第9話 ゼミ選択
入学式から数日後。学生たちは、数日前に受けた適性検査の結果を受け取るため講義に集められていた。壇上の教員が名前を呼び、用紙を手渡していく。今回の検査で原素の総量、紋を発動させたときの反応速度や安定性などがわかるらしく、結果を見比べる声が、あちこちから聞こえてきた。
「ザンザード・バロネッタ」
教員に呼ばれるとザンザードは迷いない足取りで前へ出た。制服には乱れひとつなく、受け取った用紙にもすぐ目を通す。
「いずれの評価項目も高い値を示しています。私はあなたをグリンテル教授のゼミに推薦します。彼の下では実戦を想定したフィールドワークや訓練が受けられるでしょう」
「ありがとうございます。」
ザンザードは用紙を畳み、席へ戻ると、席に座ると長い足を組み、目を閉じた。周囲の感嘆の視線にも気づかないふりしているようだった。
「次、ハルヒコ」
がたんと大きな音を響かせながら椅子を引き、ハルヒコは立ち上がった。ハルヒコは用紙を受け取り、中央に短く記されていた文字を見て眉をひそめた。
―測定不能。
「…あの、これは一体…」
「見てのとおりです。血液を用いた現状の測定方法では、君の適正を図ることができませんでした」
「じゃあ、僕はどこのゼミにも入れないんでしょうか…?」
ハルヒコの消え入りそうな声を聴いて、教員は困ったように眉を下げ、推薦欄を指した。
「唯一、受け入れてくれる可能性があるとすればヴァレン教授のゼミです。紋の構造や性質の研究を行っています。君自身のことを知るうえでも、そこが最適でしょう。」
ハルヒコは紙の端をつまんだ。思わず力が入り、角が折れてしまった。ハルヒコは慌てて折れ目を伸ばした。
「…分かりました」
席に戻ると、シャーリエが身を乗り出した。
「ハル、見せて」
「ほら。何も分からないってさ」
シャーリエは用紙を眺めた。慰めの言葉を探したが、結局、いつもの調子で言った。
「古臭い方法じゃあ、ハルのことを測れないんだよ。ハルが空っぽなわけじゃないよ」
「分かってる。でも、僕だけどっちを向けばいいかわからないみたいだ」
ハルヒコは用紙を握りかけ、また力を抜いた。シャーリエはそれを見ていたが、何も言わなかった。ユメコが自分の結果を二人の間に差し出す。
「私はシンシャ先生のゼミを勧められたよ。原素とか紋の反応を観察したり、記録するんだって」
「ユメコらしいね」
「そうかな…。私には自分に合ってるか、あんまり分からないの。でも、分からないからって怖がるんじゃなくて、ちゃんと見てから考えたいよね」
彼女はハルヒコの用紙を見つめた。
「それにこのゼミに入ればハル君のこと、何かわかってあげられるかもしれないしね!」
ハルヒコは顔を上げた。口元が少し緩む。
「…ありがとう」
掲示板の前で、ザンザードがゼミ案内を読んでいた。ハルヒコが通りかかると、彼は紙から目を離さずに尋ねた。
「お前はどこにするんだ」
「ヴァレン教授の研究ゼミを勧められた」
「研究か。強くなるには遠回りじゃないか?」
ハルヒコの眉が跳ねた。
「まあ、自分に足りないものを調べるのも一つの手段か。測定不能というそんな紙切れに、お前の将来まで決めさせるなよ」
ザンザードの意外な言葉に、ハルヒコは目を瞬かせた。
「…なんだよ」
「いや、ごめん。そんなこと言われると思ってなくて」
「ふんっ。目的に合う手段を選べって言ってんだよ。俺は俺の望みをかなえるために、グリンテル教授のゼミで結果を出す。お前は研究ゼミでせいぜいみんなとやらを守ってろ」
ザンザードは憎まれ口をたたきながらハルヒコに背を向けた。ハルヒコはザンザードに悪印象を抱いていたし、それは今でも変わらない。しかし、今日、彼の新たな一面を見た気がした。
放課後、シャーリエは推薦用紙を持ったまま窓辺に立っていた。用紙には精密制御を教えるゼミが推薦されていた。
―確かに、僕には合ってるのかもしれない。でも…
廊下の向うで、ハルヒコがユメコに「明日、ヴァレン教授のところへ行ってみる」と話す声が聞こえた。シャーリエはそちらへ歩きかけ、足を止める。
「シャル、決めた?」
ハルヒコが振り返った。
「まだだよ」
「シャル、僕に合わせなくていいからな。シャルにはシャルに合う場所があると思う」
「うん。…分かってるよ」
返事はいつも通りだった。ハルヒコは困ったように肩をすくめて、学生寮の方へと歩き出した。ハルヒコの背中を見つめながら、シャーリエは用紙をくしゃりと握り、すぐに気づいて慌てて伸ばした。
「あーあ。これ、提出するんだった」
独り言にしては少し大きな声だった。誰も聞いていない。彼は用紙を整えてから、研究ゼミの案内をもう一度読み直す。
適性を伸ばす道もある。それでも、自分が選びたいのは――。
「ハル、僕がそうしたいんだ」
ハルヒコはもちろん、誰にも聞こえない声でそう呟き、シャーリエは学生寮へ向かう二人を追いかけた。決めた理由を、まだ上手に説明できる気はしなかった。




