第二話「無自覚であること」
「ポーン……ポーン」
「いい加減慣れなさいと、言いたいけどね。」
「あ、いや、すみません……その、慣れなくて。」
「まあ、確かに慣れないものよね。」
ナイトは「ポーン」という名に慣れるため、ひたすらその名を口にしていた。クイン……否、ポーンは呆れたように肩をすくめる。するとナイトは、何かを思い出したようにハッとした。
「あ、」
「今度は何かしら、ナイト。」
「あの、ヒントを教える代わりに、協力してほしいってクイ……ポーン様が言っていたと思うのですが、協力って?」
「ポーンでいいのに……ああ、協力っていうのはね——————」
ポーンは飲み干したティーカップを見つめる。
「—————国を、復興させたいの。昔のようにね。」
ナイトは息を呑んだ。
ポーンの目は、本気だったからだ。
「ふ、復興って……」
「ああ、私が「クインよ、生き返ったわあ」なんて、言うつもりはないわよ。
私はあくまで復興の手助けをしたいだけなの、今の国の惨状は前王であった私を泣かせてくれるものだからね。」
ぐうの音も出ないとはこの事かとナイトは思った。
十年前、シャトランジ王国は世界に誇る大国だった。
鉄、魔鉱石、魔水晶など、他国が喉から手が出るほど欲しがる資源を、いくらでも抱えていた。
だが、今は違う。
十年前の戦争で領土の半分以上を失い、街には物乞いが溢れている。
現在の国の状況ははっきり言って、悪い。否、悪すぎると言った方がいい。
ナイト自身、それを知らないわけではなかった。
そして、その全ての始まりは、クインの死だった。
クインの死が原因で、七人の幹部が仲間割れを起こし、国の半分以上の領地が敵国に取られてしまったのだった。
「だから、ナイト。聞かせてくれない?今の国の状況を。幹部達は、あの子達は今どうしているの?」
「……それは、」
ナイトは思わず渋ってしまった。
今の国の惨状だけでも、ポーンは参っているだろうに。今の幹部達の状況をポーンが知ってしまえば、さらに参ってしまうのではないかと。
そんなナイトの心情を知ってか、ポーンはナイトの目を見ながら、口を開く。
「ナイト、お願い。」
「……やめてください、俺は貴方のお願いに弱いんです。」
「あら、じゃあもっとお願いしちゃおうかしら??」
「やめてください!!
……はあ、わかりました、わかりましたよ!」
ナイトは幹部達の現在をポーンに伝えた。
途中でポーンは頭を抱えながら、「どうしてそうなるのよお」と言ったので、ナイトは思わず口を閉じたが、ポーンが「続けて」と言ったおかげで何とか幹部全員の現在を言い終えた。
「………………はあ」
「大丈夫、ではないですよね。」
「いや、大丈夫……ではないわ。何故そうなるのよ。ねえ、このカフェで酒ってある?がっぽがっぽ呑みたいわ。」
「ないですよ。他のところならあると思いますが、少なくともここにはないです。」
ポーンは頭を抱えながら「グエエ」と、まるで今にも潰されそうな蛙の鳴き声を発する。
こんなポーン(クイン)を今まで見た事がなかったナイトは自身が思っていたよりもずっと愉快な人だったのだなと思いながら「紅茶、お代わりしますか?」と、ポーンに声をかける。
ポーンの了承を得てから、通りかかった店員に「紅茶を一杯下さい。」と言うと、店員はすぐに紅茶を入れてくれた。
「何故……私が死んだだけでしょう?なんで、私が死んだだけで仲間割れするのよ」
「……ポーン、様。」
「?何かしら?」
「貴方は、自分が及ぼす影響を理解してないですよね。」
「は?」
「貴方がいなくなって、どれだけあの人達が……俺が悲しんだと思っているんですか。」
「!」
ポーンはナイトのその言葉に驚き、目を見開いていた。
ナイトは、ポーンは自身の死んだ後の影響がどれほどのものか、思ってもみなかったのだなとその様子から見てとれた。
「今の幹部の皆さんに会うなら、それを自覚しないと多分……」
「……そう、ね。ありがとう、ナイト。」
ポーンは申し訳なさそうにまだ温かい紅茶を一気に飲み干そうとしたが、「熱っっっ」と、言い放った。
——————————
「また、明日会える?」
「ええ。大丈夫ですよ。」
喫茶店を出ると、外はすっかり夕暮れになっていた。
ナイトはもう少しポーンと話していたいと思ったが、ポーンの住む村へ向かう馬車の最終便が、あと数十分で出てしまうらしい。
それを逃せば、ポーンは今日中に村へ帰ることができない。
「どこか、待ち合わせできる場所ないかしら。」
「それならさっきの喫茶店の前で待ち合わせしませんか?」
「良いわね、それ。」
明日は、改めて幹部達とどう接するかを考えなければならない。
そう、ナイトが思っている隣でポーンはどこか懐かしい目をしていた。
「……それにしても、」
ポーンがそう言って、夕暮れの街を見渡す。
「十年で、ここまで変わるとはね。」
「……変わらない方がおかしいのでは?」
「ふふ、確かにそうね。」
ポーンはナイトの目の前に立つと、楽しそうに笑う。
「じゃあ、ここで。また明日ね、ナイト。」
「……ええ、また明日。」
そう言うと、ポーンは馬車が立つ場所まで走って行った。
まだ数十分もあるのに、お転婆だなとナイトは何だか微笑ましくなった。
「あんまりヒント……教えたくないなあ」
走りながら呟いた、ポーンの独り言がナイトに聞こえる事はなかった。
ポーン(クイン)は有能だけど、勘違いされやすく、自分が周りに及ぼす影響をあまり理解していないおもしれぇ女。
ここではじめて、自分が周りに及ぼす影響をナイトを通して理解できたんじゃないかな。




