03
「せい君せい君」
「なんだ?」
「あっちで一人でいたときに習得した技を見せてあげるね」
姉が手に持っているのはリンゴ、リンゴか……。
姉まで怪力になってしまったら手に負えないのでもっと平和な感じにしてほしい。
いい意味で予想を裏切ってほしかった。
「こうして――するするするーってねー」
「上手いな」
「うん、フルーツの中ではリンゴが一番好きで毎日剥いて持っていっていたの、握りつぶせるような握力がなくてごめんね?」
「いや、姉貴はそれでいいよ」
この二人似ているぞ! と盛り上がるターンは終わった。
いまはとにかく違う部分を見せてもらいたいぐらいだ。
「はい、ウサギさんだよ」
「貰うわ」
リンゴなんて食べたのは久しぶりだな、こういうのも悪くない。
「時間があるなら久しぶりにせい君とお出かけしたいな」
「あんまり金を使わないで済むならいいぞ」
「それなら映画を観にいこう」
十数分後、俺達は駅近くの商業施設の中にいた。
ここには多種多様の店があり、少し歩けばなんでも楽しめるのは悪くない。
だが、観たい映画の内容が恋愛物だと分かると逃げたくなった。
「あー俺はあの映画を観ていてもいいか?」
「駄目だよ、それならせい君と来た意味がないでしょ?」
なにが悲しくて姉と恋愛映画を観なければならないのか。
食べ物や飲み物は買わない派だからすぐに移動することができたが……。
開店したばかりだというのに沢山の人がいるのも微妙だった。
先輩も誘っておけば――いや、それならそれで女子二人になって逆らえなくなるか。
まあいい、黙って大人しくしておこう。
大体、こんなの目を閉じていればあっという間に終わる。
「せい君せい君」
スルーだスルー。
そんなことを繰り返してなんとか乗り越えた。
こちらにばかり話しかけてきていて「なんのために来たんだ?」と聞きたくなるぐらいには姉も集中できていなかった。
「ぶぅ」
ぐすぐすされるよりはいいか。
腹が減ったのでむくれたままの姉の腕を掴んで出る。
当然、あそこが混んでいればこっちも混んでいるということでうへぇとなった。
マジで先輩と出会ったり、こうして姉が帰ってくるまでは出かけたりしていなかったからな。
学生なのに家事を担当しているとか偉い人間でもないし……なんかもう帰りたくなってきたな。
「姉貴、うどんでも食べるか?」
「ラーメンがいい」
「そうか、なら並ぶか」
重くないといいが。
紹介画像だけで判断すればあっさりしていそうだから大丈夫か。
もしアレなら姉にあげてしまえばいい。
というのも、俺の倍は食べておきながら「物足りないかな」なんて言う人だからだ。
順番がきたら注文を済ませて席を――割とすぐに確保することができた。
「あっちでは友達とかいたのか?」
「遊びにいけるような人はいなかったよ」
「珍しいな、姉貴ならすぐに踏み込んで仲良くやれただろ」
「せい君のあの話を聞いてから怖くなっちゃってね。でも、職場の人とは仲良くできていたから大丈夫だよ」
でも、もう潰れて一緒にはいられない、他県でのことだからもう会えるのかどうかも分からないわけで。
「ま、なにかがあったら言ってくれ。俺らは家族だろ、家族相手に怖がる必要はないんだ」
「うん」
鳴ったか、いくか。
結果、ふっっつうのラーメンだった。
ただ、そのせいでどこか物足りない。
「うーん……チャーハンも頼めばよかったかな」
「食べたいなら食べればいい、ちゃんと合わせる」
「いってくるっ」
少し物足りないところでやめておこう。
姉みたいに追加することはできるが腹的にも財布的にも優しくない。
人間関係と同じようなものだ、欲張りすぎると駄目になる。
どうすればそういう意味で好きになれるのか分からない、とかなんとか言えてしまう人間だったらよかったのに。
好きになってしまったせいであんなことになった。
余裕がなくて、心配してくれている姉に冷たくしてしまったぐらいだ。
「ただいま」
「おいおい、チャーハン単体じゃなかったのか?」
「このラーメンセットが美味しそうに見えてつい……」
だったら最初からそれを頼んでおけよ……。
「美味しそうだな」
「少しならあげるよ?」
「いやいい」
高校が違うのが救いか。
もっとも、姉みたいに他県にいるとかでもないからこういうところで遭遇する可能性は普通にある。
なので、これを食べたら姉には悪いが離れたいところだった。
他のところで付き合えば「ぶぅ」とまたむくれられてしまうこともないだろう。
「あ、りつちゃんだ」
一人……いや、席を確保させている代わりに行動しているだけだよな。
教室では普通に仲良さそうに友達らしき人と話していたし、きっと今日も集まっている。
なんとなく注文から料理を受け取るまで見てしまったのが問題だった。
「一人で来ているみたいだね?」
マジかよ……。
「誘ってみよっか」
「姉貴だけでいってくれ」
ここで一人で楽しもうとするなんてメンタルが強いな先輩は。
俺には絶対に真似できないことだった。
「や、やあ」
「なんで友達と来ていないんですか」
「あー今日はみんな予定があってね――友達がゼロじゃないのは平間君も分かっているよね……?」
できないことだが一人でいるところは女子版の俺だった。
だから見ていられなかった、姉の中にもそういうのがあったのかもしれない。
「そ、それはそうとむつみさんと二人でお出かけなんて仲良しじゃないか」
「初めてというわけじゃないですからね」
「ズルい」
「じゃあ先輩も参加すればいいじゃないですか。もっとも、ここからは離れるつもりでいますがね」
「それでいいから一緒にいたい!」
な、なにもそんなに必死にならなくても……。
嫌だと断っているわけではないのだから無駄に体力を消費することになるだけだ。
「あ、急いで食べるから」
「ゆっくりでいいですよ」
「そ、そうなの? じゃあ……」
テーブルが一つでも椅子は多くあってよかった。
座って頬杖をついて違うところを見ていると何故か脇腹を攻撃されて意識を向ける。
姉は多分俺にだけ聞こえる声で「話しかけてよかったね」と、まあ先輩からすればそうかもしれない。
姉もすぐに働き出して一緒にいられる時間というのはどうしたって減るからな。
一緒にいたいと言ってくれればまあ普通に連れていくが。
「ごちそうさまでした!」
「はぁ……ゆっくりでいいって言ってんのに……」
なんで先輩も姉もこういうところでは人の話を聞けないのかね。
映画を観た後でもまだ昼で時間があるぐらいなのに、なんなら「今日はもう……」となるぐらいにはいられるのに。
「さあいこう!」
「ふふ、そうだね」
可愛げのある先輩でもこういうところは嫌かもしれない。
でも、姉といたいからこそのハイテンションだから邪魔なのは俺の方だ。
途中、女子の群れなんかに出くわしてうげっとなった。
あれから女子が固まっていると早足になってしまったりしているのだ。
話しかけられなんてしないのに自意識過剰で恥ずかしい。
救いなのは姉と先輩が固まっていてもそうはならないということだな。
「あの制服は……」
「日曜日なのに制服を着て学校にいかないといけないなんて大変だなあ」
割と近めな場所に学校が複数個存在しているからどこのなんて分からない。
まあ、しっかり把握できていても気持ちが悪いからこれぐらいでいいだろう。
「あれ、平間?」
分かったっ、姉の友達か!
前も言ったように後輩とは仲良くしていたからこういうこともありえる!
「ちょ、無視は酷いでしょ」
「あー俺か……?」
「それしかないでしょ」
いや誰だよ……。
「あ、もしかして眼鏡をかけていないせいで忘れられちゃっている感じ? 私だよ、志水だよ」
件の女子ではない、一緒に消えた友達でもない。
これまた前に言ったと思うがあの二人以外には友達がいなかったから分からない。
「んー駄目みたいだね。それより二人も女の子を連れているなんてあの頃の平間に戻ったみたいだね?」
「こっちは姉貴で、こっちは高校の先輩だ」
「あ、お姉さんなの? そうなんだ――ね、あの二人はお姉さんのこと知ってた?」
「ああ、家に連れていったことがあるからな」
「そっか」
俺は一ミリも知らないのに相手には一ミリだけでも知られているのは怖いな。
「あの日から急に平間が変わって気になっていたんだ――だからはい、色々聞きたいから連絡先を教えてよ」
「それは――」
「わ、私が平間君に聞いてきみに教えてあげるよ!」
な、なにを言っているんだこの人は……。
だったら自分から言ってしまった方がマシだ。
いまならこの女子とも学校が違うし、内容によるが自由に言われても影響は受けない。
「そうですか? 私としては知ることができるのでそれでも大丈夫です」
「待て、楽しくない話だがそれなら自分から言う」
「はは、私としてはそれが一番だからありがたいよ」
広がっていかない話だからすぐに興味がなくなることだろう。
悪く言われるぐらいなら興味を持たれないぐらいが一番だ。
女子と別れて少ししてから「後輩君の馬鹿」と罵倒されていた。
「いちいち先輩に頼まなくてもすぐに終わってしまう話なんですよ。なあ、姉貴なら分かるだろ?」
「……確かにそうかもしれないけどせい君は……」
うわ、こういうときには最悪の組み合わせだろこれ。
つかなんだっけか――そう志水だ、どこから見ていたのかは分からないが志水もやってくれたものだな。
マジでダサいだけだから見てくれるなよ……。
「はぁ……そんな顔をしても疲れるだけですよ、馬鹿な男が振られただけなんですから」
周囲に余計な情報を与えられてしまったこと以外はただそれだけなのに無駄に傷つきすぎた。
時間が経ってみれば物凄く恥ずかしいことだ。
魅力がなくて振られただけなのに中学時代はいつまでもネチネチと……やばい、背中が痒くなってきた。
「す、好きだったの?」
「幸い、人を好きになれるような人間らしいところはありました」
悪かったといまなら謝りたいぐらいだ。
いまでも同じように責めたり、憎んだりしていないところを評価してもらいたかった。
結局、志水のやつとは数回のやり取りだけで終わった。
これがいい、なんなら笑ってくれればいい。
「暑いな……」
それでもあと数日登校すれば夏休みというところまできているのが最高だ。
だが、先輩との出かける約束もなくなっていて気になっているのはそれかもしれない。
なのに先輩自体は普通に来て、普通に話せるからなあと。
「バイト禁止じゃなかったらプールの監視員でもしてお金を稼ぐのになあ」
「なにをどうしようとバイト禁止ですからね」
「うん。でも、お小遣いだけじゃたまに足りなくなるときがあるんだよ……」
この人、常になにかしらの物を食べていそうだしな。
学校でも持参した弁当と購買のパンを合わせてもしゃもしゃしているぐらいだし、常に物足りなさそうだ。
「平間君とお出かけしたときにお金がなかったら嫌だよ」
「家で集まればいいじゃないですか」
「そればっかりは嫌だよ、平間君となにか食べにいったりとか、なにか見にいったりしたいよ」
「その割にはこの前のなしにしましたよね?」
「うっ、そ、それは――そう! 平間君が私を怒らせたからだよ」
それを言うなら無駄に先輩が怒っただけだろう。
「もう志水も興味を無くしましたよ」
「そうなの!?」
「はい、だってあれだけで終わってしまう話でしたからね」
「じゃ、じゃあ連絡先も……?」
「はい、話し合ってから消しました」
やり取りもしないのに残っていたって気持ちが悪くて落ち着かないだけだ。
志水相手に頑張ろうとする俺は出てこないだろうがゼロではないから終わらせる。
極端なぐらいがいい。
「金なんて気にしなくていいですよ」
「わ、私がいればいいと……?」
「まあ、一人よりはマシでしょう」
夏休みがあるのは俺ら学生だけで社会人はほとんど働いている時期だ。
両親がいてもそもそも一緒にどこかにいかないし、姉だって社会人だからそもそもいくことができない。
「近くの海は遊泳禁止にはされていないのでそういうところで遊べばいいじゃないですか」
「私の水着姿が見たいとか後輩君は変態だ!」
「別に海に入ることだけが全てじゃないですよ」
目のやり場に困らないというのは楽でいいよな。
日陰でひたすらほとんど変わらない目の前の光景を見ておけばいい。
「……一日ぐらい、むつみさんとも遊べないかな?」
「夜遅くまで働いているわけじゃありませんからね、例えば祭りとかなら余裕で集まれますよ」
いかないと言っても聞いてくれないぐらいだ。
とはいえ、一人で楽しめないのは姉も同じみたいだから仕方がないという見方もできる。
学生時代、誘われていたのに断って毎回俺といくことになっていたのには呆れたが。
「それなら尚更お金を貯めておかないと!」
「姉貴なら先輩に奢りそうですけどね」
俺と大して小遣いが変わらないくせに無理をして大人面してきていたぐらいだしな。
だが、俺も俺で色々なところで小遣いを使ってしまっていて金がなかったから正直……ありがたかったが。
「駄目だよそれじゃあ、そこでは年上として平間君に奢れるぐらいじゃないとね!」
「そうですか。まあ、無理はしないでください」
「うん!」
世話になっているから今年は一つぐらいは俺が……。
姉にもなにか買ってやりたかった。




