の髪を手櫛で整えた。
*****
アーリンとその取り巻きは、意外にもポージーを放っておいてくれた。もちろん、目が合うことはほとんど無い。あってもそっぽを向かれて、明らかな敵意は感じられる。
てっきり、レイシーがされているような典型的ないじめ行為が待っていると思っていたが、そうでもないようだ。
そこは安心したのだが、その日の授業は、これまでの学生生活の中で最も惨めな気持ちを味わされた。
発言をするにも冷ややかな視線が付きまとい、自分が四六時中監視されているような気分になるのである。
運の悪いことに、アーリンとは近い席の授業が多い。彼女はツンとしていて、ポージーが話しかけてもほとんど返事をしなかった。かと思えば、男子や他の女子を混ぜた会話では、
「ポージーはどう思う?」
「ねえ、ポージーたら! 今日はすごく静かだけど、どうかしたの?」
と、分かりやすく態度を変えてくる。
ポージーの心はじわりじわりと傷ついた。昨日までの彼女との関係の急変に、ポージーは打ちのめされていたのだ。
気が付けば、その日最後の授業だった。これを乗り越えれば、少なくとも休暇明けまでは彼女たちと顔を合わせずに済む。
その日の最後の授業は音楽だった。生徒は音楽室に移動し、ホワイトボードの前に置かれたグランドピアノの演奏に合わせて歌うことになっている。
アーリンは一列目で、ポージーは二列目。これで、アーリンの視界からは何とか逃げることができた。
楽譜に目を落としていると、ふとポージーは視界に不思議なものを見た。それは、楽譜の外でチラチラと動いている。
目を上げると、アーリンの服の裾からピンク色の紐がひょろりと出ているのだった。ネズミのしっぽのように、それはアーリンの歌う動きに合わせてチョロチョロと動いた。
服がほつれているのかもしれない。
指摘をしたって、冷たい目で見られるだけである。
これ以上、自分の心に傷を負わせるのは避けたいところだ。
ポージーは楽譜に目を戻した。
*****
その日の帰り、ポージーはレイシーと喋った。どうせ、アーリンには見向きもされないのだから、これ以上我慢している必要もない。
レイシーは、帰ろうと身支度をしているところだった。鞄に吸い込まれていくノートには、アーリンのものと思われる字で、汚い言葉の書かれた付箋が幾枚も張り付いていた。
「ね、ねえ。レイシー」
彼女の目はすぐにポージーを捉えた。鞄にノートを素早く押し込んでいる。
やはり彼女の目から不安の色は消えない。当然だった。彼女にとってポージーは、アーリンと変わらない加害者の一人なのだ。しかしそれも、今日で最後にしたい。
ポージーは意を決して、口を開いた。
「アーリンたちとは、もう付き合わなくなったんだ」
レイシーの長いまつ毛が、僅かに上下した。
「だから、お友達に......」
「私はまだ、いじめられてるもの」
彼女の声は透き通って、揺れていた。
「タイミングを見るべきだと思う」
そう言って、彼女は止めていた手を動かした。
アーリンにいじめられている自分に近づけば、ポージーまでターゲットにされるという忠告だ。
たしかに、ポージーはそれでアーリンから仲間はずれにされたのだ。
「でも、私はあなたと友達になりたい」
ポージーはレイシーにさらに近づいた。
「今までごめんなさい。私ね、スクールカーストのてっぺんに急に入れられて、いじめのターゲットからは外されたんだけど......居心地がすごく悪くて。いつか抜けたいってずっと思ってたんだ」
水面のような瞳に、ポージーの顔が映り込んだ。
「一昨日、私に話しかけたから仲間はずれにされたの?」
自分自身を責めているような声音だった。
「うん、そうだよ」
ポージーは、なるべく明るく、そしてはっきりと言った。
「だから、良かったの。心がすごく軽くなった。私を彼処から助けてくれて、ありがとう」
これは本音だった。あのグループには、いつだって馴染めなかった。生徒に限らず、先生にすら棘のある言葉を放つ集団にいたら、自分がハリネズミになってしまいそうだ。
レイシーは困惑した様子で、ポージーから目を離さずに居た。ポージーの今の発言が心からのものなのか、確かめようとしているようだった。警戒心がまだ解けないのは当然だ。
ポージーは、彼女がなるべく自然体で居られるようなものに話題を変えることにした。
「ねえ、ケレン先生の課題のことなんだけど、終わった?」
レイシーは小さくため息をついた。そして、首を軽く横に振った。
「ボランティアセンターに行ったら、もうほとんどのボランティアが募集を終えたあとだったの。定員に達しちゃったものが多かったみたい」
「ケレン先生、他のクラスでも同じ課題を出したって聞いたよ」
ポージーは、アーリンの取り巻きの一人が言っていたことを思い出していた。
きっと、他のクラスの生徒が一斉にセンターに走ったのだろう。休暇中、センターは完全に閉まってしまうのだから、面倒事は先に済ませたかったのかもしれない。
「今日は、街のセンターに問い合わせてみるつもり」
「真面目なんだね......」
ポージーは、昨日の自分の行動を恥じた。レイシーはもともと、課題をきちんとこなすタイプである。彼女が課題を忘れたり、しなかったりした様子を、ポージーは一度も見たことがなかった。
「ポージーは......」
レイシーはもごもごと言いづらそうに、名前を呼んだ。初めて口にするのだ。
「終わらせた?」
「うん、昨日の放課後。インターネットでね、簡単に終わるやつ」
「それって、どういうの?」
ポージーは昨日のサイトについて軽く説明をした。喋りながら、自分の課題に対する不真面目さに恥ずかしさを覚えると共に、レイシーとこれほどまできちんと喋れていることに心が弾んだ。
「それ、危ないんじゃないかな」
聞き終えたレイシーは、眉を顰めている。
「去年、ブラウン先生の授業取ってた? パソコンの。授業の中で習ったでしょ。世の中には危険なサイトが五万とあって、特に個人情報を入力させるものは警戒すべきだって」
レイシーの言葉はごもっともだった。ポージーの昨日のサイトは、個人情報以外には何も入力するものがなかった。その情報が何に使われるのか、サイトの作成者が誰なのかさえ、一切書かれていなかったのである。
「それで課題を終わらせるつもり?」
「ううん......」
たしかに、提出したとして先生が良い顔をしないのは確かだ。下手をすれば単位の取得も認められないだろう。
「やっぱり、やり直そうかな......」
「そうした方が良いよ」
レイシーが言って、腕時計を見た。そろそろスクールバスが出る時間なのだ。
「もう時間?」
「うん、あと五分」
「行かないと」
「そうだね」
二人は早足で廊下を歩いた。途中、アーリンの取り巻きの一人とすれ違った。彼女は顔を顰めてポージーを見やった。ポージーは知らないふりをするよう努めたが、ふと視界の端に何かを映した。
黄緑色の、糸。
それは、取り巻きの服の裾からピロピロと出て、廊下を引きずるまでになっていた。
ポージーの脳裏に、アーリンの服から覗いていたほつれた糸が蘇る。
「ねえ、今の見た?」
ポージーは、隣を歩くレイシーに聞いた。
「何を?」
レイシーは、まっすぐ前を向いていた。取り巻きのことなど、視界にすら入っていないというふうに。
「何でもないや」
ポージーは小さく笑った。
あんな居心地の悪いところで過ごすより、彼女の隣に居る方がずっと良い。
案外、状況はそこまで悪くないのかもしれない。
ポージーは思った。
*****
それは、教室を超えて学校中に衝撃を走らせた。
「交通事故らしいぜ」
アーリン、そして彼女の取り巻きの数人が亡くなったという。
休暇中のことだった。
アーリンと取り巻き、そして引率の教師が一人、遊園地行きのバスに乗っていた最中に事故にあったのだ。
寒い日だったこともあり、路面が凍結している箇所があったのだろう。大型のバスと大型のトラック、その他の車が七台絡む大事故だった。
アーリンたちが乗っていた席にトラックの車体が大きくめり込み、後続車が次々とバスを後ろから押して、彼女たちを無惨に押し潰した。
幸運にも教師と取り巻きの一人は生きていたのだが、それでも大怪我をして、今は大きな病院で治療を受けているのだとか。
「聞いたんだよ。変なサイトがあるって。それに情報を書き込んだ奴らが次々に死んでいるだと」
「そういや、マックもそのサイトの話をしてなかったか? あいつ......昨日から学校に来てないよな」
「まさか」
教室に入ったポージーには戦慄が走っていた。レイシーがちらりと此方を向いてくる。
ポージーは、目だけで彼女に助けを求めるので精一杯だった。
その目には、涙が溢れんばかりに溜まっている。
*****
すぐに保護者への説明会が開かれた。例のサイトの話も明らかになり、生徒ではなく、先生側に問題があるという話になった。
何故、危険性を考慮しなかったのか。どんなボランティアがあるのかを生徒にきちんと話をした上で、その候補の中から選ばせるべきだった。決して自由に選ばせてはいけなかったのだ。
アーリンと取り巻きの話も持ち上がった。彼女たちが問題になったのは、ある教師との関係である。驚くべきことに彼女たちは、親に黙ってそのバカンスに行っていたのだ。親たちはてっきり、サークルの合宿に行くのだとばかり思っていたのである。
それからも、次々と生徒の行方不明情報や、死亡情報が相次いだ。皆、例によって怪しいサイトに接続した者ばかりであった。
学校は臨時休校となり、ある生徒は喜び、ある生徒は友人の死に向き合う時間を作った。
「......どうしよう」
ポージーは部屋から出られなかった。保護者説明会に参加した両親が、責め立てるようにポージーに矢継ぎ早に質問を投げてきたが、本当のことなど言えるわけがない。
あのサイトに自分も情報を書き込んだなど。
『いろいろ調べてみたけど、ダメ。分からなかった。例のサイトにはアクセスできなかったよ』
ポージーの携帯電話からは、レイシーの声がする。彼女とは連絡先を交換し、今日は初めて電話をした日である。
レイシーは、ポージーから話を聞いたその日に、例のサイトを探してみたらしい。しかし、それは彼女のパソコンには現れてくれなかったそうだ。
その話を聞いて、ポージーはますます不気味だった。
いつ自分が死ぬか分からない。
アーリンたちは、本当に死んでしまったのか。
この前まで、彼女たちはたしかに生きていた。手を握り、笑い、そして冷たい態度を取っても、彼女たちの心臓は確実に動いていたのだ。
『ポージー』
「どうしよう」
ポージーの声は震えていた。手は汗ばみ、全身に酷い悪寒を覚えた。頭は最悪な事態ばかりを思い浮かべている。ぺしゃんこの車、潰れた人間。
「どうしよう、レイシー」
『誰かのイタズラだとしたら、あまりにも酷い話だよ』
「サイトに書かれた情報の子を、殺人鬼か何かが手当り次第に殺しているってことなのかな?」
ポージーは、目の前がぐるぐると回っているような感覚に襲われていた。
保護者会では、そのようなことが言われたのだそうだ。趣味の悪い大人が、遊びで子どもの命を狙う。そのターゲットの条件にたまたま合ってしまったのが、ポージーたちの学校の生徒なのか。
「私も、いつか_____」
『絶対に何かあるよ』
レーシーの声は凛としている。彼女の声には、いつも芯がある。
『サイトには、住所を書くところは無かったって言っていたじゃない。殺人鬼が確実にその子の所へ行って殺すなんて、できっこない』
ポージーの額には玉のような汗が吹き出していた。
『それに、どうして殺人鬼がアーリンたちの顔を知っているの? 学校中の生徒の顔を把握しているの?』
「せっ、先生の中に、そういう人が居るのかもしれないじゃん!!」
ポージーはほとんど叫び声を上げていた。世界が黒と白だけで構成されているような気分だった。
『そんなのありえない。落ち着いてよ。こんな手の込んだことをして、一体何の得があるの? じゃあ、交通事故に巻き込まれた他の人達は、エキストラって言うの? 誰が自分を危険に冒してまで交通事故なんて起こすの』
右耳に、ひんやりとしたタオルが当てられている気分である。冷水のような、温度を下げる声が彼女の声なのだ。
『本当に犯人なんていると思う?』
「......どういうこと?」
ポージーは、携帯を持ち直して、さらに耳に押し付けた。今すぐにでも彼女に会いたかった。自分が死と隣り合わせにあるということを知っているのは、この世界で彼女しか居ないのだ。
『こういう変なことを調べてくれる場所、知ってるでしょ』
ポージーはハッとした。
「まさか、彼処に行くの?」
『それしかないよ。このまま死ぬのを待つの?』
ポージーはぎゅっと目を閉じた。レイシーの雪のような肌が思い浮かび、次いで波打つような黒髪が思い浮かんだ。
そして、水面のような美しい瞳。彼女の目は、綺麗な黄色だ。
「......死にたくない」
『じゃあ行こう』
電話の向こうで、パソコンのキーボードを叩く音がした。素早いタイピングだ。止まっている暇などないと、背中を押されたような気になった。
『受付時間は......夕方五時までだって』
「あと五十分しかないよ」
『バスに乗って行こう。私もすぐ出るから、ポージーも急いで。現地集合ね』
電話が切れた。途端、ポージーは弾かれたようにコートを掴んだ。
両親がリビングで深刻な面持ちで話し合っている。彼女は気づかれないように家を出た。そして、バス停まで脇目も振らず走った。
ちょうど、バスが来ている。ポージーはそれに乗り込んだ。バスはすぐに発車した。行く先はノースロップ・シティの中心部となっている。
*****
それは、見上げるのも億劫になるほど背の高い建物だった。そこに限らず、この辺りの建物は皆大きい。ポージーも、そしてレイシーも口をぽかんと開けて、バス停から歩き始めた。
「この通りを真っ直ぐ」
「彼処だ」
そうしてたどり着いた建物は、Black Fileであった。学校で一時期話題になり、去年の卒業生の何人かが此処への就職を決めたという話である。
「今何時?」
レイシーが携帯電話を取り出して画面をつけると、受付終了まで一分を切っていた。二人は急ぎ足で扉に駆け寄る。ちょうど、一人の研究員が出て来て、パネルをひっくり返そうとしていたところだった。
「待ってください」
ポージーが急いで彼を呼び止める。不思議そうに振り返った彼は、赤髪の研究員だった。胸から提げたカードには、たしかに「Black File」と書かれている。
「あの、相談が」
「悪いけど、明日に回せますかね」
彼はそう言って、パネルをひっくり返してしまう。
「受付は朝の九時半からやってるから」
男がそう言って、腕時計を見る。もう五時になったのだろう。それとも、これから会議でもあるのだろうか。
ポージーはレイシーを見た。彼女は黄色の瞳でじっと彼を見上げていた。
「緊急なんです」
彼女が言う。研究員は肩を竦めた。どう見ても子どもなのだから、冷やかしにでも来たと思われているのかもしれない。
「明日なら、良いんですけれどね」
「お願いします......」
「いや、だから_____」
研究員が扉を開けて中に入ろうとしてしまう。ポージーは慌てて彼の白衣を掴んだ。
「た......助けてくださいっ!」
研究員の表情が変わる。
ポージーは、自分の視界がぐにゃぐにゃ曲がっていることに気がついた。声が震えている時点で、何となく察しはついていた。
「バレットさん、なに女の子泣かせてんですか」
中から他の研究員らしい声がする。バレットと呼ばれた目の前の研究員は、「いや、俺は何も」と慌てて、
「分かったから」
と、ポージーたちの方を振り返った。もう一度腕時計に目をやる。
「話だけは聞いてあげるよ。ほら、入って」
そして、二人をエントランスへ引き入れた。
*****
半分だけ照明が消されたエントランスには、一般人らしき人が数人と、それに対応する研究員が二、三人居るだけだった。
赤髪の研究員は、レイシーとポージーの前にオレンジジュースの入った紙コップを置いた。そして、分厚いファイルを開いて、そこからバインダーと白紙の紙を取り出した。
「俺はバレット・ルーカスと言います。本日はどう言ったご要件で」
さっきの表情とは打って変わって、バレットという研究員は真面目な顔でペンを構えている。
ポージーは鼻をすするので精一杯だった。知らない人の前で泣いてしまった。恐怖はいつの間にか羞恥心に変わっている。
バレットは何も喋らないポージーから、隣のレイシーに目を移す。
「学校から、ボランティアの課題が出たんです」
彼女の言葉は、エントランスの隅々まではっきりと響いた。
「ボランティア?」
意外なワードにバレットは眉を上げる。
今度は、ポージーが口を開く。
「その課題を早く終わらせたくて......簡単なものはないかなって、パソコンで調べたら、あるサイトが出てきたんです......」
しゃくりあげているので、なかなか聞き取りづらい声である。
レイシーが彼女にハンカチを手渡す。小花柄の木綿のハンカチだ。
「名前とか年齢とか、血液型を入れるだけでボランティアが完了するっていうものでした」
少女はハンカチで目を押えながら続ける。
隣のテーブルで喋っていた研究員が、依頼者を返しながら心配そうに此方を見てきた。
「そのサイトに情報を入れたんだな」
ポージーは頷く。大きなため息が聞こえた。
「それで?」
「それで......他の子も同じサイトにアクセスしていたみたいで」
バレットのペンがファイルについたボードの上を動いている。
ポージーはハンカチで目と鼻を覆った。なるべく顔を隠したかった。
羞恥心はどんどん膨らんでいく。
怪しさしかないサイトに後先考えず個人情報を書き込むような、ネットリテラシーの欠けらも無いことを自ずからさらけ出している。
自業自得だと言われて追い返されてしまいそうだ。
「えっと......その子たちが......」
そもそも、目の前の彼は本当に信じてくれるのか。
たしかに、今起こっていることは普通ではない。
怪しいサイトに書き込んだ子どもだけの命が狙われる。テロの可能性は低い。レイシーの言葉を借りれば、犯人は存在しない可能性があるのだ。
「この前の休暇中に遊園地に行ったみたいで......」
アーリン達を殺した犯人が、人間じゃないなんて。
では、トラックに乗っていた人に何があったのだろう。
幽霊が乗っていた?
誰も乗っていなかった?
そんな突飛な考察を、果たして彼は信じてくれるのだろうか?
現実味が無いと一蹴されるのではないか?
誰が、彼女たちを死に追いやったのか。
「それで.......それで_____」
ポージーの声がそこで詰まった。ぽたぽたと雫がテーブルに落ちていく。バレットはペン回しをしながら、続く言葉を待っていた。
恐怖心と羞恥心と、そこに懐疑心がドロドロと流れ込んできた。泥のようになっていく彼女の心は、涙だけを押し出して言葉を揉み消してしまう。
一分も静かな時間が続くと、「そんで」と続きを促される。
レイシーの口が開いた。
「みんな死んじゃったんです」
ぴたりと、ペンが止まった。
「同じサイトに情報を入力した子が亡くなりました。交通事故です。大型バスと大型トラックの正面衝突事故。他の車も七台絡んだ大きな事故です。ニュースになっていると思います。ご覧になりませんでしたか」
レイシーの声は淀みなく、堂々としていた。バレットを真正面から捉え、静かに彼を責め立てているような態度だった。
「私たちの学校の生徒が六人、そして先生が一人、その大型バスに乗っていました。事故で亡くなったのは五人のクラスメイトです。先生と一人の生徒は奇跡的に生きていたようで、今は入院しています。他にも、サイトに情報を書き込んだ子の行方不明情報や死亡情報が後を絶ちません」
レイシーは、誰にも口を挟む隙を与えなかった。
「学校では、すぐ保護者会が開かれました。同じ課題が出ていた他のクラスの生徒も居たんです。その子たちの中にも、例のサイトにアクセスしていた子が複数名居ました。学校は臨時休校中です」
バレットの目はレイシーと交わっている。
「これでも信じませんか」
ポージーは、レイシーの凛とした態度に驚いていた。いつもアーリンの目に怯えていた彼女の姿は、そこには無かった。
「つまり、ボランティアの課題を終わらせようと思って、アクセスしたサイトで個人情報を書き込んで......同じことをした奴らが次々死んでってるってことだな。で、此処に助けてもらいに来たと」
バレットは簡潔にまとめた。レイシーが頷き、ポージーはますます頭を垂れた。
改めて聞くと、どうしてあんなサイトに何でもかんでも喋ったのだろう。死んだって悪いのは自分だ。信じてもらえるような話ではないのだ。
「話は大体分かった」
ペンが完全に置かれる気配がして、ポージーは膝に落としていた目をテーブルのへりまで引き上げた。
「信じるよ」
それは、柔らかな声だった。思わず顔を上げると、研究員の顔はさっきまでの調子とはまるで違う。冷たさを感じた棘のある空気が嘘だったようだ。
「怖かったな」
それを聞いた瞬間、ポージーの中で大きな鍋がひっくり返った。
此処なら何とかしてくれる。
ポージーは声が枯れるまで泣き続けた。レイシーが、優しく、けれどもしっかりと手を握ってくれた。




