50「ヘルミーナの怒りです」①
「やれやれ、どうしたのかしらね、この女神さまは……まあ、察することはできるけれど」
嘆きのヘルミーナは綾音が「子を捨てた」ことに執着している。
確かに、綾音は子を捨てた。
捨てたつもりはないが、愛情もなにもなかった。
愛した男は死に、愛も何もない男と結婚し、生まれた子だ。
愛情を持てなかった。
しかし、綾音はルーとモアイという別の少年と少女を心から愛した。
まさかふたりが我が子であったことは驚いたし、もしかしたら親子の絆があったのかもしれないとも思う。
それでも、綾音が我が子に愛情を注がなかったのは事実だ。
結果的に、ルーとモアイが我が子出会っただけで、違う子だったら、綾音は今も後悔を続けていただろう。
だからといって、ヘルミーナにとやかく言われたくはない。
後悔をした綾音を他ならぬ、息子と娘が許してくれたのだ。
ヘルミーナの言葉など痛くも痒くもない。
――それでも、ヘルミーナの過去は少し垣間見えた。
(……この女神、人間だった頃に親に捨てられたのね)
疎い綾音でも、そのくらい察することができるほどヘルミーナは綾音の「子を捨てた」ことを責めるのだ。
「日比谷、綾音ぇええええええええええぇえええええええええええ!」
ヘルミーナが立ち上がる。
倒れていた間に、顔が再生したのだろう。
綺麗な顔に戻っているが、代わりと言わんばかりに憎悪に歪んでいた。
「怖いわねぇ。そんな顔をして、私があんたに何をしたって言うの?」
「――お前のような母親がいるから! お前のような母親がいるから!」
「あんたみたいに、親に捨てられる子がいるっているわけね?」
「憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いっ!」
「……嘆きのヘルミーナじゃなくて、憎悪のヘルミーナに改名しなさいよ」
憎悪剥き出しのヘルミーナに、綾音は無意識に一歩後ろに下がってしまった。
彼女の感情に気圧されてしまったのだ。
そのわずかな一歩がヘルミーナの行動に繋がった。
「死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
憎悪の言葉を吐きながら、ヘルミーナが綾音に掴み掛かった。
反射で抵抗した綾音は、聖剣を握り伸ばされた腕を斬り落とした。
次に、もう片方の腕が伸びてきたので、また斬り落とした。
そして、綾音がヘルミーナにしたように、今度はヘルミーナが綾音の顔を目掛けて大きく口を開けて噛みつこうとしてきた。
そんなヘルミーナの口の中に、綾音は容赦なく聖剣を突き立てた。
「――――ひへ」
おそらく「死ね」と言ったのだろうヘルミーナは、綾音が剣を動かすよりも早く、顔を横に振る。
顔の左側を斬り裂かせることで聖剣から逃れることに成功した。
瞬く間に両腕を再生すると、聖剣を掻い潜って両腕で首を絞めようとする。
だが、綾音は聖剣を手放し、ヘルミーナの両腕を己の両腕で掴んだ。
「女神とは思えないほど泥臭い戦いじゃない! そういうの嫌いじゃないわよ!」
「お前みたいな子を平気で捨てる女がいるから、いるからぁああああああああああああ!」
「言っておくけど、私はあんたを捨てた親じゃないわ」
「同じだっ、同じだっ、同じだっ! 私を捨てた、親と、お前はぁああああああああああああああああああああああ!」
怒りが治ることのないヘルミーナに、どうしたものかと綾音は悩み、とりあえず彼女の両腕を握り潰した。




