10「マニオンとリーディル子爵です」③
マニオン・ラインバッハといえば、リーディル子爵領では忌むべき名前――かと思われるが、実際は加害者であると同時に被害者であるという声も多い。
どちらかというと、彼を強行に走らせたヨランダ・ラインバッハの名前こそ、忌み嫌われている。
無論、マニオンが殺めた命、危害を与えた人々はいる。
決して消えることのない罪だ。
その償いは、マニオンは「死」という形で償った。ヨランダは労働刑となっている。
民の怒りが消えたわけではない。
悲しみが消えたわけではない。
それでも、死んでしまった子供を恨んでも誰も何も得ないと民は前を向くことに決めたのだ。
まだ事件を乗り越えたわけではない。
忘れることなどできないだろう。
だとしても、被害者たちは前に進み続けている。
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「モニオン・マインラッハ殿がマニオン・ラインバッハであれば、行動理由に納得ができます。なぜ生き返っているのか、なぜ成長しているのか、その強さはどこで手に入れたのかといろいろ聞きたいことはありますが……」
ギルド長は自分の中にあった答えに辿り着いていた。
実を言うと、ギルド長だけではなく、むしろ普段からモニオンと接する回数が多かった受付嬢や職員たちの方が疑惑を抱いていたのだ。
しかし「まさかこんな安直な偽名ってないよね? そもそも彼は死んでいるし、偶然似た名前だよね?」と考えられていたので、追求はなかったのだ。
外見もかつて肥えていた少年から、補足も引き締まった長身の青年になっているのだから、別人に見えただろう。そして、やはりマニオンが死んでいるということが大きかった。
「……子爵は彼の正体を知った上でどうするおつもりですか?」
「先ほども言ったが、私は彼が何者であっても変わらない。この領地にしてくれたことの感謝を伝えたい。それだけだ」
「……よろしいのでしょうか?」
「よろしいもなにも、マニオン・ラインバッハは死んだ。それで全ての罪を償ったことになるかどうかは私には決められぬよ。私は神ではないのだから。それでも、彼は贖罪を続けている。被害者へ毎日のように金が届けられるのも、本人が悔やんでいる証拠だろう」
「そうですね。私はマニオン・ラインバッハと面識はありませんが、今の彼は悪い人間ではない。環境が人間を変えると言いますが……いえ、やめておきましょう」
今さら、マニオンの育った環境が悪かったと言っても過去は変わらない。
マニオンは罪を犯し、死んだ。
それだけだ。
「いろいろ問題はあるが、多くの人間を見てきたギルド長から見て――今の彼はどう見える?」
「――善です」
「ほう」
「人間を善と悪で綺麗に分けることはとても難しい。中間の人間の方が私を含めて多いのです。ですが、彼は善だ。善であろうと頑張っている。それはわかります」
「……ならばよろしい。私も同じように考えていた。だが、彼が会ってくれるかどうか」
「彼がマニオン・ラインバッハであれば、お会いしたくないでしょう」
「――いえ、お会いします。時間の問題だと思っていましたし、いつかお会いしなければと思っていました」
不意打ちのように第三者の声が響いた。
驚き、声の主を探し、扉が開いていることに気づいた。
「ご推察の通り、私はマニオン・ラインバッハです。リーディル子爵が私の件でギルド長を尋ねていると聞き、もう隠せないと思い参りました」
リーディル子爵は申し訳なさそうな顔をして立っている青年をよく見た。
かつての面影はないが、彼の父親であるカリウス・ラインバッハの若かりし頃によく似ていた。




