第三話「売国奴」
「……」
とある男が、地下牢に至る階段を一人で降りていく。
その男の眼差しはどこかどす黒い深淵のようであり、何もかもに疲れ果てているようだった。
そんな男は今あるすべての力を地下牢に軟禁している者の為に使う。
「……全く、ふざけているよ。お前は。」
男の名はルーク・バックランク。
ナイトの実兄であり、現在は自ら戦線に赴くシャトランジ王国軍の指揮官である。
ルークは目の前にいる、椅子に縛り付けられている男を睨みつけると、思いっきり椅子ごと蹴り飛ばした。
椅子が倒された事で縛り付けた男も一緒に倒れたものの、何も言わず、ただただ虚な目をルークに向ける。
「よくも、王国の情報を敵国に売り飛ばせたものだ。……そこまで、落ちたものだ。ビショップ。」
ルークがそう言い放つと、ビショップと呼ばれた男は「ふ、ふ」と身体を震わせる。
「何を、笑っている。」
「そこまで、落ちた?いや、違うな。私達はとっくの昔に落ちただろう。
あの方が、クイン様が死んだあの日から!笑わせるな、ルーク!」
「ッ、お前と……お前達と、一緒にするな!」
ルークは怒りのままに、ビショップを蹴り付ける。そうでもしなければ、怒りがおさまらなかった。蹴り続けている間、ビショップはずっと笑っていた。
ビショップが犯した罪、それは王国の情報を敵国に売り飛ばした事だ。
では、その敵国はどこなのか。
「デレルム魔道国に情報を売り渡し、非道な実験をしておいて一緒!?一緒!?巫山戯るな!!」
ビショップはデレルム魔道国に王国の機密情報を売り飛ばしたのだ。
そして、ビショップは代わりにある魔術を二つ伝授された。
一つは、魂の呼び戻し。
これは魂を呼び出したい相手の最も縁が深い媒介のものを用意すれば魂が呼び戻せると言う、にわかには信じがたい禁忌の魔術だ。
そして、もう一つはホムンクルスの製造だ。
ルークが部下の知らせを聞きつけ、ビショップの実験室に入った瞬間、言葉を失った。
それは巨大な培養槽の中にいる、大量のホムンクルス達。
そして、クインに関係する私物が大量に机の上に置かれていた。
ビショップは魔導士という、魔術を扱える研究者であったが、魂の呼び戻し……ましてはデレルム魔道国などの合法化されてなければ扱われていないホムンクルスの製造などは知らない。
————方法を、教わらなければ。
だからこそ、それを見た瞬間全てを悟ったルークは思いっきりビショップを殴りつけた。
————こいつは、敵国と取引し、クイン様を生き返らせようとした。
怒りのままに殴ったルークだったが、ふと殴られた衝撃で倒れたビショップの背後に、一つだけ空になっている培養槽があるのが見えた。
それを見たルークは血の気が引いた感覚を覚えた。
『ビショップ!そこにある空の培養槽は何だ!?何故それだけホムンクルスがいない!?』
『……ふ、ふ』
『何がおかしい。……言ってみろ。』
『私は成功した……成功したんだ。クイン様を生き返らせるのをな!』
『っ、な』
理解ができないルークの顔を見たビショップは嘲笑うように続ける。
『あの方をついに、ついに取り戻せた!取り戻せたのだよ!これは喜ばしい事ではないのか?ルーク!』
そう嗤うビショップに、ふとルークの頭に疑問が浮かんだ。
(では何故、いない……?)
そうだ、クイン様が生き返っているなら何故この場にいないのか、そう考えた時にはルークは既にそれを口にしていた。
『では問うが……何故生き返ったクイン様がこの場にいない?
この実験室とは違う場所にいるのか?……答えろ。』
すると、ビショップは嗤うのをやめるとよろよろと立ち上がった。
ビショップの顔はまるで全てが空っぽになったというような顔だった。
『………ていた』
『は?』
『いなくなっていたのだ、クイン様は!ここに確かにいたのだ!だが、逃げ出したんだよ!』
『ッ!!』
ビショップが嘘をついているようには見えない。
ルークはどうしようもない気持ち悪さと震えを無理やり抑えつけながらビショップをもう一度殴り、蹴りつけた。
そして、現在。ビショップは国家反逆罪を犯した罪人として牢に軟禁している。
だが、まだ国民にはビショップのしでかした事を公開するわけにはいかない。そうなれば、国軍の評価は地に落ちるのは確実だからだ。
一通り蹴りつけ、ビショップが気絶するのを確認し、牢から出たルークは胃が痛くなるのを感じる。
(例のホムンクルスは……ひとまず保留だ。)
ホムンクルスについて今の幹部達に明かせば混乱は避けられない。そう考えながらルークは内心複雑であった。
ホムンクルス……否、クインが逃げ出した理由など、わかりきっている。
自分達の現状に、絶望したのだろう。
当たり前だ、クインが自らの手で大切に作り出した国を、クインを愛していた者達がめちゃくちゃにしているのだ。
呆れられるのを、見捨てられるのも当然。
全て、仕方のない事なのだ。
そう思ってはいるものの、どうしようもないやるせなさがルークの心に重くのしかかる。
「私は、一体どうすれば良いのだろうか。」
ルークの独り言は誰にも届かず、暗い夜に消えていった。
ここで、物語の最重要人物のルーク・バックランクが出てきました。これからどんどん登場人物が出てくるのでお楽しみにしてください!




