第4話 儀式
お兄ちゃんにお嫁さんになると伝えた。
お兄ちゃんは安心したような顔をしてくれたけど、その笑顔の中に、別の感情が混じってるような気がする。
「詩織、病気のことを考えると一刻の猶予もない
とにかく早く話を進めるために
今日、婚約のこと、職場に報告しないといけないんだけど一緒に来てくれる?」
決まってからのお兄ちゃんの動きは早かった。
「うん、わかった」
でも。
「どんな服着ていけばいいかな?」
お兄ちゃんの職場の人に会うのに、どんな格好をしていけばいいのかわからない。
「現実を見せるために制服がいいと思うよ」
お兄ちゃんはそう言ってくれた。
「じゃあ、着替えてくる」
制服に着替えて。
「お兄ちゃん、これでいい?」
「うん、それじゃ行こうか」
お兄ちゃんは何故か自分の部屋に入る。
私も後に続く。
お兄ちゃんの部屋に入るのは初めて。
普通の6畳の洋室だけど。
なんか変。
変な理由がわからないけど。
お兄ちゃんは入ったドアと別のドアに向かう。そうか、ドアが二つあるんだ。
しかも、外向きの壁に。
お兄ちゃんがドアを開けると、そこには少し広い別の部屋があった。
「あれ?お兄ちゃん、そっち、部屋ないはずじゃ?」
「あるよ」
お兄ちゃんはその部屋に入る。
私も後に続いた。
「ここ、どこ?」
「僕の執務室」
「うちの家にこんな部屋なかったよね?」
「ないよ」
「じゃあここどこ?」
「それはまた追って説明するよ」
お兄ちゃんはそう言うと、デスクの上のボタンを押した。
ノックの音と共に。
「お呼びでしょうか、陛下」
程なくして初老の男性が入ってきた。
この人、テレビで見たことある。
確か、宰相閣下。
お兄ちゃん、本当に皇帝陛下なんだ。
「おや、そちらのお嬢さんはどちらの?」
「中野詩織、私の婚約者だ」
それを聞いた宰相閣下の目が大きく見開かれた。
「なっ、なんと!
遂にお妃様をお迎えする覚悟がつきましたか!」
なんか、感慨深そう。
「これでお世継ぎ問題も解決に向かいます」
話し方がしみじみしてる。
「して、その……制服、ですか?
随分お若く見えますが、コスプレ、とかいうやつではないですよね?」
宰相閣下は当然の疑問を口にした。
「14歳、正真正銘、本物の中学生だ」
お兄ちゃんが私を紹介してくれたが、宰相閣下の目が気になる。
「陛下、陛下のご趣味に異論を挟むつもりはございませんが、
お相手の年齢はもう少し気を遣われた方が……」
「余計なことは気にしなくていい」
お兄ちゃんはちょっとイラついてるみたい。
「お世継ぎのことを考えると
将来の帝国の安泰のためには若いことはむしろ喜ばしくはありますな」
宰相閣下はなんだか嬉しそうにしてる。
「すぐに詩織の帝国籍への転籍と、成人宣言を進めてくれ」
「転籍と成人宣言ですか?
そういえば、前例がありませんな
しかし
詩織様を婚約者にするには成人宣言が必要ですし
成人宣言のためには帝国法が適用対象
つまり、帝国籍が必要ということですな
そういうことなら承知しました」
宰相閣下はお兄ちゃんの意図を理解したみたい。
「それから、詩織は婚約者候補ではなく婚約者として公表する
既成事実を作ってからの公表だ」
「陛下、お世継ぎに積極的なのは私も嬉しく思いますが
さすがに中学生を相手に既成事実をつくるなど
世間がなんと言うか」
「おい、変な想像するな!
婚約の儀を終えてからの公表という意味だ
候補の段階で公表したら
詩織に危険が及ぶかもしれないからな」
「なるほど、確かに
それでは手筈を整えます」
「頼んだぞ」
私が当事者のはずなのに、何か知らない間に話が進んでいく。
わかったことは、宰相閣下には、婚約者として認めてもらえたということ。
今日のところはそれで十分。
「詩織様」
「はい?」
急に声をかけられて焦った。
「公表の際に必要になりますので、釣書をご用意くださいませ」
「つりしょ?」
「履歴書のようなものだ」
お兄ちゃんが助け舟を出してくれた。
皇帝のお嫁さんになるってこういうことなんだ。
なんかめんどくさい。
「それから、宰相」
「はい」
「帝立病院に予約を入れてくれ
今すぐ行きたい」
「どこか具合でも?」
「俺じゃない、詩織だ
血液内科を頼む」
「かしこまりました」
そのまま帝立病院に向かい、血液透析を受けた。
異常蛋白を減らす治療らしい。
いまいちよくわからないけど。
宰相閣下にお目通りした翌日。
「詩織、体調はどう?」
「うん、大丈夫」
透析の効果か、体調は悪くなかった。
「詩織、今日、婚約の議を進めてしまうぞ」
お兄ちゃんが朝のコーヒーを飲みながら。
「えっ、今日?」
「ああ」
「準備とかは?」
「何もいらない」
「婚約の儀って、儀式的な何かじゃないの?」
「それは対外的な形式だけのものだよ
今日、詩織に永遠の命を授ける」
「うん」
いよいよ、不老不死。
「まずはベッドに横になって」
「はい」
ベッドに横になると、お兄ちゃんがベッドに上がってきて。
覆い被さってきた。
「お、お兄ちゃん?」
でも、お兄ちゃんならいい。
「初めてだから、優しくして」
「ん?」
いつの間にか気を失っていたみたい。
お兄ちゃんが覆い被さってきて。
覚悟を決めて。
何か言った気がするけど。
そこで、バチンという音が聞こえたような気がして。
その後、すべての感覚が消失した。
感覚が消失していることに気づいたのも、意識が浮かんできてからだった。
5感の全てがない。
真っ暗な空間に意識だけが浮かんでいるような。
その時、お兄ちゃんの気持ちが流れ込んできて。
愛情。
保護欲。
狂おしいほどの激情。
お兄ちゃんの気持ちは私で溢れてた。
私を欲しがってくれてる。
夢?
夢でもいい。
「嬉しい」
私は無意識のうちにそう呟いた。
「目が覚めた?」
お兄ちゃんが私の顔を覗き込んで、でも目が合ったら恥ずかしそうに視線を逸らせた。
すごく恥ずかしそうな表情。
夢じゃなかった?
「お兄ちゃん、さっきの何?」
「詩織を異次元世界に隔離した」
全く意味がわからない。
「ここ、三次元世界ってわかる?」
「わからない」
「そうか〜
この世界と同じ空間的構造を持ってるんだけど時間軸だけない別の世界があって
詩織をそこに連れて行った
で、そちらの詩織本体をこちらの世界に投影することにして
今、ここにいる」
やっぱりわからない。
あまり深く考えちゃダメなやつだ。
「とにかく、もう死の心配はないんだ」
「うん」
もう病気で死ぬことはない。
それだけで今は十分。
「お兄ちゃん、さっきお兄ちゃんの心が全部見えちゃった気がしたんだけど」
お兄ちゃんは再び恥ずかしそうに視線を逸らせた。
「あれは何?」
「夢でもみたんじゃないか?」
「じゃあ、なんでそんな恥ずかしそうな顔してるの?」
私はお兄ちゃんの顔をじっと見た。
お兄ちゃんは観念したみたいに。
「別世界に行く時に、空間的広がりのない異次元世界を通るんだけど
その時、空間的広がりがないから、思念体だけになるんだ
思念体というのは、わかりやすく言うと心だけの存在だね
で、空間的広がりがないということは、思念体も重なってしまう」
お兄ちゃんの説明が苦しそう。
「じゃあ、あれがお兄ちゃんの心?」
「俺の中の嫌な部分も全部見えたよね?」
「ううん、嫌なところなんてなかったよ。
いっぱい愛されて、
いっぱい大切にされて、
お兄ちゃんに求められているのがわかって嬉しかった」
「そう……」
あれ、もしかして。
「お兄ちゃん、もしかして、私も全部見えた?」
「うん」
そうか〜確かに恥ずかしい。
「お兄ちゃんは嫌いになった?」
「そんなわけない」
即答してくれた。
「私は、お兄おちゃんに全部知ってもらって嬉しいかな
お兄ちゃんと心の境がなくなって、ひとつになって、すごく幸せだった」
「詩織……」
お兄ちゃんに抱き寄せられて。
お兄ちゃんの唇が私の唇に触れた。
唇が離れた後。
「陛下」
「え?」
お兄ちゃんがビクッとする。
「旦那様」
「……」
反応なし。
「あなた」
「……」
反応なし。
「翔太さん」
「……詩織……さん?」
やっぱりダメ。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「婚約したから、呼び方試してみたけど、
やっぱり呼び方はお兄ちゃんだね」
お兄ちゃんは安心したように微笑んだ。
「お兄ちゃん、さっき、どうして私の上に覆い被さってきたの?」
「断じて欲情したからじゃないからな!」
今更取り繕っても仕方ないのに。
「うーん、それは別にいいんだけど」
「えっ、いいの?
じゃなくて、人を連れて次元跳躍するの初めてだから
絶対離しちゃいけないと思って」
「それなら、別に立っててもよかったんじゃないの?」
「意識戻るまで、少し時間かかっただろ
立ってたらどうなる?」
「あっ、なるほど」
ちゃんと理由あったんだ。
「それから、お兄ちゃんの部屋のことだけど」
「ん?」
「部屋の二つ目のドア、外向きの壁についてるよね?」
「うん」
「それで、なんでドアの向こうに部屋があるの?
それに、その部屋の向こうにもまたドアがあって
そこから宰相閣下が入ってきたよね?」
「うん」
「なんで?」
「俺の部屋の二つ目のドアは皇宮に繋がってる」
色々疑問はあるけど。
これまで経験した非常識を考えたら、もうどうでも良くなった。




