第八話「明確な拒絶と良き機会」
「さて、話の続きをしましょうか。」
「……俺は認めてない」
「フォーク。」
「……チッ」
ナイト、ピンはソファーに座っているが、ピンの激怒を受けたフォークは地べたに正座、ポーンはあくまで客人であるからなのか座布団の上で座らされていた。
「えっと、実はポーンさ——————」
ナイトはポーンの事情を話そうとしたが、ポーンから鋭い視線を受ける。
(えっと、……)
ポーンのそれは、まるで自分の事情を話すなと言いたげな様子だった。
(……あとでポーンさんに聞こう。)
ポーンの意思を汲み取ったナイトはポーンの事情を省きながらこれまでの事情を説明し始める。
「俺たちは、10年前の女王殺害事件の犯人を追ってるんです。女王様を殺したのが誰なのか、あの日城で何が起きていたのかを調べたくて」
ナイトはポーンの視線を意識しながら、慎重に言葉を選んで紡いでいく。
「ポーンさんはその調査に協力してくれている知人で……自分も当時の記憶があやふやなままだから、当時の元幹部であるピンさんやフォークさんに協力してもらいたくて、ここに来ました」
言い終えたナイトの言葉を、静まり返ったアジトの空気が受け止める。
地べたに正座させられたまま黙っていたフォークだったが、突然立ち上がると、
「……ハッ」
フォークの口から、吐き捨てるような嘲笑が漏れる。
それを聞いたピンはまずいと感じたのか「ちょっと」と、止めに入ろうとする。
「冗談じゃねえ……冗談じゃねえ!」
ゆっくりと顔を上げたフォークの瞳には、暗く燃え滾るような怒りが宿っていた。
「今更、今更すぎるだろ!?今更、そんなもんほじくり返して、どうしようって?あの方が、あの方が、クイン様が死んだのには変わりないだろうが!この国がどうなったかッ、俺たちがこの数十年、どんな思いで泥水啜ってきたと思ってる!ふざけるな!」
「フォーク。言い過ぎよ!」
ピンが窘めようとするが、フォークはそれを遮るように冷たい声で言い放つ。
「黙ってろ、ピン。
俺はな、ルークの奴を一生許さない。そして、そのルークの弟であるお前の顔を見るのも吐き気がする。探ろうが何しようが勝手だ。だがな、俺たちは一切協力しない。
————……お前に話すことなんて何一つない!」
フォークは射抜くような眼光でナイトを睨みつけ、言い放った。その目には憎しみ、悲しみ、苦しみなどが入り混じっていた。
「さっさと失せやがれ。……二度と俺たちの前にツラ見せるな」
痛烈で、一切の情を挟む余地のない——明確な拒絶。
ナイトはかける言葉を失い、ぎゅっと膝の上で拳を握りしめて俯いてしまう。
だが、座布団の上で冷めたお茶に口をつけていたポーンだけは、眉一つ動かさずにフォークを見据えている。フォークはアジトの奥の方へ足を運ぼうとする。
「どこ行くの、フォーク!」
「……頭冷やしに行ってくる。」
そう言うと、アジトの奥の方へ消えていく。
「……なんで、俺ばっかり。」
「先に裏切ったのは、ルークなのに。」
フォークの悲しげな言葉を、誰も聞く事はなかった。
フォークの足音が遠ざかり、アジトの中に重苦しい静寂が降り積もる。ナイトはぎゅっと拳を握りしめたまま、足元を見つめて動かない。
「……ごめんなさい、ポーンさん。自分のせいで……」
「何に対して謝っているの? 貴方が謝る筋合いなんてどこにもないわ。」
消え入りそうなナイトの声に、ポーンはあっけらかんと返した。座布団の上で足を崩すこともなく、姿勢を正したままピンへ視線を向ける。
「ごめんなさい。二人とも。フォークも、本当は根っからの悪人じゃなくて、あの日からずっと……彼なりに苦しんできたから……」
「それは、ピンさんもでしょう。謝ることじゃないです。……むしろ、俺がフォークさんやピンさんの傷を掘り返してしまった。……ごめんなさい。」
「いえ、ナイト君。君は何も悪くないわ。……それに、」
「それに?」
「これは、いい機会かもしれない」
ピンは申し訳なさそうにため息をつき、困り顔で微笑むと、そう言ったのだ。"何の機会"かわからず、首を傾げるナイトにピンは更に続ける。
「私達はいい加減、クイン様の死に、真相に、向き合うべきよ。どんな果てが、結末が待っていようとも、どれだけ傷つこうともね。」
「ピンさん……」
「ありがとう、ナイト君。私には勇気がなかったの、クイン様の死の真相に向き合う勇気が。
……でも、それに向き合える機会を貴方がくれたの。なら私はその機会を逃したくない。」
「っ、じゃあ、」
「ええ。協力させて頂戴。」
ピンは優しく微笑むと、しっかりとナイトの目を見つめ返した。
その言葉を聞き、膝の上で固く握りしめられていたナイトの拳が、すっと解けていく。
(無駄に、ならなかった……)
ナイトはずっと不安だったのだ。自分の選択が、ポーンを、その他の幹部達をも傷つける結果に終わるのではないかと。
でも、ピンは向き合おうとしてくれてる。
それがナイトにとっては堪らなく嬉しかった。
「ありがとうございます……ッ、ピンさん……!」
ナイトが感極まった様子で深く頭を下げると、それまで静かにお茶を啜っていたポーンが、口を開いた。
「……話が早くて助かるわ、ピンさん。」
座布団の上ですっと背筋を伸ばしたポーンは、どこか満足そうに微かに口元を綻ばせる。
「では、貴方にも確認したいことがあるの。」
「私に?」
「十年前、クイン・シャトランジが死んだ日。貴方はこれ通りにアリバイがあったの?」
ポーンは、ナイトと共に整理し、書き留めていた容疑者一覧の紙を渡す。"容疑者一覧"という言葉に眉を顰めたピンだったが、すぐにフォーク、ピン……犯人の可能性は低いという文言を見ると、「なるほどね」と切り替えるように言った。
「……これ、よくできてるわね。ナイト君、貴方がまとめてくれたの?」
「は、はい!」
「これらの情報をどうやって————」
「……」
「ナイト君??」
「ちょっと、ナイト??目を逸らさないで頂戴。」
ピン、ポーンが詰め寄るが、ナイトは口を割らなかった。
(まさかだと思うけど、ルークの目を盗んで情報を……はあ)
ポーンは内心ため息をつきたくなった。が、言っていても仕方がない。
「……まあ、いいわ。情報の出処はどうでもいいの。」
ポーンは、ピンをまっすぐに見つめた。
「ピンさん。貴方の口から聞かせてちょうだい。十年前のあの日……貴方とフォークの『アリバイ』についてを。」
「……そうね。余計な追及はやめておくわ。」
ピンは困ったように微笑むと、手元の紙へ視線を落とし、すっと表情を引き締めた。
「ええ、その紙に書いてある通りよ。
あの日、私とフォークには……完璧なアリバイがあるの。執事長が見ている前で、私たちは"今後の兵の強化"についてかなり真剣に話し合っていたわ。時間にして、ちょうどクイン様が殺害されたとされる時間帯とぴったり重なるの。」
「執事長が見ている前で、兵の強化の話し合い……ね。」
ポーンは顎に手を当て、ピンの瞳をじっと見つめる。ピンはポーンの視線に耐えられず、目を逸らす。
「……あの、私をじっと見つめて何か?」
「いえ、……貴方の瞳、綺麗だなって。」
「え?」
「まるで、ピンクッションみたい。」
「えっと?」
ピンクッションの意味がわからず、ピンは首を傾げ、ナイトもまた、ポーンの言っている意味が分からずに質問を投げかける。
「ピンクッション、って何ですか?」
「ああ、そうね。ピンクッションというのは、花の名前なの。色んな色があるけど、ピンさんの場合はオレンジね。……とても綺麗だわ。」
「確かに、ピンさんの瞳って綺麗ですよね。」
ピンは橙色であり、とても優しく、明るい印象を与える瞳をしている。
その言葉に、ピンは目を見開く。まるで、昔誰かに言われたことがあるかのように。
「どうかしたのかしら?」
「いえ、なんでもありません。……話、脱線してませんか?」
「あ、ごめんなさい。つい……脱線してしまったわね。」
ポーンはコホンと小さく咳払いをすると、スッと表情を元に戻してピンを見つめた。
「話を元に戻すけど、貴方とフォークの"兵の強化の話をしていた"というアリバイ……誇張や誤魔化しではなく、間違いなく事実なのね?」
「ええ、もちろんよ。執事長に確認してもらっても構わないわ。」
揺らぐことのないピンの瞳と真摯な回答に、ポーンはふう、と小さく息を吐き出した。
「……分かったわ。なら、この話はここで終わりにしましょう。」
「え? ポーンさん、もういいんですか!?」
急な幕引きに、ナイトが目を丸くして身を乗り出す。ポーンは座布団からすっと立ち上がると、スカートの皺を軽く払った。
「ええ。貴方が抱いていた不安……それが晴れたのなら、これで十分でしょう、ナイト?」
「……はい、ピンさんたちが犯人なんて……思いたくなかったですから。十分です。」
「っ……」
ピンは息を呑み、ナイトも驚いたようにポーンを見上げる。
「目的は達成したわ。これ以上、不毛な問い詰めを続ける意味もないでしょう。……じゃあ、今後の話をしましょうか。」
「これからの?」
「ナイト。説明。」
「はい!……はい?」
「ほら、復興の……」
「ええ!?ポーンさんがやるんじゃ……」
「何アホ抜かしてるの、そんなわけないじゃない。……私はあくまでお手伝い。さっきまで私がピンさんに聞いていたのはリップサービスよ?」
「り、リップサービス。」
「そもそも、私は部外者なのよ。この問題は貴方達が解決しないと意味がないもの。」
そう言い張るポーンに対して、ナイトは信じられないと言いたげな様子だった。
「部外者の割にはノリノリじゃなかったんですか!」
「ノリノリ? 失礼ね。私はただ、貴方の頼りない背中を押してあげただけよ。」
ポーンはフンと鼻を鳴らすと、冷めたお茶の残りを飲み干した。
「ほら、さっさとピンさんに今後についての話を取り付けなさい。」
「う、うぐっ……! は、はい……!」
ナイトは焦りながらもコホンと咳払いをし、ピンに向き直った。
「え、えっと! ピンさん! 自分たちは10年前の事件の真相を追うと同時に、この街……いや、この国をちゃんとした形で立て直したいと思ってるんです。でも、俺だけじゃ……無理なんです。
「……」
「だから……力を貸していただけませんか!」
必死な面持ちで頭を下げるナイトを見て、ピンは目を丸くするも、くすりと笑みをこぼす。
「ええ、もちろんよ。言ったでしょう、協力するって。街の復興も、事件のことも、私にできることなら何でも言って頂戴。」
「っ、ピンさん!ありがとうございます!」
感無量といった様子のナイトを見て、ポーンは座布団からすっと立ち上がると、スカートの裾を軽やかに払った。
「よし、決まりね。それじゃあ、長居しすぎたから戻りましょうか。」
「えっ、もう帰るんですか!?」
「当たり前でしょう。また明日会いに行くのだからね。……ピンさん、明日もくるわ。」
「あ、明日!?」
ナイトが驚いている中、ピンは「……わかった、明日ね。」とどこから出したのかメモ帳でメモし始める。
「ピンさんはOK出してくれたけど、フォークがまだよ。……あのどチビと協力は嫌だけどね。」
「ど、どチビって、またそんな事言って!」
「ふふ、フォークは明日必ず引っ張り出すから楽しみにしてて」
「……だそうよ。」
「もうー!!」
ナイトの制止をどこ吹く風でポーンは出口へ向かって歩き出す。
ナイトは「もう……! ピンさん、今日は本当にありがとうございました! えっと、ごめんなさい!また明日伺います!」と深々と頭を下げ、ポーンの後を追うように慌ただしくアジトを飛び出していった。
「ええ、気をつけてね、二人とも。……明日も待ってるわ。」
二人を見送り、アジトの重い扉がパタンと閉まる。
途端に、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返った。
ピンは一人、ポーンが座っていた座布団と、そこに残された湯呑みにそっと視線を落とす。
胸のあたりに手を当て、橙色の瞳をゆらりと揺らした。
「……ピンクッション、花……。」
そうつぶやいたピンの脳裏に、すっかり遠くなってしまった十年前の記憶がよみがえる。
ピンが花壇の花に水やりをしている時、優しく微笑みながら、自分の瞳を覗き込んできた一人の女性、そして一人の男性の姿が。
————————『貴方の瞳、とても綺麗ね。——まるで、ガーベラみたい。』
————————『あら、花で例えられるの嫌だったかしら?』
(クイン様以外……私を花で例える人は、いなかった。)
——————『クイン様の言う通りだな……確かに綺麗だ。』
「クイン様……ルーク……」
二人の客人が去っていった扉を見つめる。その瞳はどこか、懐かしむような、そんな瞳をしていた。
ポーン……バレるの時間の問題な件について。
さて、今回フォークの去り際の呟きや、ラストのピンさんの回想など、10年間という年月で受けた、彼らの苦しみが少しでも伝わっていたら嬉しいです。
次回もお楽しみにしてください!




