05
「せい、りつちゃんを怒らせたって本当?」
あれは……なんて答えればいいのか。
怒らせた、先輩が勝手に怒った?
でも、そんなことを言おうものならこの母も怒ってきそうだからやめておく。
「まあ、たまには衝突することもあるだろうけど仲良くね」
「ああ、今日も集まる約束をしているんだ」
「いいことだね」
「まあ、そうかもな」
今日はどこかにいったりはせずに課題をやるために集まる約束になっている。
母が休みで家にいてくれるはずだから先輩としても安心できるだろう。
仮にここで不満が溜まったとしてもそれはまた今度、二人きりにときに吐いてもらえばいい。
どこだろうと言うときは言う人だと分かったので溜め込むなんてこともないはずだ。
「お、りつちゃんかな?」
「出てくる」
玄関にいって扉を開けると「おはよう!」と元気な先輩が。
「ちょっと早いかなとは思ったんだけど我慢できなくてね」
「別に何時からでも構いませんよ」
「え、それなら五時とかでも……?」
「その場合はきちんと連絡してからにしてください」
結局は俺が反応できるかどうかだ。
俺らの両親はなにも早い時間に出て、遅い時間まで働いていくるというわけではない。
あくまで普通――あ、でも、母なら五時には起きているか。
朝もゆっくりしたいタイプのようで早めに家事が終わっていないと不安になるらしいからそれが先輩にとっては助かるかもしれない?
「おはようりつちゃん」
「あっ、おはようございます!」
……いいことだがこの前と全然態度が違うぞ……。
「むつみが家に戻ってきてからお菓子を常備するようになったの、だからりつちゃんも遠慮しないで食べてね」
「ありがとうございます!」
「じゃ、お母さんは部屋にいるからね」
「おう」
なんか悪いことをしてしまった気分になる。
でも、この先輩を部屋に入れたくないしな……。
「私はもう君のお母さんが大好きだ!」
「そうですか」
「君はどうなの?」
「まあ、普通ですね」
好きでもここで「好きですよ」なんて言うことはできない。
あと、母が聞いていたとしたら「嘘でしょ」となるに決まっているから。
「贅沢者だなあ……」
「いいから課題をやりましょう」
っと、その前に飲み物ぐらいは出しておかないとな。
机が広くて助かった、距離が近いと集中できなくなる。
「タダで休ませてくれればいいのにね」
「そうですね」
好きではない学校にいかなくていいから俺的には楽だ、だったらこれぐらいはやってやるよという気分になる。
大学にいくつもりはないからこの高校三年間が最後の学生生活になるものの、どんなに変えようとしても好きにはなれなさそうだ。
「そうだ、平間君って貝は食べられる?」
「食べられます」
「だったら終わったら私の家に来てよ、お父さんが結構貰ってきて悪くなる前に食べきれそうにないから手伝ってほしいんだ」
「分かりました」
食べたことがない貝もあるがまあ……どの貝も大丈夫だろう。
無理そうなら持って帰らせてもらえばいい、そうすれば嫌いな物がなにもない母が食べてくれる。
「むむ、持ってくればよかったのか」
「その方が先輩は楽でしたね」
「あーそれは平間君が私の家までいくのが面倒くさいだけでしょ」
「結局、先輩を家まで送らないといけませんからね」
見返りなしで動けるようないい人間ではないからなにか貰えるのはありがたい。
「さ、最初から送るつもりだったの……?」
「こうして家に来てもらっていますからね」
もっとも、必ずしていたわけではないから中途半端か。
俺にとっても先輩にとっても当たり前ならこんなことは聞かれていない。
「ま、全く集中できていないねっ、一時間ぐらいは頑張ろう!」
「はい」
それからは静かな時間が続いた。
下手をしたら自分だけがここにいて課題をやっているかのような感じすらする。
でも、少し意識を向けてみれば先輩も一生懸命に課題をやっているわけだからただの想像でしかない。
そういやあの二人ともこうしてよくやっていたなと急にふと思った。
俺が好きだった女子は運動はともかく勉強については強くて、分からないところがあったら俺らが聞くみたいな繰り返しだった。
もう一人の方はその逆で運動能力が高くてよく勝負を――集中しよう。
「んー……はあ……もう駄目だあ」
「四十五分ぐらいは時間が経過しましたね」
「なんかやる気が出ないんだよねー」
まあ、勉強があまり好きではない人だっているだろう。
人も好き、学校も好き、勉強好きなんて明るい人ばかりではない。
「あのさ、やっぱりこれが終わったら海にいかない?」
「それならそれでいいですよ」
「水着も……あるからさ」
「自由にしてくれればいいです」
女子の体をじろじろ見て楽しむような趣味はなかった。
いちいち出していくのはなにがしたいのかよく分からないが誘われたら付き合うだけだった。
「平間くーん!」
いや……季節を考えるべきだったか。
これまで歩くことになったせいで日陰にいるのに滅茶苦茶暑い。
汗が止まらない、水分補給を怠れば普通に倒れることができるぐらいの気温だ。
だというのにあの人は無敵か? 元気すぎるだろ……。
「ふふん、どうよどうよっ?」
「暑くて死にそうです……」
「ええ!? 私を見てその感想なの!?」
先輩は俺に変態だなんだと言っていたが喜々として見せつけてきていて先輩の方が変態に見えた。
とにかくシンプルなやつだ、色は赤色だがまあどれでも変わらないと思う。
「まあ、平間君が素直に褒めてくれるとは思っていなかったからほとんど想像通りだからよしっ。あと、志水ちゃんを誘わなかったのは高評価だね」
「なんでですか? 先輩なら『みんなと仲良くするべきだよ』とか言いそうなのに」
「だって二人だけで楽しそうにするからね、相手がむつみさんの場合はもっと顕著だよ!」
志水はともかく姉と集まりたいのか、そうではないのか分かりにくいなこの人。
というか、俺が志水とか姉とだけ楽しそうにしていたときなんかあったか……?
基本的には女子組で盛り上がっていてそこにたまに加わるぐらいだと思うが。
「だから今日中に――って、どこをマジマジと見ているの!」
「え、先輩の顔ですかね」
「む、胸を見ていたでしょ! ふ、ふふんっ、やっぱりなんだかんだ言って女の子の胸が気になっちゃうんでしょっ?」
「え」
アニメや漫画みたいなことはないのだ。
実は脱いでみたら巨乳でした、なんてこともなくてただ制服越しからでも分かるように小さいだけ。
身長も大きくなっているわけでもないし、普段むしゃむしゃ食べることで得ているはずの栄養達はどこにいってしまっているのか。
ただそのまま排泄されているだけ……? それならなんか自分のことでもないのに悲しいな。
「俺も少し入るかな」
「話を変えようとするなー!」
鍛えているわけではないから少し気になるがこのまま服を着ていると汗が染み込みそうで嫌だった。
太っているわけではないので堂々としておけばいいか。
「ちょっ、い、いきなりなにっ!?」
「先輩の真似ですよ」
こんなところでぎゃーぎゃー叫んでいても疲れるだけだ。
固まっている先輩の腕を掴んで水に近づく。
「遊泳禁止でも、他市からでも人が集まってくるような場所じゃなくてよかったですね。そうでもなければこうして二人でゆっくりすることもできませんよ」
「でも、少し寂しいかも」
「そうですか? 別に俺ら以外来ている人間がゼロというわけでもありませんからね」
そもそもいようがいまいが関わらないで終わっていく人間達ばかりだ、学校とかで過ごすのとはまた違ってくる。
「だから……平間君がいてくれてよかった」
「他から誘われていないんですか?」
「あー……誘われていたんだけど断って……というか」
「えっと、それでも今日来たってことは俺といたいということですよね?」
姉は日曜も普通に働かなければならない会社で働いているから今回はそうとしか考えられなかった。
でも、正直かなりの発言だよなこれ……消えたくなるから何回も重ねることはできない。
「だ、だって、むつみさんがいない日に来ているんだからそれしかないでしょ?」
「じゃあ俺ならマジでいつでも相手をさせてもらうのでちゃんとその人達と遊んでから来てください」
「た、確かにちゃんとした方がいいか」
「はい、夏休みが終わった後もその人達と友達でいたいならそうですよ」
その間は暇になるだろうから家事とか課題でもしておくか。
母がいる日はなにか手伝ったり、肩を揉んでやったりすればいい。
あ、こういうときに父のことを出さないのは素直に受け取らないからなのと、単に俺が少しやりづらいからなのもあった。
「落ち着くね」
「そうですね」
ここから見える距離に土地があるのにそこにいくまでかなりの時間がかかるのも面白い。
大型の船なんかが見えると一回も乗ったことがないからどんな感じなのかと想像してみることもある。
「今日、ここに来てよかったよ」
「はい」
などというのは少しの時間だけで……。
俺としては夏にここに来るのは今回だけにしておきたいぐらいには暑いだけだった。
「こんにちは」
「お、おう」
あのすぐに名前で呼び始める母が敢えて「友達が来ているよ」と言っていた理由が分かった気がする。
「変わらないね」
「ふぅ、そっちもな」
おいおい、普通に対応できないと駄目だぞここは。
志水や先輩の前であんなことを言っておきながらビクビクするのは不味い。
そもそもそれだと切り替えられていなかったということになるからな。
「れなは元気だよ」
「そうか、それが一番だな」
大西れな、それが俺の好きだった女子の名前だ。
彼女は大西の友達の池内りさ、なにもしてこなかったが一緒に消えたからなんとも言えない感じだ。
「むつみさんは元気?」
「ああ、ここでまた暮らすようになった」
「そうなんだ」
これは終わる前もそうだったものの、あまり会話が続かないのもそのままのようだ。
だというのに二人きりの時間も多かったのがいまにして思えば謎だった。
「志水さんから色々と話を聞いた」
まあ、言わないでくれとか頼んだわけでもないしな。
話されても「あんの志水っ!」とはならない。
「これぐらいの身長の先輩と一緒にいるんだよね」
「ああ」
「トラウマになって女の子を拒絶しているとかじゃなくてよかったよ」
うーん、あの頃は正直……。
ここで「そうだな」と答えてしまったら嘘になってしまうので黙ることになった。
「あ、今日来たのはれなが理由、久しぶりに会いたいんだって」
「確かに久しぶりだな」
受験生だった三年生のときは一年丸々話してなかったわけだから本当に久しぶりだ。
いや待て、中学二年の途中からだからほぼ二年ぐらいか経過しているのか。
「今日大丈夫?」
「まあ、見ての通りだ」
いくか。
志水みたいな感じにはならないだろうから楽なはずだった。
「ひ、久しぶりっ」
「おう」
前よりも魅力的になったような感じがする。
プラスから更にプラスへってのがこうして身近で起こるとはな。
ではない、なんで池内に会ったときよりも内が普通なんだよ……。
「元気……そうだね」
「そっちもな」
んー普通すぎて気持ちが悪いな。
これならまだいきなり罵倒されて「このやろう!」となった方が遥かにマシだった。
結局は他で溜まったストレスを発散できるような事があってほしかったということなのだろうか?
だが、もしそうなら自分のことを棚に上げてどうにもならない怒りから彼女達だけを責めようとしたわけだからマジで格好悪いよな。
これまた救いなのはアレ以降は一切一緒にいることはなかったということだ。
「り、りさ」
「うん。平間、実は少し試していたところもあるの」
「そうなのか?」
「私達と普通に顔を合わせられるのかどうかを」
「まあ、こんな感じだな」
やべえ、なにも出てこなくて本当に。
いやそれはちゃんと切り替えられていたということでいいことなのにおかしいだろと自分にツッコミを入れたくなるぐらいには変だ。
「合格」
「お、おう」
合格だやったー! と喜んでおけばいいのか?
池内はすごいな、俺なら相手の家になんていけないぞ。
「……違う、ごめんなさい」
「もういいだろそんなの」
「違うの、全部私が悪いの」
「り、りさ……」
だからあのときは知ることができていなかっただけで池内も極端系女子だったということか……? 全部とはまた思い切った発言だが。
「私がれなに……」
「と言っているが」
「ち、違うよ平間、あのときは平間も知っているように私が勝手に!」
なんか途端に面倒くさくなってきた。
なので最近はよく持ち歩いている飴を渡して終わりにした。
ちゃんと逃げずに大西にも会った、なにも出てこなかったが多分俺は今度こそ本当に前に進むことができたのだ。
「じゃあな」
飴……なんで二つしか持ってきていなかったのか……。
そのことについて後悔しているだけでそれ以上の感情はなにもなかった。




