第24話 社会との隔絶〜隠棲
執務室の空気が重い。
「宰相、そろそろ限界だと思う」
「そうですな
陛下はすでに大人でしたから、それほど違和感はありませんでしたが」
宰相閣下は私をチラリと見て。
「詩織様は、無理がありますな」
「うむ」
不老不死の秘匿が問題になっている。
今後、私が公務に出ると不自然さに気づく人が出てくる。
私は後ろに控えている歩美をチラリと見た。
見るからに魅力的な大人の女性。
私は俯くしかなかった。
中学の時から変わっていない外見。
公務で人前に出るのは無理だ。
これまでも公の場に出るのは控えていた。
実際、最後の公の場は婚姻の儀で、それ以外は大学に通うぐらい。
可能な限り衆目を集める場に出ることは避けてきた。
「政治システムは、俺が前に出なくても回るようになった
実質的に行政府の長は宰相だ」
お兄ちゃんはそう言って宰相を見た。
「これまで、俺が判断、宰相が執行という役割分担で来たが
今後は基本的には判断も宰相に任せていこうと思う」
「はっ、畏まりました」
「官僚が出席する会議には出ない
外交、軍の統帥も宰相に任せる
行政府で俺と顔を合わせるのは宰相だけにする」
そう言うとお兄ちゃんは一枚の書類に署名した。
“行政にかかる勅命”
その書類にはそう書かれていた。
「俺と詩織は、国民の目に触れないように皇宮の奥で大人しくしておこう」
お兄ちゃんはそう言って私を見た。
「詩織、すまない」
「ううん」
首を横に振って。
「お兄ちゃんと一緒ならそれでいいよ」
お兄ちゃんは歩美に向き直って。
「歩美ちゃん、聞いての通りだ
ここが一つの転換点になる
歩美ちゃんには、この機会に侍女を辞めて一般人に戻る選択肢もあるけど」
お兄ちゃんがそこまで言った時。
「お兄さん、私からお願いがあります」
歩美が珍しく思い詰めたような顔して。
「私も詩織と同じ体にしていただけませんか?」
えっ?
「ダメだよ、歩美!それだけはダメ!」
お兄ちゃんが口を開く前に私が叫んだ。
「詩織?」
歩美が驚いた顔で私を見た。
「歩美、それだけはダメ
歩美が家族として寄り添ってくれてきたことには感謝してる
歩美の選択なら尊重したい
だけど、これだけはダメなの」
なぜ、ダメなのか自分でも説明できない。
だけど……
「歩美ちゃん、世の中にはどんなに望んでも叶えられない、叶えられるべきじゃない類のものがある
今の歩美ちゃんの望みはそういうものだ
これは、詩織の兄としてではなく、皇帝としての言葉である」
お兄ちゃんが会話を引き取ってくれた。
お兄ちゃんも、皇帝という立場を持ち出さざるを得なかったんだ。
「畏まりました
分不相応でした」
歩美の言葉に。
「歩美、そういうことじゃないの」
「うん、わかってる」
歩美はそう言って寂しそうに笑った。
「では、陛下にお願いがあります
引き続き、私を侍女として雇ってください
誰か、お世話係はいるのでしょう?」
お兄ちゃんは深く考え込んでいる。
そして。
「歩美ちゃんがそれでいいのなら」
お兄ちゃんは静かに頷いた。
こうして、私たちの隠遁生活が始まった。
隠遁生活が始まってしばらくして。
最近、お兄ちゃんの視線が歩美を追っていることが多くなった。
女の私から見てもあゆみは魅力的だ。
美人じゃないけど整った顔、大きな胸、豊かな腰回り。
大人の女の魅力が詰まってる。
お兄ちゃんの歩美を追う視線には仄暗い光が見える。
お兄ちゃんはもしかしたら、歩美を欲しがっているのかもしれない。
でも、こんなこと聞けない。
私はどうしたらいいんだろう。
モヤモヤが治らない。
そんな日が過ぎていく。
「詩織、どうしたの?」
「なんでもない」
「なんでもないことないだろ?
元気ないし、俺をみる目が険しいような気がする」
お兄ちゃんにそう言われて。
誰のせいだと思ってるのよ。
堪えていたものが溢れた。
感情が弾けた。
「お兄ちゃん、気づいてる?
最近、歩美のこと目で追ってるよね?
歩美が欲しいの?」
つい口走ってしまった。
「えっ?」
お兄ちゃんは驚いた顔をした。
無意識に歩美を目で追ってたの?
私に飽きたの?
そんな感情がぐるぐる回って、涙が溢れた。
「そんなふうに見えてたのか」
お兄ちゃんはそう言って私に手を伸ばした。
私は無意識にその手を避けた。
お兄ちゃんは行き場を失った手を握りしめて。
「本当にこれで良かったのか、考えてた」
えっ、どういうこと?
「歩美ちゃんには、もっと普通の人生を歩む道もあった
歩美ちゃんの希望だからって、受け入れたけど
本当にそれで良かったのかと気になってた」
しばらく沈黙の後。
「彼女が幸せそうなのか気になって、目で追っていたのかもしれない
ほら、以前言っていた、吉田くんだっけ?
彼と結ばれて幸せになる人生もあるんじゃないかって思うと」
お兄ちゃんが難しい顔でそう言った。
「それじゃ……」
私の子供みたいな体じゃお兄ちゃんを満足させてあげられてないんじゃないかって思ってしまった。
「歩美みたいな大人の女性を欲しがってるんじゃないかと思っちゃったんだよ〜」
私はお兄ちゃんの胸に顔を埋めてギャン泣きした。
「そんなわけないだろ?」
「理屈じゃないもん
気持ちはどうにもならないもん」
お兄ちゃんは私の頭を撫でてくれた。
いつもずるい。
「小さな詩織を気遣ってるつもりだったんだけど
詩織が不安になるなら、これからはもう我慢しないから覚悟してて」
お兄ちゃんは耳もとでそう言って耳たぶを甘噛みした。
「やん」
つい声が漏れた。
「詩織」
歩美がちょっと言いにくそうに声をかけてきた。
「どうしたの?」
「詩織とお兄さん、避妊してないよね」
歩美は言いにくそうに言った。
「ちょっ?なんで?」
「シーツとか下着とか洗濯してたらね……」
むちゃくちゃ恥ずかしい。
でも、
「うん」
私は頷いた。歩美だもんね。
「私ね、怪我しないだけじゃなくて、子どもも産めないの」
歩美に打ち明けた。
「そんな……」
歩美は両手で口元を覆った。
「あんなに愛し合ってるのに」
歩美の表情が曇る。
「それも、代償?」
「うん」
そう言って笑ったけど、笑顔にはならなかった。
歩美はそれ以上何も言わなかった。
歩美とそんな話をして数日。
私はつい考えてしまう。
私、お兄ちゃんの子どもを産みたいのかな?
中学生の時には全くイメージできなかったけど。
でも、どう考えても、子供を産めない事実は変わらない。
このところ、隠遁生活で時間を持て余しているから、余計なことを考えてしまうのかもしれない。
時間の有効な使い方を、お兄ちゃんと考えてみよう。
それより、そんなことを聞いてくるということは、歩美は何か思うところがあるのかもしれない。
「ねえ、歩美」
「なぁーに?」
「最近、吉田くんと連絡取ってる?」
「えっ?」
歩美はそんなこと聞かれるとは思ってなかったようだ。
「急にどうしたの?」
「いや、特に理由はないんだけど」
「うん、連絡取ってる」
「連絡取ってるだけ?」
「ううん、買い物に出た時、時々会ってる」
「そうなんだ
で、どうなの?」
「どうなのって……」歩美はもじもじしながら。
「実は、プロポーズされた」
歩美は恥ずかしそうに言った。
「でも私、詩織の侍女だし
住み込みだから……」
「そんなの、中学高校時代の志保みたいに通えばいいじゃん!
お兄ちゃんに話しようよ!
善は急げだよ!」
歩美の手を引いて皇帝の間に向かった。
「というわけなんだけど、お兄ちゃん
歩美、通いでいいよね?」
お兄ちゃんは嬉しそうに。
「歩美ちゃん、おめでとう
もしかして、言い出しにくかった?」
「はい、どう切り出したものかと」
「歩美ちゃんが幸せになるんだから、精一杯応援させてもらうよ」
お兄ちゃんはそう言って目を細めた。
歩美の結婚式はいわゆる普通の結婚式だった。
隠棲のため参列は叶わなかったが、個人の名前で祝電を打った。
結婚しても、仕事は続けてくれるというのでホッとしてる。




