40「女神は逃亡中です」①
「はぁ……はぁっ、はぁっ」
メイ・リー・リーは、幼くなった女神を抱き抱えながら、雪の中を歩き続けていた。
「ちょっと、あんた! 待ちなさいよ!」
「……なんですか、急いでいるので余計な口を開かないでください。張り倒しますよ」
「そうじゃなくて!」
膝下まで積もる雪に、足を取られながらメイ・リー・リーは必死に歩き続ける。
「なんですか?」
「あんた、怪我しているじゃない! 治療くらいしなさいよ!」
「できません」
「はぁ!?」
「私は力を封じること、身体能力の強化以外はできないのです。回復術などという便利なものはありません」
メイ・リー・リーが一歩移動するたびに、白い雪に赤い血が落ちる。
綾音を抱き抱えていることもあって、負担は大きいだろう。
「まさか女神様を狙って襲撃されるとは思っていませんでした」
「それよ!」
「どれですか」
「あいつらスカイ王国じゃないでしょう?」
「わかるのですか?」
「わかるわよ! 神気を僅かに帯びているもの。かつての私のように、神によってこちらの世界に召喚された奴らに違いないわ」
「……ならば、なぜあなたを狙うのですか?」
「それがわかれば苦労しないわよ!」
メイ・リー・リーが傷ついているのは、襲撃者から反射的に綾音を庇ってしまったからだ。
力を持つ強き者として、弱者を守ることを当たり前にしていた彼女は、幼い肉体を持つ綾音をつい庇護対象として見てしまったのだ。
結果、背中を斬りつけられてしまい、炎の魔法を直撃している。
少し実力を見れば、敵わないことがわかったので、即時撤退をとった判断は間違っていないと思う。
問題は、どこに向かうべき、か。
「とりあえず、治療くらい……ああ、もう! 私に力があれば回復くらいしてあげるのに!」
「おや……傲慢なあなたにも僅かな優しさがあったようですね」
「一応、言っておくけど、庇ってくれたあんたを見捨てるほどクズじゃないわ」
「……私の記憶だとあなたを復活した男は殺していたようですが」
「あんなストーカー男は生きていたってしょうがいないでしょう! こっそり復活させてくれたのなら、まだしも。敵をわんさか作りながら復活させるとか、嫌がらせにもほどがあるでしょう!」
「……はぁ。根っこはやっぱりかわってませんね」
「そんなに簡単に変わってたまるもんですか! だけど!」
「はい?」
「あんたは特別よ。あんたのことは、少し気に入っているし、いつか力を取り戻したら散々バカにしてくれたお礼をするんだから、今は絶対に死なせないから! とにかく降ろしなさいよ! 自分で歩くわ!」
綾音としても、怪我人に雪の中を担がせて歩かせる趣味はない。
「……あなたは靴を履いていないじゃないですか。霜焼けになりますよ」
「ばっ――そんなこと気にして歩かせないとか、ガキじゃないんだから!」
「でしょうね。でも、私にはあなたを子供として見てしまいます。強がってばかりの、愚かな、子供です」
「愚かは余計よ」
「ふふっ、否定しないのですね」
綾音は黙った。
思えば、メイ・リー・リーのような人間は初めてだった。
日本にいる時の両親は、なんでも肯定してくれたが決して怒ったことはない。
仮に、自分が悪いとわかっていても、両親から出る言葉は「仕方がない」だった。
妹をいじめても、揉め事を起こしても、両親は叱らない。
友人も、教師も、誰もが自分に「無駄に優しかった」。
そのことを気持ち悪いと思ったこともある。
年を重ねて気にしなくなり、利用するようになったのだが、それでも、周囲の気持ち悪さは消えなかった。
だからこそ、道具だと思って利用した。
それは異世界でも変わらない。
無条件に愛されるか、恨まれて敵になるのかの二択だ。
しかし、メイ・リー・リーだけが、無条件に愛さず、恨みもせず、その時その時に叱るし、殴るし、蹴られるし、と散々な目にあったが、新鮮だった。
綾音はこの感情を知らなかった。
長い時間を生きているのに、知らなかったのだ。
――そのことがなぜか、悲しかった。
スカイ王国さん「かもーん!」
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