69「マニオンの試練ですか?」②
マニオンは、生まれて初めて心臓が口から飛び出るかと思った。
「――クライド・アイル・スカイ国王陛下」
「うむ。みんな大好きクライド・アイル・スカイである!」
「なぜ、ここに」
一国の王が王宮の前とはいえ、護衛をつけずにひとりでいることなどありえない。
「私はそなたに会いに来たのである」
「――僕は……」
自分が何者であるか言うべきか悩んだ。
だが、クライドは優しい瞳でマニオンを見て頷く。
「そなたがマニオン・ラインバッハであることはわかっている。風が、木が、小鳥たちが教えてくれた」
「………………えぇぇ」
サムから聞いたのであればわかる。
リーデル子爵から何かしらの連絡があったと言われもわかる。
だが、風、木、小鳥たちから聞いたというのはさすがに意味がわからない。
それ以前の問題として、自分がここにいるのをどうやって知ったのか理解不能だ。
「私はそなたことを報告でしかしらないが、大きく成長したようであるな、身体だけではなく心も」
「…………そうであればいいと思っています」
「そなたが愛情と戦いの女神ヴァルレインの使徒であることは聞いている。そなたも特別隠す気はないのであろう?」
「はい。シューレン魔法国で、兄さんや他の方々と会っています」
正直、マニオンは緊張していた。
ヴァルレインが警戒する数少ない人間のひとりがクライドなのだ。
聞けば、魔王ヴィヴィアン・クラクストンズこと日比谷白雪を使徒に誘ったことがあったが、クライドによって阻まれたと言う。
信じられないことだが、その際にクライドの一喝によって無理やり世界に干渉していたヴァルレインが弾き飛ばされたというではないか。
「そなたの顔を見ていると、カリウス・ラインバッハを思い出す」
「――っ」
「彼のことはサムの父親であったことを抜きにして覚えている。良い剣士だった。若さゆえの傲慢はあったが、その腕は確かであり、弱者を救おうとする気概があった。貴族に執着していたゆえに、力よりも権力を求めていたが……悪党ではなかった」
父親とクライドの年齢は近いことを思い出した。
亡きカリウス・ラインバッハは強い剣士だったらしい。
その才能をマニオンも受け継いでいる。
マニオンの記憶では、カリウスは甘い父だった。
良き父だったこともあったかもしれない。
だが、記憶の大半は、マニオンをいないものとして扱う冷たい目だ。
理由はわかっている。
マニオンが努力も何もしない人間だったからだ。母に言われるまま、楽なほうに逃げる愚か者だったからだ。
マニオンはいくつか後悔をしているが、そのひとつは父親と、家族としっかり向き合わなかったことだ。
もしも、マニオンが少しでも努力し、サムと笑い合い、父とちゃんと話をしていれば――と思わなかったことがないといえば嘘になる。
変えられない、過去ゆえに、「もしも」という後悔があるのだ。
「すまない、マニオンよ。そなたに辛い思いをさせたくてお父上の名を出したわけではないのである。ただ、きっと今のそなたを見ればカリウス・ラインバッハも喜ぶであろう。そう思っただけである」
「そうであればいい、と思います」
それこそ無理な話だ。
できることなら、父に今の姿を見せたい。
自分も努力できる人間であったと、サムと兄弟らしいことができるのだと報告したかった。
「――さて、マニオンよ。そなたはどうする? 戦神ディーオドールと愛情と戦いを女神ヴァルレインの関係は良くないと聞いている。神々が降り立ったが、そのことに対してヴァルレインは良しとしていないとも」
「はい。兄には話しましたが、私は神々を必要としていない。私にとっての神はヴァレレイン様だけ」
「うむ」
「あの方のためならば、神殺しでもしてみせましょう。その上で、私が楔を破壊し、ヴァルレイン様をこの世界にお招きする」
「――自分のすべきことにまっすぐであるのはサムとよく似ているのであるな」
「……ありがとうございます」
短い会話の中で、気づいてしまった。
神の使徒であるゆえに、目の前にいる人間の秘密に気づいてしまった。
――クライド・アイル・スカイは世界の楔だ。




