89「綾音の涙です」①
日比谷綾音は息子ルーシェル・カイトの日記を一冊読み終えると大きく息を吸って、吸って、吸って、叫んだ。
「この子のこと知ってるぅううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!」
それはそれは大きな声だった。
もしかしたら、息子と娘のことを知って泣いてしまうかもしれないと思い防音の結界を張っていてよかった。
綾音はついでとばかりにさらに叫んだ。
「というか、あのガキども息子と娘だったんかーい! めっちゃ知っているんですけどぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 言ってよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
息子と娘の名は知らない。顔も声も全く知らない。興味もなかった。
だが、今でも鮮明に覚えている、何かとちょっかいをかけてきた子供たちがまさか息子と娘であるとは思いもしなかったのだ。
自分たちが綾音の子だと打ち明けてしまえば、綾音の態度が変わると思ったから名乗ることができなかったのだろう。
――全て、綾音が悪い。
「そう、そうなのね。あの子たち……私のことを母親だと思ってくれていたのね。恨み言を言ってもいいのに、そんなことひとつも書かれていないじゃない。私が死んだ時も、怒ってくれたのもよく覚えているもの」
歳の離れた友のように、弟子のように、弟や妹のように思っていた。
子供がいながら、そんなことを思う資格はないと承知で子供のように思っていた。
それでも、実の子に会おうとしなかった綾音は、ひどい女だ。
「……でもまさかルーとモアイがねぇ。日記を読んで、記憶が鮮明になったわ。覚えていたことも多かったけど、うん、そうね。サムエルが死んだ後は、戦場以外ではこの子たちとずっと一緒にいた気がするもの。そう、そうなのね。言ってくれればよかったのに」
綾音の瞳から涙が溢れた。
拭っても拭っても溢れてくる。
「……でも、ルーが結婚して幸せになってくれたのならよかった。……まだ日記途中だからわからないのだけど、幸せに、なったのよ、ね?」
ルーシェルの領地に妹アイリーンが家族を連れて来て建国すると宣言したところで、日記が終わっているのでその後はまだわからない。
「それも気になるけど、まさかサムエルの故郷の生き残りを探して保護してくれるなんて。ルーには感謝しないと。しかも、リリーって、私知っているんですけど」
かつてサムエルから故郷の話を聞いた時、リリーという歳の離れた子が兄と慕ってくれていたと言っていたのを覚えている。
そのリリーが生きていて、ルーシェルと結ばれているというのは、心に熱いものが込み上げてくる。
「――それはそうと、途中からリリーのことをリリー様って呼んでいるのが気になるのだけど。何があったのかしら?」
シリアス先輩「最後までシリアスしてよぉ!」




