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時の虜  作者: 古都麿
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第3話 希望

「お兄ちゃん」

「何?」

「あのね、最後におね……」

「最後なんて言うな」

お兄ちゃんが泣きそうな顔で。

「あのね、聞いて欲しいの」

お兄ちゃんは私の言葉を待ってくれてる。

言わなきゃ後悔する。

でも、言っていいの?

言って嫌われたとしても、どうせあと3ヶ月。

そんな諦めがどこかにあって。

「無理して言わなくてもいいよ」

お兄ちゃんが優しい。

いつもそうだった。

お兄ちゃんの優しさが私の救いだった。

だから、最後にもうひとつだけ甘えさせて。

「お兄ちゃんのお嫁さんになりたい」

「えっ?」

お兄ちゃんが固まってる。

「私、将来の夢は色々あったんだけど、そのひとつがお兄ちゃんのお嫁さんだった

ちゃんと大人になってお兄ちゃんと結ばれたかった

でも、私の時間はもうあまりないんでしょ

なら、最後にお兄ちゃんのお嫁さんとして逝きたい

最期の日まで、お兄ちゃんのお嫁さんでいさせて

私を貰ってください」

お兄ちゃんはじっと聞いてくれてた。

恥ずかしくなって目をそらせた。

「詩織……本気なの?」

「こんな時に嘘つかないよ?」

「そこまで覚悟があるなら……」

私はお兄ちゃんの言葉を待った。

受け入れてもらえるかしら?

胸が締め付けられるように痛い。

これは病気のせいじゃない。

「ひとつ、提案があるんだけど」

なんだろう?

「僕のお嫁さんになってくれるんだよね?」

「うん」

「それなら、詩織の命を救える方法がある」

「えっ?」

「今から話すことをよーく聞いて」

「うん」

お兄ちゃんは言葉を選ぶように話し始めた。

「命を助ける方法は確かにある

だけど、それにはとても重い副作用があるんだ」

「どんな?」

「まず、病気が治るわけじゃない

症状は続くことになる

でも、悪化することはない」

病気は治らないんだ。

「それから」

そこで言い淀む。

「それから?」

次の言葉を待つ。

「死ねなくなる」

お兄ちゃんは苦しそうに言った。

「はぁっ?」

「死ねなくなるんだ」

死ねなくなる。

その意味がよくわからない。

「文字通りの意味

100年も1000年も」

理解が追いつかない。

「それから」

「まだあるの?」

「老いることもない」

「オイル?」

「老いる、つまり歳を取らなくなる

不老不死という、この世の理から外れることになるんだ」

お兄ちゃん、変だよ?

それ、厨二病だよ。

「お兄ちゃん、私のこと心配しすぎてへんになっちゃった?」

「いや、正気だよ」

「マジで言ってる?」

「うん、信じられないかもしれないけど」

お兄ちゃんの顔は至って真面目だ。

「俺はすでに不老不死だ」

「……」

そんな事、ある?

「ちょっと待ってて」

お兄ちゃんは、台所から包丁を持ってきた。

そして、刃を自分の手首に押し当てて、一気に引いた。

「わっ!」

思わず声が出た。

血が飛び散ると思ったけど、お兄ちゃんの手首には傷ひとつついていなかった。

「不老不死無病無傷」

お兄ちゃんはそう言った。

「老いることなく、死ぬことなく、病気にもならないし、傷もつかない」

お兄ちゃんの表情はなんか辛そう。

「不老不死って、人間の究極の望みじゃないの?」

「死ぬことで得られる救済もある」

意味はよくわからないけど、重い話だということはなんとなくわかった。

でも不老不死でお兄ちゃんのお嫁さんになれるなら。

ずっとお兄ちゃんと一緒にいられる。

「それともうひとつ

私のお嫁さんになってくれるなら

どうしても受け入れてもらわないといけないことがあって」

「ん?」

一息ついて。

「私のお嫁さんになるということは

この国の皇后になるということなんだ」

「はぁっ?」

言ってる意味がわからない。

「俺が皇帝だから」

言葉が出なかった。

歴史で習った皇帝は、中国を滅ぼして、日本を独立させ、帝国を築いた人。

その過程で3億人を殺した人。

それがお兄ちゃん?

「うそ……」

「うそじゃない」

「冗談じゃないの?」

「うん」

確かに、お兄ちゃんが何をしてる人かは聞いたことがなかった。

いつも家にいるし。

「本当…なんだね?」

「うん、二重生活していることは国家機密だから言えなかった」

そうだったんだ。

私、お兄ちゃんのこと、何も知らなかった。

「今決めないでいいよ」

「だけど、この治療は病気の進行を止めるだけだから、早く決めたほうがいい」

「わかった

ちょっと考えさせて」

「うん」

不老不死。

皇后。

どちらも現実感がない、

でも、お兄ちゃんは包丁で傷つかなかった。

だとしたら、死ななくていい。

お兄ちゃんのお嫁さんになれる。

「ごめん、詩織」

「どうしたの?」

「もうひとつ、言っておかなきゃいけないことがあった

不老不死になったら、子供は産めなくなる」

「えっ?」

「詩織が望まないならどうでもいい話だけど」

「子供が産めなくなる?」

私、お兄ちゃんとの子供を望んでるのかな?


お兄ちゃんから聞いた話はとても信じられるようなものじゃない。

普通に考えたら夢物語だ。

だけど、お兄ちゃんは大真面目だった。

だとしたら……


不老不死の話も、皇后の話も、子供が産めなくなる話も、今の私にはよくわからない。

だけど。

このままいけば私は死んじゃう。

お兄ちゃんの提案を受け入れれば生きられる。

お兄ちゃんのお嫁さんになれる。

私の最初の望みはお兄ちゃんのお嫁さんになること。

だったら、迷う必要なんてない。

それを押し通そう。

その結論に辿り着いてから、少し落ち着いて眠りについた。


翌朝。

「お兄ちゃん」

「私、お兄ちゃんのお嫁さんになる」

私はこの人と生きていく。

もう、迷わない。


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