第四話「望んではいなかった」
「……」
二階の自室で、ポーンは目を覚ました。 時計の針が六時を指す頃合い。いつものように「んー」と腕を伸ばし、ベッドからゆっくりと体を起こす。
「眩しッッッ」
カーテンを開けると、朝の光が容赦なく差し込み、ポーンを真っ白に照らした。「ふぁあ」と欠伸を一つ。部屋を出て階段を下り、一階へと向かう。
「おはよう、ござ、います。」
「おはようさん、ポーンちゃん。」
「ふふ、おはよう。相変わらず朝に弱いのね。」
「うう、ステラさん……ごめんなさい。」
「大丈夫よ。朝に強い人のほうが珍しいくらいだから。さ、朝ごはんにしましょう。」
優しく微笑む二人を見て、ポーンは思った。 この老夫婦に拾われて、本当に良かった、と——。
ポーン……否、クインは半年前、実験台の上で目を覚ました。
(何……ここは……)
体を動かそうとしても、指一本動かない。まずは体をよじり、感覚を取り戻しながら状況を探る。
(私は……死んだはずなのに。なぜ……)
考え込んでいるうちに、実験台から転げ落ちた。激痛が全身を駆け巡る。
『ッ!!』
(痛みがある……現実、か)
実験台にしがみつき、生まれたばかりの子鹿のように足を震わせながら、ようやく立ち上がる。部屋の出口近くに洗面台を見つけると、クインの体は固まった。 そこに映る自分の姿を、見てしまったからだ。
『……は』
かつてのクインは短い金髪に碧眼だった。
今の姿は長い白髪と赤い瞳——ホムンクルス特有の容貌そのものだった。
(……何、これ……)
頰をつねる。痛みが走る。どう考えても現実だった。
冷静になろうと周囲を見渡すと、実験台の右端に置かれた卓の上に、書類が散らばっているのが見えた。
(あれは……何だろう)
慣れない体に舌打ちしそうになりながらも、壁に沿って歩き、なんとか卓までたどり着く。
散らばった書類を一枚ずつ手に取り、読み始めたクインは、すぐにその選択を後悔することになった。
(魂の呼び戻し……禁忌の魔術……デレルム魔道国の印……)
書類には、魂の呼び戻し術、ホムンクルスの製造法、そして王国の機密情報の取引記録が記されていた。最後のページにはデレルム魔道国の印と、とある人物の名が残っている。
『ビ、ショップ……』
全てを理解した。 自分を生き返らせるために、ビショップは王国の機密情報を、よりによってデレルム魔道国に売り渡したのだ。
売国奴と罵られても、クインは擁護できない。むしろ、ビショップを罵りたいほどの怒りが内側で燃え上がっていた。
(何を……何をしているのだッ!!)
——国民を守る。
それがクインの王としての責務だった。たとえこの身がどうしようもなく汚れようとも、国民を守れるのなら、それ以上の誉れはないと心から信じていた。
(……ここから、出よう)
——もう、ここにはいられない。
そもそも、クイン自身は死人だ。死人が国に口を出す筋合いはない。異国の言葉で言う「死人に口なし」——まさにこのことかと、内心苦笑する。
(ここから出て……今の自分を安定させられたなら……陰ながら国を支えよう)
死人といえど、自身の国がこれほどまでにめちゃくちゃになってしまったのだ。 口を出すことはしないが、誰かの行動を後押しすることまでは、許されてもいいだろう。
クインは壁に沿って歩き、部屋の外へ出る。
(身体にも、慣れてきた……)
壁から手を離しても、もう足は震えていない。扉を開け、近くに誰もいないことを確認すると、クインは静かにその場を去った。
…………その数時間後、会議から戻ったビショップがクインの不在に発狂したことを、クインは知らない。
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(あの後、一人で彷徨っていたところをステラさんが見つけてくれて……私はこの二人の養子になった)
初対面で、ステラという老婆は白髪に赤い瞳のホムンクルスであるクインに、驚きを隠せないでいた。
『お嬢さん、名前は? 家は?』
『……………名は、ありません。居場所も、ないです』
ステラは何かを決意したように、クインを保護した。 仕事から帰ってきたスミスにクインのことを話すと、スミスもまた何かを思ったようだったが、ステラと同じように決断し、クインに言った。
『……もし、もし良ければの話だ。私たちのこどもにならないかい?』
『え……』
初めてそれを聞いたクインは、スミスの言葉をすぐには理解できなかった。
この国でホムンクルスは極めて危険な存在であり、下手をすれば「ホムンクルスを匿った罪」で兵に殺されかねない。
そのホムンクルスである自分を、老夫婦は養子として迎えようとしているのだ。
『……わかっているのですか。私はホムンクルスです。人ではありません。そんな私を養子だなんて……』
『人だと思うがね』
『え……』
『ホムンクルスというのは自我がない。生きたいという意志もない。でも、君は違う。君には自我がある。生きたいという意思もあると、私は思う。私は、それを人だと思うよ』
『生きたい、意思?……私には、そんなもの』
自分はただ、逃げなければならなかったと思っただけだ。 逃げなければ、死んだクインに皆が縋り付いてしまう。
生きたい意志などないと、クインは考えていた。だがステラはそんなクインを見て、困ったように笑った。
『ふふっ。奇遇ね、貴方。 私も同じ意見よ。……生きたいという意志がある。そんなあなたを人だと思わないわけがないじゃない』
『ステラ、さん……』
『あー、ただ、私たちも無理強いにはしたくはないの……えっと……』
『貴方……』
言葉に詰まるスミスを、ステラは呆れたようにジト目で見つめる。 そんな二人の様子に、クインは胸の奥が熱くなるのを感じた。
本当は——本当はどこかで、生きたいと思っていたのかもしれない。
ホムンクルスだからとか、死者だからとか、国の邪魔になるからではなく。心のどこかで、生きたいと思っていたのかもしれない。クインは俯き、ふっと笑った。
『……あの、私が養子になっても大丈夫なのでしょうか。できるのなら、貴方方の……その、養子になりたい……です』
『!』
『まあ!』
二人の喜びようを見て、クインはなぜか照れ臭くなる。が、ふとあることを思い出した。
『あ、名前……どうしたら』
そう、名前だ。さすがに「クイン」という名はまずい。先ほどは「名前はない」と言ってしまった。
クインが言うと、スミスがハッとしたように我に返る。
『ああ、確かに……君の名前、どうしようか。うーん。私はセンスがないし、家内もセンスが——』
『今、なんて???』
『何でもないです……』
『名前……』
名前を捻り出そうとしたとき、クインの目にあるものが映った。
『チェス盤、ですか?』
『ん? ああ、よく家内や仕事仲間とやるんだよ』
『チェス……駒……』
チェス盤に置かれたある駒を見て、クインは思った。まるで自分のようだ、と。
『……ポーン、』
『え?』
『ポーン。私の名前です。』
『ポーンって……歩兵という意味だが……』 『駄目、ですか?』
『いや、大丈夫だ。……私や家内のセンスより良いよ』
『だから、なんだって??? 私にセンスはないと言いたいのですか、貴方』
『い、いや〜。あ、ははは』
『誤魔化さないでください、貴方!』
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(あれから半年か……時間が過ぎるのは早いなあ)
そして、現在。 クイン——あらため、ポーンは老夫婦の畑仕事を手伝ったり、料理を振る舞ったり、掃除をしたりしている。
前世とは違い、かなりの力仕事だが、クインの時のような重圧はない。穏やかな日々を送っていた……のだが。
(なんで、あんなに仲違いなんかしたのかしら。全く)
昨日ナイトと出会い、彼経由で今の幹部たちの現状を聞いたポーンは、ため息をつきそうになりながら、朝食のパンを齧り、温かいスープを飲んだ。
「あの、スミスさん、ステラさん。その、今日……仕事はまた後日穴埋めします!」
「いやいや、大丈夫だよ。そこまで深刻にならなくても。……昨日言ってたね、街にまた行くんだろう? 別に構わないよ」
「ふふっ、気をつけてね」
二人の優しさに、ポーンはまた胸が熱くなる。 やはり、この老夫婦の養子になってよかった——そう、改めて思った。
第四話更新できました。変なところあったらごめんなさい。
ポーン(クイン)の生まれ変わった事への葛藤が少しわかったんじゃないかなと。良かれと思ってやった事が相手にとっては最悪だった。というような感じです。




