間話「女神の存在です」③
「まったく馬鹿な男です。まさか魔王の名前まで知らないとは……しかし、なぜ魔王がスカイ王国で女神を名乗っているのか不明です」
神聖ディザイア国は魔族たちに囲まれた土地をよしとせず、国を捨てて新たな国を手に入れようとしたことが何度かある。
だが、最大の問題として、聖力を持つ者たちでは人間の魔法に勝てないことが原因で、企みが潰えていた。
魔族にとって毒である聖力も、人間相手ではせいぜい魔法を相殺するくらいしか用立たない。
無論、聖術を用いた攻撃をすれば、一般的な魔法と同等の力もある。
あくまでも神聖ディザイア国は魔族に特化しているだけの国であり、敵対するのが人間になれば単純な数の差で負けるだろう。
「聖力が特別な力であることはいいのですが、聖力を持つことで最強になったと勘違いできる人間が神聖ディザイア国の上層部に多いことが悩ましいですね。あのカリアン様でさえ、魔王を倒すにはその身を犠牲にする覚悟が必要であったのに、なぜお前らのような凡夫が魔族を相手にどうこうできると思っているのか理解に苦しみます」
ゲンゲも聖力を持つが、戦いに使ったことなどないだろう。
弱者を踏み躙ることができても、格上の相手をしようなどという発想はないはずだ。
「以前から考えていましたが、潮時かもしれませんね。女神の首を手土産にすればスカイ王国も私を受け入れてくれるでしょう」
「あのね! そういうことを本人の前で言うのやめてくれる!?」
「ああ、そういえばいましたね。忘れていました」
「――この……あ、嘘嘘。なにも言ってないじゃない。だから棍棒はやめて棍棒は」
すでにゲンゲと話を終えて部屋に戻ってきたメイ・リー・リーは、女神日比谷綾音の前で彼女を差し出す計画をつい口にしていたのだ。
「……正直な話をすると、この国に未来などありません」
「みたいね。話は聞こえていたわ」
「――ほう」
「あの小娘に殺されかけたけど、私だって女神よ。こうやって放置されていたとしても、少しずつ、本当にすこーしずつだけの回復するのよ! ま、聴力くらいしか戻ってきていないけどね」
「なるほど、腐っても女神ですね」
「そういう言い方をしないで!」
メイ・リー・リーはいくつかプランを練り直す。
このまま勝手に女神が回復するならば、いずれは手に負えなくなる可能性も出てくる。それまでの間に、カリアンと結婚する目的が果たせるかどうか。
「ところで」
「うん?」
「その勝手に回復することで完全体になるにはどのくらい時間が必要ですか?」
「――百年くらい?」
「時間がかかりすぎでしょう」
「だから生贄よこせって言ってんのよ! 別に女子供を捧げろなんて言ってないでしょう。私の生贄にしても心が痛まないクズがこの国にはたくさんいるじゃない! 私を召喚した国に負けないくらいクズな国よね、ここ!」
女神は聴力のみだが、情報収集をしていたらしい。
「確かに、ゲンゲのような人間をあなたに捧げたとしても、私は罪悪感もなにも抱きませんね」
「でしょう!」
「しかし、馬鹿とはいえ、人がひとり消えるのは問題です。神聖ディザイア国のような小国ならなおさらです」
「そこは跡形もなく吸収してあげるから平気よ。証拠なんて残さないから!」
「……なるほど。考えておきましょう」
「ぜひそうしてちょうだい。言っておくけど、力を取り戻すなら一気に取り戻さないとダメよ。魔王たちに力を取り戻していると知られたら、殺しにくるわ。万全とは言わなくても、六割くらい回復していなかったら、負けるからね」
「女神の割には弱気ですね」
「物理的に手も足もないんだからしょうがないじゃない!」
「まさに手も足も出ないのですね。うまいことを言います」
「このクソ……なんでもありません。女神ジョーク、女神ジョーク! 棍棒はやめて! おい、まて、そのよくわからない器具を出すな! なにそれ!? どんな使い方するの!?」
知識にない器具を取り出されて、綾音はガクガクと震え出す。幸い、器具を使用されることはなかったが、女神の心に新たな傷が造られたのは言うまでもない。
(この小娘……いつか仕返ししてやるんだから。私が取り戻したのが聴力だけだと思わないことね)
綾音は、いつかメイ・リー・リーへの仕返しをすると企みながら、にやり、と笑う。
その顔が癪に触ったようで、メイ・リー・リーは棍棒を綾音の頭蓋に振り下ろしたのだった。
綾音さん「つーか、魔王が愛の女神って何よ!」




