77「不知火、です」①
――炎が消えた。
視界に赤に染めていた大量の炎がすべて消えた。
しんっ、と空気までが冷たくなった気がする。
「…………私の炎を奪った、ですって?」
紅のグリムレンが声を震わせた。
彼女の口から漏れた声と吐息が空気を白くする。
「――っ」
そこで初めて、熱まで奪われていることを理解した。
炎が消えたせいで空気が冷たくなったと思っていたが、違う。
空気中の熱もすべてウルが奪ったのだ。
――そんな魔法は知らない。
動揺を隠せないながら、グリムレンは神力を爆発させて炎を生み出した。
大蛇のようなうねる炎が、鞭のようにしなりウルを襲う。
人ひとりの胴体よりも太い炎がウルの顔を飲み込むよりも早く、霧散した。
(――私の炎を、奪った? 私の炎の制御を奪い……違う、違う、そうじゃない。私の魔法を食ったのよ! 人の身でありながら、私の魔法を、神の魔法を奪い、食らったのよ!?)
口に出して叫ばなかったのは、魔女として神としての意地だったのかもしれない。
「もう気づいたな?」
ウルが話しかけてきた。
「私は、お前の魔法を私の力にした。もともと私よりも強い誰かを殺すために作った魔法だ。単純な話として、魔力や火力が足りない可能性を考えた。なら、あるところから持ってくればいい。単純な話だろう?」
ウルが右手を掲げた。
頭上で虚空を握りしめると、彼女の手の中に一振りの刀が握られていた。
紅色の美しい刀だった。
刀身から柄まですべて紅一色だ。
「――――不知火」
刀身を中心に炎が渦巻く。
ウルの魔力と、魔法。そしてグリムレンの放った魔法と熱を集め、力がウルに取り込まれ、力となった。
その上で、改めて自らの炎として顕現させた。
今までの炎とは比ではない、高密度の魔力を宿した業火だった。
――神をも殺せる炎だった。
ウルは真っ直ぐにグリムレンを見つめると、笑った。
そして、炎の刀を真っ直ぐ振り下ろした。
――とても美しい赤だった。
グリムレンは襲いかかる赤い斬撃に目を奪われていた。
ひとりの魔女として、目を離せなかった。
「――なにをしているグリムレンっ! 受けるか避けるかしろっ!」
激情のランドルフの声に、ウルと彼女の一撃に見惚れていたグリムレンが正気に戻り、すべての神力を総動員して防御に徹した。
避けなかったのは、魔女としての意地もあっただろう。
同時に、逃げることはできないと理解していた。
ならば、受け止めるだけだ。
ウルがしたように、自分も彼女の炎を奪い、自らの力にするのだ。
できないことはない。
不可能などない。
魔女とは、可能性を追い求める存在なのだから。
「―――――――」
だが、できなかった。
魔法を奪うこともできず、制御もできなかった。
(選択を、誤ったわ。私がすべきことは、驚くことではなく彼女がこの一撃を放つ前に魔法ではなく物理で殺すことだった)
己の失態を理解しながら、紅のグリムレンは炎に飲み込まれ、斬られた。




