07
「平間君早く!」
「そう急がなくても祭りはなくなったりしませんよ」
「早く食べ物を確保してゆっくりしたいからだよ!」
今日に限って言えば姉が大人しくしてくれて助かっていた。
そうでもなければ疲れて会場入りする前にやられるか、会場入りしてからすぐにやられていたと思う。
「姉貴、ちゃんと付いてきてくれよ?」
「掴んでいてもいい?」
「おう、はぐれることになるよりはよっぽどいいからな」
昔なら先輩のようにテンションを上げていたのに意外だ。
でも、そこに触れるのは後でいいからとにかく先輩を追っていく。
ある程度コントロールしてやらないとあの人は駄目だ。
「あ、最近は付き合いが悪い横田さんがいましたよ」
「本当だ」
先輩が教室で一緒に話していた人達だ。
「え、えーそんなことはないと思うけどなー」
「あの男の子とばかり一緒にいて距離を作っている横田さんがなにを言っても意味がないよね」
「か、勝手に見るのは駄目じゃない?」
「だって学校でも外でも楽しそうだから仕方がない」
んーこの人のことだから友達と見て回る――ともならなそうだ。
だってちゃんと優先すると言っておきながら一回も守っていなかったから。
そのせいで俺の中で色々と変わってしまったぐらいだし、ここで離脱はしてほしくない。
「先輩」
「お、おお、目の前に立たれると圧が……」
「た、確かに。それにいまにも食べられそうな感じがして……」
結局、すぐに「そ、それじゃあまた今度ね!」と残してここから去った。
俺に腕を掴まれた先輩はそのままこちらを向いて「平間君は別に普通なのにね」と言って少し困ったような顔をしていた。
「はっ!? それより食べ物だよ食べ物!」
「はは、そうですね」
一緒の列に仲良く並んでいても効率が悪いだけだから一旦は別れることにした。
何故か姉だけはそのままだったからあまり変わらないと言えば変わらなかった。
「多分だけどりつちゃん、寝られていないね」
「え、だからこそのハイテンションなのか?」
「私も一度経験したことがあるから分かるんだよ」
つかこうも人が多いときにそれだと不味いだろ、効率とか意識しないで一緒にいるべきだったか。
「平間君戦果はどう!?」
こうして元気でいてくれるのはいいが……。
「少し落ち着いてください」
「でも、なんか上手くコントロールできなくてね!」
「先輩、昨日は何時に寝ましたか?」
「昨日……というか、今日の三時ぐらいにやっと寝られたんだよ」
「はぁ……なんでそういうことを先に言わないんですか」
しかもそれでいてこの人、普通に八時頃に俺らの家に来ていたぐらいだからな。
朝からずっとこんなんだったし、十四時ぐらいに寝るようなことにならなかったのが奇跡みたいだ。
「だ、だって次の日になればお祭り! という状態だったんだよ……?」
「それで弱ることになったら楽しめないまま終わっていたんですよ。とりあえず、向こうで休んでいてください、食べ物なら俺らで買ってきますから」
「わ、分かった」
祭りぐらいではしゃぎすぎだ、とまで考えてあの人は三年生だから仕方がない部分もあるかと片付けた。
まあ、細かいことはなんでもいいからさっさと買ってきてしまおう。
もう花火の時間までは動かなくていいぐらいにしておかないと人の多さに今度はこちらがやられてしまう。
「よく分かったな」
「だって目の下にクマができていたから、逆にせい君は分からなかったの?」
うっ、これだと見ているようで全く見ていないみたいになってしまう。
いやまあ、女子の、というか人の顔をじろじろ見るような趣味はないから間違っていないか。
だが、こういうことに関しては見ていなかったことがトラブルに繋がっていたかもしれないから怖いと。
「買えたな、これだけ先輩の胃袋でも十分満足できるだろ」
「足りなかったら私がまた買いにいくから大丈夫だよ」
「姉貴にだけ任せたりしないよ。戻るか」
大して広い会場でもないがゆっくりできる場所があってよかった。
先輩もある程度は分かりやすいところにいてくれたから探し回る羽目にはならなかった。
「も、申し訳ない……」
「いいから食べてください」
俺も腹が減ったから少し食べよう。
しかしなんだ、普段はスーパーなんかで弁当を見にいっても五百円近くで少し高いなと感じてやめているぐらいのになんで祭りだと平気で買ってしまうのか。
匂いと賑やかな音にやられてしまっているのだろうか。
「先輩が友達と一緒にいかなくてよかったですよ」
「誘われていたんだけど平間君との約束があったからね」
実際はあそこで先輩が離脱することを選んでも姉と回って帰るだけだったが。
正直なところを全て吐くことがなんでもいい方に繋がるというわけではないのでこれでいいと思う。
「りつちゃん、食べ終えたら膝を貸してあげるよ、それで少し休んだらどうかな?」
「いいんですか!? それならいまからお願いします!」
「だから敬語はやめてって言ったでしょ?」
「……た、頼らせてもらいながら食べるから」
「はは、それは体的に悪そうだからちゃんと食べてからね?」
今更ながらに先輩みたいに楽しみすぎて寝られないなんてことにならなくてよかった。
いや本当に自分の行動次第で何度でもぐわー! となれるようになっているので気を付けなければならなかった。
なんで姉貴が寝ているんだよ……。
寝る前に聞いたら「二十二時に寝て朝の七時まではゆっくり寝られたよ?」とか言っていたくせにこれだ。
先輩は落ち着いてからも普通に元気よさそうに歩いている、胃袋といい、いい意味化け物みたいなところがあるのかもしれない。
「なんか物足りないなあ」
「姉貴を家まで運んでからどこかにいくのもいいですよ」
「なにか作らせてもらう……のは不味いよね――よしっ、それでいこう!」
なかなかにヘビーな姉を背負って歩いているよりは遥かにいい。
あともう少しぐらいなら食べることにも付き合えるから今度こそ満足してもらえるはず――だったのだが。
「せ、先輩……?」
「食事のことで物足りないわけじゃなかったんだよ」
二人だけになって割とすぐのところで壁に押し付けられていた。
と、とりあえずは他人の家の壁なのでここからは離れることにする。
「寧ろあれでまだ食べ足りないみたいに思っていたの?」
「そりゃあまあ……先輩は沢山食べられますからね」
「平間君とむつみさんがいっぱい買ってきてくれていたから十分だったよ。でも、それだけだったよね、ただお祭りを楽しめただけだった」
「じゅ、十分だと思いますが」
一度も嫌な空気になることもなく終われたのならそれでいいはずだ。
「私は女で平間君は男の子なんだよ?」
「そ、そうですね」
見た目は滅茶苦茶男だし、内側だって滅茶苦茶男だ。
仮に俺が「心は女子なんです!」と言っても絶対に信じてもらえない。
「普通さ、ここまで一緒にいればこう……相手の子に対しての感情が変わってきたりするよね?」
「俺は先輩に一緒にいてもらいたいですよ、もう先輩なしだと無理です」
最初はあれだったのによくここまで変わったなあ。
先輩ともっとゆっくりにやる人だったら変化するまでの時間もゆっくりになっていて先に先輩の卒業を迎えていたかもしれない。
「ぐは……」
「先輩に出会う前までに全てとは言えなくても切り替えられていてよかったです。あの件をきっかけに全ての女子相手に警戒をして過ごすなんて最悪でしたからね」
ただ、ふとしたときにこれでいいのかと考えてしまうときもあった。
でも、大西や池内相手にまた頑張ろうとする自分は結局出てこなくて、考えるだけで終わってしまう繰り返しだった。
「さ、最初は私のこと、警戒していたような……」
「あれは大西達との件がなくてもみんなそうなるんじゃないですか? だっていきなりすぎましたから。でも、先輩は最初からいい人でした、だから俺は先輩と一緒にいたいんですよ」
「ま、待って……れ、連続攻撃はちょっと耐えられないよ」
「分かりました」
連続攻撃なら先輩の方が得意だと思うが。
先輩が積極的に動ける人ではなかったら多分こうはなっていない。
「これからどうします?」
「今日は帰りたくない」
「泊まるのは構いませんがどちらにしろ先輩の家に――なんですか?」
もう少しで鼻に指先がついてしまうぐらいには近かった。
いまは食べ物を食べて油なんかも出ていそうだからもう少しぐらい離しておいた方がいい。
「それ、そろそろ変えてほしい。り、りつでいいでしょ? ――あっ、もし恥ずかしいならりつたんでもいいから!」
「その方が恥ずかしいからやめておきます。りつ先輩、これでいいですよね?」
「呼び捨てでいいと思うけど……?」
「ならりつで、これなら先輩と呼ぶのとほとんど変わりませんからね」
疑われてしまう前に母の前でこのやり取りをしたかったかなと。
とはいえ、余裕がなさそうなりつが同じようにできるとは思えないから重ねていくしかない。
「さ、りつは着替えを取りにいかないと」
「ひ、平間君が泊まってくれればいいと思うけど!」
「それならそれでいいですよ、風呂に入りたいので少し待ってもらう必要がありますが」
頷いてくれたからさっさと済ませて移動するか。
なのにまた前みたいに掴まれていて移動しづらかった。
帰りたいのか帰りたくないのかがよく分からなかった。
「……朝、じゃなさそうだな」
慣れない場所にいるからなのか中途半端な時間に起きてしまったようだ。
スマホで確認してみると四時二十一分、マジか……。
もちろん、同じ部屋では寝ていないからりつはここにはいない。
自由に移動できるわけでもないし、寝られそうにもない、これは詰みではないだろうか。
「ん……」
「は?」
朝から元気な腹の音とかだったらよかったのだが……。
「なんでこの人ここで寝ているんだよ……」
マジで一緒の部屋で寝たとかそういうことではないのだ。
寧ろりつの方から「あっ、お、同じお部屋で寝たりはしないからね!?」と違う意味で興奮していたぐらいなのにアホなのかもしれない。
「ほい」
「いったー!?」
大袈裟すぎる、少し額に攻撃を仕掛けただけだ。
「なんでここで寝ているんですか」
「だ、だって離れちゃったら泊まってもらった意味がないでしょ……?」
「りつの方から一緒に寝るとかありえない的なことを言ってきていたじゃないですか」
「平間君、人間、少しの間に考えが百八十度変わることだってあるんだよ」
朝から疲れた、腹も減ったからもう帰るか。
りつが馬鹿とつけたくなるほどの力を持っていようがいまなら余裕だろう。
「ふっふっふ、こうして一緒にいるところの写真を撮ってあるんですよ、帰ったらどうなるのか、それが分からない平間君じゃないよね?」
「それはどうでもいいですが腹が減ったんですよ、なにかあったりします?」
「あ、それならいまからコンビニにいかない? 一回ぐらいはやってみたかったんだよね」
「昨日から悪りつになってしまったんですね、お母さんとかが悲しみますよ」
家に帰れば無駄に金を使うこともなく食べ物を食べられるのにいちいちコンビニなんかで買ったりはしない。
スマホをこちらに見せたまま自慢気な表情でいたから連れていってしまうことにした。
この状態では寝ることもできないし、盛り上がることもできないから仕方がない。
「ま、まさかお持ち帰りされちゃうとはね」
「たまにはなにか作ってあげますよ」
「それなら目玉焼きが食べたい!」
はは、りつなんてなにか食べさせておけば簡単なのだ。
つまり、他の男子にされていてもこうなっていたわけで……。
途端に冷静になってしまってまたいいのか……? と考えてしまった。
「お母さん起きているかな?」
「あ、俺の母さんなら起きているでしょうね」
いや違う、いつもより少し早いが起きていてほしかった。
姉でも父でもいい、誰でもいいからいてくれればこの人も安心できるはずだから。
「ただいま」
「お邪魔しま――」
「おかえり」
いや、起きてくれているのはいいがいちいち玄関まで来なくても……。
ほら、りつが固まってしまった。
「りつ」
「はっ!? お、おはようございます」
「うん、おはよう。それよりせいに名前で呼ぶことを許可したんだね」
「は、はい、そろそろいいかなーと思いまして」
「りつちゃんもせいのこと名前で呼んでいるの?」
母は少し待ってから「また固まっちゃった」と。
だがこの母、昨日俺が「先輩の家に泊まってくる」と言ったときに「本当なの?」といつもの感じを披露してくれたぐらいだ。
だからここにいたのはそれも関わっているのかもしれない。
「そうだ、昨日も言ったけどお祭りの食べ物、ありがとね」
「おう」
「ちゃんとお金を払うから心配しないで」
「いやいいよ。リビングにいこうぜ」
「そうだね」
固まっているりつの腕を掴んでまた移動した。
やたらと体温が高かったので少し心配になったがすぐに復活して母と盛り上がっていたからすぐに安心できたのだった。




