62「戦いの前です」③
反対の声はなかった。
サムは内心ほっとする。
前線に向かわない者たちが「弱い」などと言うつもりはない。
そんなこと思ってもいない。
だが、魔王と準魔王では力の差が明らかにある。
元とはいえ勇者にして神である綾音もその力は規格外だ。
ウルとカリアンは人という枠を超越している。綾音以上に、実力がわからない。
(……ただ、魔王でも白雪さんは戦いに参加しない方がいいと思うんだよね)
白雪の強さを疑っているわけではない。
むしろ、強いと知っている。
それでも、日比谷白雪が戦いを本来望まない性格であることはわかる。
綾音も戦いを望んでいないことは知っているが、それでも彼女は「必要があれば全力で戦う」という覚悟を持っている。実際に、勇者である時代に誰よりも前線にたち戦ってきた。
何よりも何度も手合わせをしているので、サムは綾音を信じていた。
白雪は少し前に、精神的にいろいろあったばかりだ。ならば、今、ここで戦ってもらうのではなく、「守る」ことに専念してほしいと思った。
おそらく、白雪の本質は「戦い」ではなく「守る」ことであるから。
「……サム。私は準魔王だ。それなりの強さを持つ自負もしている。だからこそ、不満はない。なんだかんだと私もこの国が好きだ。家族を、友を、守ろう」
「ありがとう、ゾーイ」
「ふん。サム、あまり難しく考える必要はないぞ」
「え?」
「世界を守ろうなどと身構えなくていい。ウルのように神殺しをしてやるくらいの感覚で、結果的に世界を救った――くらいでいいのだ。あまり競うなよ」
「――うん。そうするよ」
ゾーイの言葉はサムから力を抜いてくれた。
相手は神だ。
家族を守る、友を守る、様々な理由をつけても世界を守るために戦うことへのプレッシャーは大きい。
シンプルに考えていても、無意識に世界を背負っていたことにサムは気付かされた。
「私は心配などしていない。どうせ変態魔王が神々にすけべなことをしてめちゃくちゃにしてしまうのだろう?」
「ははは、だよね!」
サムだけではない。
みんなが笑った。
「私から言うべきことは――勝て。それだけだ」
「――もちろん!」
戦うなら勝つ。
それだけだ。
シンプルでいい。
「兄貴、王都のことは俺たちにお任せくだせぇ! 男ボーウッド・アットラックが兄貴の舎弟として守ってみせまさぁ!」
「ありがとう、ボーウッド。信頼しているよ」
「へいっ!」
ゾーイだけではない。
ボーウッドのことも信頼している。
他にも、魔王級の力を持つジェーンもいてくれる。
ロボもそうだ。
不安などない。
「麗しいサム、僕の愛しのサムよ」
「……お前はお留守番だ」
「そんなっ!」
「クリーとお腹の子を守れ。それが最優先だ。少し余裕があれば、俺たちの家族と、国のみんなを頼むよ」
「…………サム、僕は」
「ギュンター・イグナーツ。俺はお前を信頼している。頼む」
目の前にいる青年は、創造神ではない。
ギュンター・イグナーツであって、それ以上でもそれ以下でもない。
変態で、ナルシストで、最近は愛妻家になって、愉快な友人であり家族だ。
だから、心から信頼しているのだ。
「ふっ、勝てないね。わかった。王都は僕に任せたまえ。このギュンター・イグナーツの結界術で守ってみせようじゃないか! なぁに、クリーママの日々のちょ――おっと、レッスンに比べれば神々など大したことではないさ!」
「まあ、ぎゅんぎゅん様ったら、素敵ですわっ!」
「――絶好調で安心するよ!」
やはりギュンターとクリーはこうじゃなければいけない。
「サムお兄様、ご武運を。最悪の場合は、わたくしが出ますのでご安心を。神程度、わたくしがちょちょいと躾けて差し上げますわ!」
「さすがクリーだねぇ。ラスボス感がもう安心の領域だよ!」
「もうサムお兄様ったら、褒めてもぎゅんぎゅん様からぎゅん汁を絞り出すくらいしかできませんわよ!」
「遠慮します!」
「ふふふっ。戦いに赴く前に、リーゼお姉様たちにお顔を見せてあげてくださいませ」
「――うん。そのつもりだよ」
今生の別になることはない。
いらぬちょっかいをかけてきた敵を倒して帰ってくるだけだ。
サムは愛する妻と子に「いってきます」の挨拶をするために部屋を出た。
そして、各々が準備を始めた。




