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#7~甘美なる敗北美学の味

今回少し、紗土香の哲学の芯の一辺が描けたかな。

毎回思い付きで書いているものの、僕自身が紗土香を理解して行く過程がこの小説の醍醐味。

彼女は一体何者で、そして世界をどのようにしようとしているのか。

楽しんで頂ければ幸いです。

人は常々、敗北を不快なものとして忌避しがちだ。

負ければ主権を奪われて、隅の方へと追いやられ、

関心さえ向けられなくなってしまう。

社会の一員として認められない事で多大な不利益を被る。

だからこそ、勝たなければならない、少なくとも負けは悪、

そう信じている人が多いように感じられる。


しかし、そうした一般的な思考から脱し、

独自の敗北に関した哲学を持っていた昭和の作家がいる。

そう、三島由紀夫だ。


彼は永遠に勝ち続ける人生を想定せず、

むしろ負けを前提とした強さの中にこそ、

潔さや覚悟と言った人間の美学を見出した。


しかし、彼が持っていた敗北の美学はあくまでも、

いつか負ける時が来る事を受け入れて臨むからこそ、

今に真剣に臨めるといった武士道のようなものでした。


しかしここで取り扱う敗北の美学は、そんなに美しくない。

もっと積極的に、自ら負けに行こうとする事です。

そしてそれは人間性の解放にも繋がる思想。


早く負ければ、もう勝負の世界で自らをすり減らさなくて済む。

ずっと敗北者という最底辺から這い上がらなければ、

暗くジメジメとした井戸の底に棲む生き物のように生きられる。

しかしそれだって立派な一つの生き方のはずです。


今回はそうした、敗北を積極的に取りに行く人物の話です。




丸木戸 紗土香はその日、ある大学のキャンパスを歩いていた。

長身に更に高いヒールを履いて歩く彼女は並みの男性ならば

軽く頭に顎を乗せられるくらいに高い位置から人々を見ていた。

そしてそもそも、ここは彼女の所属する大学では無い。

そもそも彼女が大学に通っているのかさえ、誰も知らない。


それでは紗土香が何故ここにいるのかと言うと、

人々に『敗北』の甘美な味を教える為だと彼女は意図していた。


その辺りを歩いている男子学生を捕まえて、声をかける。


「ねぇ、キミ。ちょっと良いかな?」


平均身長くらいの男子学生は声に振り向いた時、驚いた。


圧倒的な長身にヒールを履いた彼女が、最初に見た時には

その胸しか視線に合わず、慌てて顔を見上げる。

するとそれが非常に美しいものであったので、二度驚く。


「あ、え、ウチにこんな美人いたかな・・・えっと、

 どうしたんですか?」


「あぁ、先日の就職に向けた共通テストあったじゃない?

 アレの成績が私、1000点満点中996点で、

 4点も失った事について落ち込んでいて。

 あなた、賢そうだし998点くらい取ったのかしら?」


唐突な問いかけだった。

この共通テストはこの大学が就職をする際の指標として

全学生に課しているものである。

全国平均から見れば随分上の方に位置する大学だが、

このテストの平均点はせいぜい600点くらいだ。


「あ、え・・・996点!?

 いや、そんなのウチの大学ならトップって言うか、

 アレって平均点600点くらいでしょ!?

 あなた、どれだけ賢いんですか!?」


しかし、紗土香は誤魔化しを許さない。


「ねぇ、私の話聞いていたかしら?

 何点だった?って、聞いたのよ。」


「あ、え・・っと・・・448点、です・・・。」


「あら・・・」


紗土香は驚いた風を装い、口元に手を当てる。


「まさか、前日に自慰のし過ぎで頭がボゥッとしていた、とか?」


「そ、そんなわけじゃないですけどっ、

 ・・・コレが、僕の・・・実力です。」


男子学生は恥ずかしそうに俯き答えた。


身長で負け、ルックスは明らかに圧倒的な魅力の差があり、

その上共通テストの成績まで圧倒的な差がある、

この状況が恥ずかしく、男子学生はこの場から逃げ出したくなった。

しかし、紗土香は逃がさない。


「あぁ、わかった!アルバイトね。

 きっと、アルバイトが忙しかったから本気が出なかったんだわ。

 ねぇ、何のアルバイトをしているの?時給は?」


「近くの飲食店ですが、時給は・・・1000円です、

 別に、普通ですよね?僕の友達だって大体これくらいで・・」


「あら、そうなのね、それは可哀そう。

 私は大学院の研究チームにお呼ばれしていて、時給は5000円なの。

 あなたの5時間は私の1時間だなんて、可哀そう~。」


紗土香はわざとらしく口元に手を当てながらも口元が見えるようにし、

その口元はニヤァ~と笑っていた。


男子学生はたまらず逃げ出そうとする。


「あ、あの、それじゃあ!!

 僕とあなたとでは、住む世界が違い過ぎる!」


しかし紗土香は、獲物をまだ逃がさない。


「あー、そうやって逃げるんだ?クズリみたいに。」


「え?クズリ?どういう事ですか?」


「あら、知らないのね。クズリって言う動物いるでしょ?

 あの子達ね、逃げる時にうんちをして行くのよ(笑)」


コレは実際の情報では無い。

本当の所クズリは獰猛な生き物であり、

そのような情けない習性は確認されていない。

しかし、男子学生はたまらなく自分が恥ずかしくなった。


「だからね、負けて辱められて、無価値なものを残して行く。

 あなたってクズリにそっくりだなぁ、って思って。」


男子学生はたまらなく鬱屈としたこの挑発に対して、

ついに反撃に出た。物理的な攻撃である。


「っこの、言わせておけば!!」


男子学生は腕を振り上げて、彼女を平手打ちしようとした。

しかしその手は振り上げた一番上で、紗土香によって捉えらえる。


「この手で、何をしようとしていたのかしら?

 まさか私の胸を触ろうとか?フフ、変態坊やね。」


紗土香の力は全く振りほどけない程に強く、

男子学生は身動きが出来なくなってしまう。

そこへ紗土香が殺し文句を耳元で囁く。


「ねぇ、あなた。学力も力も魅力も身長も、

 私に何も勝てないクセに私に相手して貰えて、嬉しい?

 本来ならあなたなんてそこら辺の埃と同じ、

 私の視界にすら入らない、何でも無い存在なのよ。

 触って構って貰えて、嬉しい?ねぇ、ほら、早く言えよ。」


最後にキツめの命令口調が入り、男子学性の心は壊れ堕ちた。


「あ・・・あ、ぅ・・・構って貰えて、嬉しい・・です。」


俯きながらも彼は興奮してしまっていた。

情けない事に、自分よりも強いメスに対して生物的に優秀だと、

このメスと子を成したいと、本能がそう判断したのだ。


しかし紗土香は冷たく言い放つ。


「ねぇ、お前なんて誰が本気で相手にすると思う?

 そもそも共通テスト448点は多くの女子生徒にも負けてる。

 そんなのでよくも、堂々とキャンパスを歩けるわね。

 もっと申し訳無さそうに、端っこの方を虫のように這いなさい。

 わかったか?」


また、強めの命令口調が語尾に出る。

男子学生はもう、紗土香に従順な下僕に成り下がっていた。


「ハイ、わかりました、女王様・・・・。」


男子学生は紗土香の名前を知らず、もし知っていれば紗土香様、

と言うのだろうが、名前を聞く事すら叶いそうにない状況で、

唯一紗土香を呼称する表現が女王様、だった。


紗土香は高笑いした。


「アーッハッハッハ、楽よねぇ、あなた達みたいなドMは。

 これまで自分はノーマルだとか思って来たのだろうけれど、

 実際には負ける事が気持ち良いドMだと言う事、

 身に沁みてわかったかしら?」


「ハイ、わかりました女王様・・・・。

 もうこれからはキャンパスの真ん中を堂々と歩きません。

 端っこの方を、虫みたいに這って歩きます・・・・。」


紗土香にとってコレは、単なる戯れに過ぎなかった。

しかし男子学生にとっては一生消えない心の傷となり、

その傷を誤魔化す為に彼はコレを快感だと誤認した。

本来人を守るはずのそうした機能が結果的には、

もう戻れないくらいに歪んだ性癖を植え付ける。


数日後、キャンパスの中央に彼の姿は無く、

端っこの木の影を伝いながら姿勢を低くして歩く彼の姿があった。

紗土香はそれを見て、彼もまた救われたうちの一人なのだと、

人に踏まれる事を免れた蟻を見るような目で彼を見ていた。


しかしその目は永遠には続かない。

彼女の理想とする世界は常識が丸ごと入れ替わり、

こうした敗北者的な振る舞いこそが常識となる世界。

そこではもう誰からも冷ややかな目で見られない。

今よりもっと生き易く自然体でいられる世界。

それが、紗土香の築きあげる愛ある世界の完成形なのだ。

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