90「マニオンと剣のウィーダルです」④
剣のウィーダルは決して表に出すことはないが、内心では焦っていた。
(このガキ、面倒臭え。俺よりも早く、俺よりも鋭い。何よりも、剣が厄介だ!)
忌々しい、と舌打ちをする。
神剣ストフォルテは愛情と戦いの女神ヴァルレインが生前から愛用する剣だ。
そんな宝のような剣を「たかが」使徒に授けたことも疑問だが、今はどうでもいい。
数いる戦神ディーオドールを崇拝する神々の中で、上位にいるウィーダルだが、同格の神はこの場にいる三人以外にもまだいる。
もし、神界で待機している神々がこの場にいたら、すでに死んでいただろう。
――認めたくはないら、マニオン・ラインバッハは神に匹敵する強さを持っている。
(その強さの大半が、ヴァルレインの神剣を持っているからこその力だっていうのが気に入らねえが、今はいい。このままだとジリ貧だ。負けるってことはないが、次に響く)
ウィーダルは死なない自身がある。
自分を殺すことは、仲間である神々でも不可能だ。
なぜなら、他の神と違い、ウィーダルは肉体を攻撃されても死なないからだ。
信頼している神々にも、ウィーダルは秘密を打ち明けたことはない。
否、神になる前も、一度として誰かに己の秘密を打ち明けたことはなかった。
(死なないが、痛え! このクソガキ、的確に殺しにきてやがる。世界の意思のせいで弱まった神が相手なら、俺以外だったら死んでいただろうな)
神にも痛覚がある。
痛いものは痛い。
そして、ウィーダルは痛覚が他者の倍あるのだ。
(神になって常人ではない精神力、痛みへの耐性を手に入れたが、痛いもんは痛い。このまま激痛が続けば、ボロが出る。その前に、この小僧を殺すしかない。が、やはり神剣ストフォルテが厄介だ。くそっ、いい剣だ、殺したら俺のものにするしかねえ)
激痛のせいで思考が横にそれる。
だが、それでもいい。
マニオン・ラインバッハは剣のウィーダルを殺せないのだから。
「――しかし、気に入らねえ!」
神剣神喰らいを振るい、神剣ストフォルテを受け止める。
「神喰らい」は己の身を削って生み出した剣だ。
今は神剣にまで昇華された。
決して砕けることのない剣こそが、ウィーダルの自慢である。
「何がだ?」
「なぜ神剣の力を使わねえ? 俺に、神剣あってこそのお前の力だと言われたのが嫌だったか?」
飽きもせず愚直に神剣を降り続け、ウィーダルを斬り続けるマニオンの手を止まった。
もう何千、いや、何万という斬撃を受けたが、ウィーダルは死なない。
どれだけ血を流そうと、臓物を引き摺り出されようと、死なないのだ。
「神剣ストフォルテの力を解放してみろ! 息を切らせて、汗を流しているのに、まだ余裕ぶるのか?」
「――お前の手には乗らない」
「あん?」
何を言われたのか理解できず、ウィーダルは怪訝な顔をする。
「お前は、まあ、強い部類なのだろう。――しかし、お前は勘違いをしている」
「なにがだ!」
「僕は一度として、お前に神剣ストフォルテの力を使っていない」
「……強がるなよ、マニオン・ラインバッハ!」
「他の神々のことは知らないし、知りたくもないが、愛情と戦いの女神ヴァルレイン様はお優しくも厳しい方だ。授かった力に頼って強者になったと奢るような馬鹿に、大切な剣を授けてくださることはない」
マニオンが神剣を振るう。
剣を持たない左腕が肩から斬られ飛んだ。
「僕は、一度も力を使っていない。最初から、ヴァルレイン様に鍛えていただいた僕の肉体と剣技だけで戦っている」
強がりだ、とウィーダルは一蹴しようとしてできなかった。
なぜなら、マニオンの動きがまるで見えなかったからだ。
剣で斬られ、腕が飛んだ。
間違いない。
だが、いつの間に斬られたのかわからなかった。
(――焦るな、俺は神だ。俺は死なない)
「何度か斬ってみて気づいた。お前の意識は常にここにあった」
やはりマニオンの動きは見えなかった。
瞬く間に、右手に持つ神剣神喰らいを素手で掴まれていたのだ。
「その汚い手で俺の剣に触るな!」
「――――俺の命に触るな、と正直に言うべきだ」
「な」
「動揺したな? お前は、さっき、この剣に触れたときにとても不快な顔をした。僕も神剣ストフォルテにお前が触れたら反吐が出るほど不快になるはずだから気にしなかったが、違った。お前は、剣に近いところを攻撃されることを嫌がっているな。返事はいらない、その目の動きで動揺が見て取れる。結論から言おう、お前を殺せないのは肉体ではなく、この剣こそがお前だからだ」




