08
「何度もごめん……」
「いやそれはいいが……」
よく一人で来られたな。
今日はボディーガードのような存在の池内もいないから大西一人だ。
先輩もいないし、姉もいない、彼女からすれば味方どころか敵とまで言えてしまうかもしれない俺とよく二人きりになれたな、と。
「汗をかいているみたいだからとりあえず茶を飲んだ方がいい」
「うん」
結局、池内相手にはできても大西と一対一なら同じようにはできないということか。
これで切り替えられたとか考えていたのが恥ずかしい。
そもそもの話、深くまで思い出そうとしなくてもあの二度の接触の際、短時間で逃げようとしたようにしか見えない……。
「実はあの頃、平間にだけ言っていなかったことがあったの」
まあ、同性である池内には言えても異性の俺には言えないことだってあるだろうな。
「それは……」
「言いづらいことなら無理して言わなくてもいいぞ」
「ううん……あのね、平間には言っていなかったけどりさと付き合っていたの」
は……あ、ということは俺が最近した想像、妄想は間違っていなかったということか。
マジか、身近でそんなことがあるなんてな。
「だから平間からの告白を受け入れられなかったの」
「そうか」
はは、見た目や中身が整っている男子に負けるよりはマシだろうか。
だが、それならそうと言ってくれれば、そうすれば俺だって自分勝手に告白なんてしなかった。
「りさのお願いを聞いて動いたの」
「ああ」
あ、誤解してほしくないが元々仲良かった二人に俺からチャラ男みたいに近づいたわけではない。
俺が一人でいるところに近づいてきたのが彼女で、その後に池内も連れてきたのだ。
ただ、そこからは俺が勝手に勘違いして告白をしてしまったわけだから最初がどうのこうのはあんまり……というところ。
「これのこと、あの女の人にも教えてほしい」
「姉貴じゃなくて先輩か」
「うん」
えぇ……「勝手に勘違いして告白をして無様に振られました!」なんて言いたくないぞ。
でも、黙っておくとまた姉に話されて姉経由でりつの耳に入るかもしれない。
「仲良くできているの?」
「ああ、名前で呼ぶぐらいには」
「それならよかった」
大西がすごいのか、女子がすごいのか。
「え、そんなの興味ないよ」とか真顔で言われたらへこむが言っておくか。
もしそんな反応なら走り帰ってくればいい。
「ありがとう」
「おう、それじゃあな」
このまま先輩の家に……いきたくない。
夏休みに無駄にダメージを受けたくないからアプリで伝えることにした。
「なーにをやっとるんじゃ君は!」
そうしたらすぐにキャラが崩壊したところを見せてくれた形になる。
「いまどこっ!?」
「あーいまはなんとも言えない場所ですね」
「それじゃあ家に戻ってっ、すぐにいくから!」
どうせ会わなければならないのならこっちからいく、だから逆に待っているように言って歩き始めた。
こういうときはすぐに着いてしまうものだよなあ。
しかも、わざわざ家の前で待っておくという徹底ぶり。
「ふーっ……ふーっ……ひ、平間君」
「落ち着いてください」
「あんなのを聞くことになって落ち着いていられるかあ!」
りつ悪い、そんなに興奮できるようなことじゃないんだ。
寧ろ俺は悪だろ、気づけないとかやばいだろ。
この人がなんとかなにもなく乗り越えただけでこの前だってなにも分かってやれていなかったぐらいだしな……。
「ほら、言いづらいことじゃないですか」
「それはそうだけどっ、だからってえっと……」
「池内ですか?」
「そうっ、池内さんのことを考えて動けるのはいいけど平間君に酷いことを――ひ、平間君?」
「もうマジでこれで終わりにしてくれませんか?」
こっちのことを考えて言ってくれているはずのりつの言葉がグサグサ刺さっていく。
「あの、中いいですか?」
「えっ、か、顔色が凄く悪くなっているよ!? は、早く入って!」
この前も世話になった客間的な場所で寝転ばせてもらった。
そのまま目を閉じて普通に戻していく。
救いなのは自由にやってくれたあの二人に対してこちらも自由に――告白をした時点で駄目だが振られた後に暴れなかったことは大きかった。
もしあのとき暴れていたら……マジで自らを殺しているぐらいだったかもしれない。
「すみません、あといつもありがとうございます」
「うん」
「もう大丈夫なので座りますね」
「私も寝転びたい気分だったからいいよ」
いつだって助けられているのは俺の方か。
「せ、せい君」
「んーなんか姉貴がもう一人増えたみたいです」
「え、それだとなんか……やっぱりむつみさんには勝てないようになっているのか」
「そんなことはありませんよ、りつは姉貴とは別の支え方をしてくれますからね」
元気になったらちゃんと付き合わなければならない。
とはいえ、もう夏休みも終盤に入っているのでそんなに時間もないと。
はぁ、一人で弱って馬鹿みたいだ。
でも、それだけのことをしたわけだからこれぐらいでいいのかもしれなかった。
「それは知らなかったのか」
「うん。そうか、あのときから二人は付き合っていたんだね」
同性の志水が気づけていなかったぐらいか。
それでもだから仕方がないとは片付けづらい。
「ま、昔とは変わっていても同性が好きとは言いづらいよね」
「志水に勘違いされたくなかっただろうしな」
「同性の私に対してもそうなんだから平間はそんなに気にする必要ないでしょ」
「でもさ……」
「それに好きになって告白をするって普通でしょ」
まあ、どちらかが動かなければ変わっていかないことだ。
それで上手くいって色々なことを頑張ったからこそ俺達はいるわけだし、違うと否定するつもりもない。
「言いづらいだろうけどあんなことをすることになるぐらいなら平間に言っておいた方がよかったね。あの後、れなのことを悪く言う人を見たことがあったから」
「あー」
「彼女が好きなのは分かるけどりさの言うことを聞いて動いたれなも馬鹿だと思う」
「け、結構言うな」
「友達だからってなんでも擁護すればいいわけじゃないからね」
その点、りつはなんでも言ってくれるからいいか。
よくも悪くも我慢できる人ではない、だからこそ修正も楽で助かっている。
「今更だけど中学生のとき近づいておけばよかった、そうすれば平間のためにもう少しぐらいはなにかしてあげられたかもしれない」
「それで三人の仲が悪くなっても嫌だからな」
「裏はともかく表面上だけは上手くやってみせるよ」
うわあ……これも志水だからなのか、女子だからなのかよく分からないが怖いな。
隙を見せないからこそ見ているだけの俺らは騙されることになる。
「またなにかあったら教えてよ」
「あ、先輩のこと名前で呼ぶようになったぞ」
「抱きしめるとかは?」
やっと名前で呼び始めたぐらいなのになんでそういうことをしているように思えるのか。
自慢にならないが名前呼びの件だってりつが動いたからなんだぞ、そう言いたくなる。
「はあ……れな達と違って時間がかかりそうだね」
「そりゃあな」
本人がいいと言ったのでここで別れた。
今日は用事があってりつのところにはいけないから暇だ。
元々志水からは長時間いられないと教えられていたのに考えていなかった俺が悪い。
家でゆっくりしておくか……。
「平間」
「な、なんで正面から?」
「家に帰ってもやることないし、それなら平間といた方がいいかなって」
そ、そうか。
「あ、お姉さんってどこで働いているんだっけ?」
「近くの飲食店だ」
「それならいってみようよ」
まあ、腹も減っているから丁度いいか。
仕事の邪魔をしたくないから違う店員が担当してくれることを願いつつ歩いて。
「いらっしゃいませー」
いきなり遭遇してしまうなんてこともなかった。
席に案内してもらってメニューを見ていると「お姉さんいないね」と、そんなことよりも選んでくれと言っておいた。
「あ、もしかして厨房で働いているの?」
「細かく聞いたわけじゃないから分からないがそうかもな」
それならその方がいい。
もう来るかどうかも分からないからガッツリ食べておくことにした。
「なんだ、ここの制服可愛いから見たかったのになあ」
「だったら志水が――」
「さらね」
「一応聞いておくがこれまで隠していた理由は?」
「好感度の違いかな」
大して一緒にいなかったのに上がっているのは不味いだろ。
でも、隠しておくぐらいだからりつとはまた違うことが分かる。
こういうタイプは結構ガードが硬いものだ。
名前を知ることができても名字呼びを続けるので関係なかった。
あとはいまの俺の中には早く料理を! というそれしかない。
だから運ばれてきたらガツガツ食べたせいですぐに終わってしまった。
それでむせるなんてことはなかったが「もう少し落ち着いて食べなよ」と呆れたような顔をされながら注意されてしまった形になる。
「初めてだったが美味しかった」
「うん、またいってもいいかも」
「今度みんなでいくか」
食べることが大好き少女りつならここも気に入る――いや既に知っていてもしゃもしゃしながら「寧ろ知らなかったの?」とか聞いてきそうだった。
「れな、りさ、りつ先輩、お姉さん、私、平間?」
「いや、俺とりつと志水だな」
「えーせめてお姉さんを誘ってあげなよ」
意外と予定が合わないから仕方がない、姉とは別のときにいけばいい。
もっとも、「お昼ご飯が美味しいんだ!」とかにこにこしながら言っていたぐらいだし、ここの料理についてはもう知り尽くしてしまっているかもしれないが。
「会計を済ませて帰るか」
「お、平間が奢ってくれるの?」
「違う、まとめて払うだけだ」
「はは、特別なのはりつ先輩だけか」
いやりつにもジュースぐらいしか買ったことがないので変な勘違いをしないでほしい。
そこまで差を作っているつもりはないが傍から見てできてしまっているのなら――いやそれでも気にならなかった。
「もう夏休み最終日かー」
「早かったですね」
去年までなら学校が好きではないくせに最終日になったら少しほっとしていた。
いきたくないのにいきたいという矛盾めいた思考をしてしまうぐらいにはなにもなさすぎたのだ。
でも、今年はほとんどこの人が付き合ってくれたからあっという間だった。
あ、大西と池内の二人に会ってしっかり話し合うことができたのも影響しているか。
「んー最後だからまた海にでもいかない?」
「いいですよ」
「今日は水着姿にはなってあげないけどね。でも、せい君がどうしてもと言うなら――」
「いきましょう」
もうどこかにいくときはどっちかが片方の腕を掴んでいることが当たり前になった。
これは水分補給を忘れていそうなりつ相手にはすぐに確かめられるからいいことだ。
とはいえ、どうせなら引っ張ってもらっているぐらいがいいのかもしれない。
というのも、この人はこうなるとあまり話さなくなるからだ。
「りつ――」
「手、でよくない?」
「あ、はい」
手に変えてみたら「ずっと気になっていたんだよね」と口にしてへにゃっとした笑みを浮かべた。
それからというもの、なにかいいことがあったかのように明るくなってくれたからそれはよかった。
「着いたー」
「まだまだ暑いですね」
「だねっ」
陰になっている場所で座ってからもずっと手は繋がったままだ。
汗が止まらない状態だから気になる。
「なんかこの前とほとんど変わらないのに寂しく感じないんだよね」
「それこそ来ている人は少ないですが」
最終日だから遊ぶ、最終日だからこそ家でゆっくりする、その二つなら後者の方が多いと思う。
気温だって下がるどころか維持されているぐらいだし、わざわざ疲れたくないという気持ちもよく分かる。
今回だってりつが家に来て「海にいこう」と言わなければこうはなっていない。
「だから今回もせい君のおかげってことか」
「気に入ってくれているのは嬉しいですがなんでもいい方に考えるのは危険かと」
「でも、事実せい君がこうしていてくれるからでしょ?」
「りつがいてくれているおかげです」
「それだとなんか変な感じになっちゃうよ」
いやそれはあくまで俺にとってだ。
いきなり感情的になることもなくなっている、これまではりつなりに不安だったということなのだろうか。
志水の言うように好感度の違いということなら、仲良くなれているのならそれは嬉しいと言える。
「水着、持ってくればよかった」
「九月前半ならまだこのままでしょうし、付き合いますよ」
許容量を超えなければしっかり汗をかいておくのは大事だ。
あと地味に運動になるからそういうところでもここは悪くない。
俺の家とりつの家までの距離を歩いてもそれだけでは足りないのだ。
「海で遊べるからじゃなくて水着姿ならせい君が見てくれるかなって。だっていつも一瞬だけだもん」
「男子でも女子でも顔を見ながら話すのは得意じゃないんですよ」
「うん、他の女の子をじろじろ見たりしていないのはいいけどさ……」
両親や姉貴でも変わらないから無駄に不安になる必要はない。
というか、りつがじっと見てくるからこそさっと逸らしたく気持ちが強くなる。
「って、あはは、これだとなんかせい君のことが気になっているみたいだね」
「違う意味ではそうなんじゃないですか」
俺のしていることが気になってこうしてぶつけてきているわけだから。
「違う意味でじゃないから」
「はい」
だ、黙ってくれるな。
一瞬でどう答えればいいのかなんて出てこなくてはいと返事をするしかなかった。




