第5話 第二試験
「バンバレットさん、全員の第一試験が終了いたしました」
部下の一人が告げる。
「ふうん。ご苦労。今回の受験者は優秀だな」
開始当初、三百名余りいた受験者も気づけば半数となっていた。それでもバンバレットは満足気に頷いた。
—思わぬ収穫もあった。
バンバレットは心の中でにやりと笑った。
そして、第一試験を突破したことに浮かれる受験者の前に立つと、よく通る声で宣言した。
「それではこれより第二試験を始める!」
第二試験の会場もまた、第一試験と同様に広場だった。ただ、第一試験と異なるのは、木の的や、石でできた円盤、金属の柱、細い旗がいくつも並んでいることだった。第一試験に合格した喜びに浸っていた受験者たちは、再び緊張を露わにする。そんな受験者たちをバンバレットの鋭い眼光が射抜いた。
「第二試験では、諸君に与えた紋を使い、指定された紋術を発動してもらう。よく見てもらうとわかると思うが君たちに与えた紋は五種類だ」
ハルヒコとシャーリエはお互いの腕に刻まれた紋を見比べた。確かにそれぞれの紋は微妙に異なっていた。バンバレットが説明を続ける。
「それぞれの紋で発動できる現象は異なる。そこでだ…。諸君には自分の腕に刻まれた紋と同じ模様を描いた紙を掲げる試験管のもとに集まり、発動できる現象の説明を受けてもらう。説明を受けたうえで、現象の原理を正しく理解し、紋術を発動できるのか。それを見させてもらう試験だと思ってくれたまえ」
つまりどのような紋術が与えられたのかは、完全にランダム。ハルヒコはごくりと生唾を飲み込む。
「なんだかわくわくするね!」
隣のシャーリエだけが道への挑戦に心を高鳴らせているようだった。
「ただ発動できるだけでは話にならない。いかに大きな現象を生み出せるのか。そのために重要なのは効率的に原素を紋に流し込むことだ。紋術師としての真の資質が問われる試験になるだろう!」
バンバレットはすうっと小さく息を吸って、言った。
「諸君の健闘を祈る。第二試験、始め!」
がやがやと受験者たちが移動を始める。
「シャルはあっちの試験官のところか…。」
「うん!お互い頑張ろうね!」
「ああ!…そういえばユメコ、帰ってこないな」
別の場所へ呼ばれたきり、帰ってこないユメコが気がかりだった。
「そうだね。でも、ユメコならきっと大丈夫だよ!」
シャーリエ明るい声を出す。それもそうだとハルヒコも納得する。今は、第二試験を突破することが最優先だった。ハルヒコとシャーリエはお互いに声援を送りあいながら、それぞれの試験官のもとへと向かった。
「君たちには火の玉を飛ばす紋術が与えられている。火の玉を発生させ、あの的に当てることができれば合格だ」
ハルヒコを担当する試験官が的を指さし、説明する。
「この試験に合格するコツは、火がどのように発生するのかを理解し、そして、それを玉に変換するにはどのような操作が必要となるのかをイメージすることだ。自然原理への理解と想像力が試されるぞ」
火の玉を飛ばす。ハルヒコはうまくイメージできなかった。
「それでは最初の者、前へ」
先頭に並んだ受験者が試験管の前に歩み出る。彼は目を閉じ、大きく深呼吸をした。右腕を天に掲げ、そのまま数秒間、静止した。すると、彼の腕の紋が光り出したかと思うと、ぽんと火の玉が生まれた。それは拳程度の大きさで、ふわふわと浮いていた。そして、彼が腕を勢い良く前へ振ると、火の玉は的へと飛んでいき、当たった。木の的は黒い焦げ跡を残していた。
「素晴らしい!合格だ。次!」
次の受験者も同じような姿勢で静止していたが、今度はなかなか紋が光らなかった。
「…失格」
十分ほどが過ぎただろうか。試験官は短く宣告した。
試験はどんどんと進んでいき、少しずつハルヒコの番が近づいてきた。ハルヒコは、自分の腕に刻まれた紋を撫でた。
—火を生み出す。形を作る。そして、飛ばす。
心の中で何度も反芻した。しかし、まだうまくイメージはできなかった。
英雄になるには、こんなところで失敗できない。焦りだけが募る。
「次の者、前へ」
ハルヒコが呼ばれた。ハルヒコは試験官の前に立った。最初に合格した彼を思い浮かべながら、目を閉じ深呼吸をして心を落ち着かせる。そして、右腕を天に掲げ、意識を紋へと集中した。みぞおちあたりがぽわんと暖かくなる感覚があり、自身の内側にある原素を実感する。そして、体内を巡る原素をイメージし、紋へと流し込む。教わったとおりに、ゆっくりと。
—できる!
そう確信し、ハルヒコは目を開けた。しかし、火の玉は生まれなかった。
—そんな…。なんで!?
焦る心を無理やり落ち着かせながら、もう一度、火の玉を生み出そうと試みる。
今度は腕の紋が薄く光った。光は瞬く間に消え、やはり、何も起きなかった。
ハルヒコは試験官をちらりと見上げると、目が合った。ハルヒコを刺すような、ひどく冷たい瞳だった。
—集中!集中するんだ!
ハルヒコは心の中で叫んだ。それでも火の玉は生まれなかった。
周囲の受験者たちの視線が、肌に刺さるようだった。
「はあ…。次の者―」
「待ってください!」
試験官が口を開くと同時にハルヒコは思わず叫んだ。
「もう一度だけ、お願いします…」
ハルヒコは瞳を潤ませ、声を震わせながら懇願した。
「試験は、全員に同じ条件で行う」
試験官は無情だった。それでもなお、ハルヒコは食い下がった。
「わかっています!でも、本当にもう一度だけ…お願いします…」
自分でも、驚くほど必死だった。
—英雄になる方法はほかにあるかもしれないよ!
シャーリエなら、きっとそう言ってくれただろう。けれど、ハルヒコには他の方法を考えることができなかった。
懐にしまっている父の手紙。それだけが、ハルヒコの意志を支えていた。
「…あと一回だ」
ハルヒコの必死な願いに心動かされたのだろうか、試験官が告げた。
「!!ありがとうございます!」
ハルヒコは頭を下げた。そして、再び集中する。
目を閉じ、呼吸を整える。腕を天に掲げる。自分に刻まれた紋の線を思い浮かべ、原素を紋へと流し込む。
—火を生み出す。形を作る。そして、飛ばす。
何度も繰り返した手順を、今度こそ間違えないように。
神様なんていないのだろうか。
ハルヒコの身には何も起きなかった。
試験官が落胆の表情を見せ、次の候補者を呼ぼうとする、そのときだった。
ハルヒコの胸の奥で、何かが音もなく軋んだ。
—どうして!
—僕は火の玉を作ることさえできないのか!
—父さんに代わって英雄になると決めたのに!
—それなのに、こんな小さな試験さえ、突破できないのか…!
悔しさが、喉奥までせりあがり、胃液と一緒に飛び出そうとする。
—どうかおねがい!
誰に向けた願いなのか、自分でもわからなかった。
—応えてくれ。
その時、ハルヒコの腕の紋が淡く光った。




