第21話 婚姻の儀
「詩織、婚姻の儀を3月に執り行いたいんだが」
「それはいいけど、どうして3月?」
「詩織が中学を卒業するのを待って行いたい」
「高校じゃなくて?」
「そんなに待てない」
お兄ちゃんは真剣な顔でまっすぐ私の目を見てそう言った。
「うん、嬉しい」
「それで、婚姻の儀は互誓で行いたい」
「ごせい?」
「神前、仏前、人前のように第三者に対して誓いの言葉を述べるものは知ってる?」
「うん」
「互誓というのは、お互いが相手に誓う形式」
「なるほど」
「その誓詞は定型的なものもあるんだけど
今回はお互いに自分で考えた誓詞で誓いを立てることにしたいんだ
婚姻の儀を形式的なものじゃなく、本物にしたいから」
お兄ちゃんが、私との結婚を大切に思ってくれているのが伝わってきた。
「だから、婚姻の儀までに誓詞を考えておいて
その時まで、誓詞の内容はお互い秘密だよ」
「うん」
そんな会話をしたのが半年前。
もちろん、忘れてたわけじゃないよ。
でも、受験勉強が大変で、考える余裕がなかった、と言うと言い訳になっちゃうかな。
入学試験が終わって、お尻に火がついていることに気づいて、焦ってる。
私はお兄ちゃんに何を誓う?
陛下を支えます?
臣民に尽くします?
そんな儀礼的なことを言うために互誓にしたはずがない。
皇后の言葉としては正解なんだろうけど。
でも、お兄ちゃんはあの時
“形式的なものじゃなく、本物にしたい”
確かにそう言った。
私の本物。
永遠に愛します?
私はお兄ちゃんを愛してる。
でも、それは私の中で湧き上がる感情であって誓うようなことじゃない。
誓詞が決まらないうちに時間だけが過ぎていく。
私はどうしたいんだろう?
そうして、誓いの言葉が決まらないまま婚姻の儀の朝が来てしまった。
控え室で歩美が私の髪を整えてくれる。
といっても、伸びない髪、いつもの髪型。
だけど、歩美は丁寧に髪を整えてくれる。
「詩織の願いが叶う日だから、精一杯綺麗にしないとね」
歩美がそう言ってくれた。
願いが叶う日。
あの日、余命宣告を受けて、願ってしまった。
お兄ちゃんのお嫁さんになりたい。
それが私の願い。
その願いをお兄ちゃんが叶えてくれた。
だから。
私もお兄ちゃんの隣でお兄ちゃんを支えたい。
そうか、私のは願いなんだ。
「歩美、ありがとう」
「詩織様、お時間です」
宮内省の若い官僚が呼びにきた。
玉座の間の前では宰相閣下が待っている。
宰相閣下にエスコートされて。
音楽に迎えられ陛下が待つ玉座の間に進む。
陛下の前まで進むと宰相閣下の手を離れ陛下の隣へ。
宰相閣下が恭しく礼をして下がると。
「誓詞を」
司会者が告げた。
お兄ちゃんが深呼吸して。
「予は其方を支えたい
よって常に隣にあって寄り添いたい
それが予の願いであり誓いである」
言葉は形式的だけど。
それって。
「どうして……?」
「えっ?」
「どうしてお兄ちゃんが私の考えた言葉を?」
「これは俺が考えた言葉だから」
あっ…マズイ。
「私も……
私も、お兄ちゃんの隣にいて、いつもお兄ちゃんを支えたい。
それが私の願いであり誓いです」
それだけ言って涙が溢れた。
「お゛に゛い゛ち゛ゃーん゛」
我慢できずにお兄ちゃんの胸に縋りついて泣いた。
お兄ちゃんが私を抱き止めて頭を撫でてくれる。
同じ気持ち。
同じ願い。
あの日、お兄ちゃんと心がひとつになった日と同じ。
幸せの波に飲まれて何も考えられなくなった。
感情の波が去って、少し落ち着いて。
お兄ちゃんの顔を見上げると少し困った顔をしてる。
司会の人がオロオロしてる。
周りを見渡すと、参列者はみんな気持ちの置き場を無くしたような顔をして。
私と目が合うと、みんな恥ずかしそうに目をそらす。
部屋の片隅に控えていた歩美は泣いている。
志保はニヤニヤしてる。
やらかした!
気づいた時には遅かった。
「お兄ちゃん、私……」
「いいよ、ちゃんと本物になった」
お兄ちゃんはそう言って笑ってくれた。
婚礼の儀はそうしてうやむやのうちに終わってしまった。
「詩織、すごいことになってるよ」
志保がスマホの画面を見せてくる。
トレンド1位 #お兄ちゃーん
全国放送。
全世界配信。
泣きたい。
「でも、高評価だよ」
皇后陛下可愛い
皇后陛下尊い
お兄ちゃん優しい
お兄ちゃんイケメン
誰も皇帝陛下と書いてない。
お兄ちゃん。
私が思ってた以上に大きな“やらかし”だったのかも。
世界中に“お兄ちゃん”って叫んじゃった。
泣きたい。
その夜。
お兄ちゃんと一緒に過ごした。
お兄ちゃんは私を大切にしてくれた。
翌朝。
「おはよう」
「あっ、おはよう……」
歩美がなんだかよそよそしい。
「どうしたの、歩美?」
「なんでもない」
歩美は顔を赤くしてそっぽを向いた。
「何よ、へんなの」
その時、志保が入ってきて。
「言ってやったら?」
「何を?」
「聞こえてたよ
”おにいちゃーん、あぁ、おにいちゃーん”って」
うそ!?
私は顔から火を吹いた。
「志保、何もモノマネしなくても……」
歩美は困った顔でそう言った。
泣きたい。




