表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/19

#5~脇汗のかほり

今回また一段と、誰得な感じの話になってます。

だけどどうかな、段々と現実との境界が曖昧にならないかな。

曖昧模糊、曖昧モコモコ。

ふわふわしたマシュマロの中に針が入っていたら、今後絶対マシュマロ食えなくなるよね。

まぁ元々喰わないから、別に影響は無いけど(ならば何故話題に挙げるw)

従来型の社会であれば、人々は各地域で1番の力持ちだったり、

1番頭が良かったり、何かの分野で1番であり、

地域社会の役に立ち自分を愛する事が出来た。


しかし全世界と電子網で繋がった事により能力の比較は世界規模となり、

強さも賢さも可愛さも運も、あらゆるジャンルで1番になる事は

実質ほぼ不可能となってしまった。


『常に自分の上には誰かがいる』。

こうした状況の中で人々は、自分に自信が持てなくなっている。

そして自分の強みだと思っていたジャンルのトップの能力を

まざまざと見せつけられ、自分には超えられない、と理解させられる。

こうなってしまうともう、ドM一直線だ。

誰しもこうして心に傷を負い、しかし誰にもそれを明かせないまま、

性癖だけが歪んで行く。


現代は社会構造と施策両面からドMが大量に量産される大ドM時代である。

虐げられ、管理され、辱められる。

しかし人々の多くは口では自由を謳いながら、

実際には管理拘束、束縛を願う。


抜け出せない大ドM時代、人々の幸福はどう変わってしまったのか。


まず自ら考える事を放棄した。

そしてAIや他者に思考を外注して、

『仕組み』という揺籠に揺らされて眠り続ける事が幸福になった。


『普通』でいる事が難しくなり、両極に偏り易くなった。

ドSであったりドMであったりと、人々は自分の立ち位置を固定化した。


そして自分の願望をとことんまで突き詰める事が可能となり、

元来人間が持っている『受容』や『諦め』は、やがて形を変えて

それが自分の本来の願いであるかのように強度を強めた。

その過程の中で、 [ 甘M → M → ドM → 極M ]と、

僅か1mmのM性への揺れが性癖のベクトルの固定化を生んだ。


これらはほんの一例に過ぎないが、大ドM化時代において人々は、

自覚・無自覚を問わず、いずれはMに目覚める運命だったのかも知れない。

今回はそんな、社会の変化をニュース報道を元に追ってみた。


朝のニュース番組。

眠そうな美人のニュースキャスターがまず第一声、

「ごめんなさい、昨日夜更かししてしまいました。

 腫れぼったい顔を皆様に晒してしまい、

 大変申し訳御座いません。」

と、謝る。


微笑ましい日常の光景だ。

全人類ドM化計画が策定されてから4か月、

こうした光景はとっくに日常に溶け込み、

報道やマスメディアからは『積極性』の匂いが消えた。


先程のニュースキャスターの美人女性も、

口では謝ってはいるが、その内心はどうやら嬉しそうである。

口角が上がり頬が赤らみ、このような失態を公衆の面前で晒す、

そんな自分に恍惚としているようだった。

むしろそのような立場にある自分の職業を

『お得』だとさえ、考えていたのではなかろうか。


「それでは、今日初めてのニュースです。」


こうした朝のニュースを見ながら反体制派のレジスタンス達は、

戦々恐々とする。

毎日毎朝、こうまで世界はドMに堕ちてしまったのかと、

常にドM化する世界を嘆いていた。


『正しき肉体に正しき精神が宿る』がモットーの体育教師、

褪草あせくさ 和木宗わきしゅう42歳もその一人だった。


和木宗は願った。

せめてドS的な報道が一つくらいはあってくれ、と。

しかし流れた報道を見て、和木宗は肩を落とした。


美人ニュースキャスターが嬉しそうに原稿を読み上げる。


「この度、教育委員会は無くならないイジめについて方針を変え、

 相手の望む性癖の範囲内であれば、それを許容する事としました。」


和木宗は ”嘘だろ・・・” と呟いた。

自身も一人の教育者として、このような事態は信じられなかった。


和木宗は昔気質の男であり、自身の目に留まったイジめについては

全力でそれの解決に向けて尽力していた。

おかげで彼の勤める学校ではイジめというものがみるみる消えて行った。

どこの学校に行ってもその事を感謝され、彼は誇らしかった。


だが時々気になっていた事があった。

”もう大丈夫だぞ” と被害者生徒に言った時に、

恨めしい顔を向けられる事が一度や二度では無かったのだ。


”どうして、イジめの被害から救われたのにそんな顔をするんだ"

和木宗はどうも腑に落ちなかった。


しかし今回の報道で気付かされた。

もしかするとイジめを容認している被害者生徒の一部には、

そうした状況がむしろ心地良い者がいるのかも知れない、と。


そこで和木宗は、現在問題解決に向けて動いている

ある一つのイジめの被害者生徒に聞き取りを行った。


生徒は地味ではあるものの真面目で聞き分けの良い、

絵夢子(仮名)だった。


「絵夢子、呼び出してすまない。ちょっと、聞きたい事があるんだ。」


絵夢子は ”いえ、好きな時にお呼び出し下さい” と、

和木宗の期待とは違った反応を返した。

普通なら、”いえ、大丈夫です。” 等と答えるだろう。

しかし彼女の反応はどこか一般的回答と違っていた。

和木宗が続ける。


「率直に言おう。絵夢子、今お前が受けているイジめについてだ。」


絵夢子は照れくさそうに俯いて頬を赤らめた。


「あぁ、アレですね。はい、何でも聞いて下さい・・・ね。」


明らかに絵夢子の反応は和木宗が考えるイジめ被害者のそれとは違った。

和木宗の脇が緊張で汗を大量に発汗した。

その匂いはやがて空調により作り出された空気の流れを伝い、

絵夢子の鼻腔に届いた。

一瞬、強烈な刺激臭に絵夢子が咳き込む。


「大丈夫か、絵夢子!風邪か!?」と、和木宗が心配する。


絵夢子は軽く笑いながら ”大丈夫です。” と答える。

もちろん、これは悪いのは和木宗である。


「お前、体育の後に靴下を取られて、それがクラス中に回されて

 皆で臭い臭いと言われていたと言うじゃないか。

 そんな事されて、心は大丈夫か?ちゃんと眠れてるか?」


しかし絵夢子は更に頬を赤らめて答える。


「もう、先生、ヤだなぁ・・・私、あんなのイジめって言うか、

 イジりですよ・・。ほら、皆も私が本気で嫌がらないから、

 わかっててやってるって言うか・・・演劇みたいなものですよ。」


「演劇?」


和木宗は頭を傾げる。

その瞬間、自らの脇から香る強烈な匂いに咳き込む。


「そう、アレは皆で『イジめ劇場』という劇を演じているようなもの。

 そして私はその中で主演女優を務めているんです。

 そう考えるとむしろ、一番目立つ花形なんですよね、私。」


彼女の言葉には一切の誤魔化しは感じられなかった。

むしろその言葉の裏には『かき乱さないでくれ』

という意思すら感じられた。


「そ、そうか。悪かったな、呼び出したりして。

 今後何かあったら先生に言いなさい。

 先生はお前の味方だぞ、ホラ、ファイトー!!」


和木宗は両手を上に上げて拳を握り上腕二頭筋を誇示した。

しかし咄嗟の行動により脇周辺の匂いが空気中に拡散され、

二人は共に咳き込んでしまった。


面談を終えて和木宗は考えた。

自分の勝手な正義感もいかがなものか。

時にはイジめを『イジり』として捉え、それが自己表現になっている

歪んだ在り方の中でギリギリで生きている生徒もいる。

しかしそれを安易に解決した所で結局はより歪んだ構造を生む。

それならばこの3年間という限定された時間の中で、

人間関係の構築の仕方と言うものを学ぶ機会にするのも一つか。

和木宗は長い教員生活の中でもいまだに

こんな新しい気付きがあるのだなと感心した。


そこへ、受け持っているクラスの生徒

皿丹さらに 和喜草わきくさがやって来た。


皿丹は和木宗に言った。


「おい、先生。余計な事すんじゃねーよ。

 アイツ、あれでも結構喜んでるんだぜ。

 もし先生がイジめを無くしたら、今度はあいつ、

 自分の居場所が無くなって学校来なくなっちまうよ。」


そう言い残し皿丹が和木宗の隣を通り過ぎる時、

和木宗を遥かに凌ぐ脇のかほりが鼻孔をくすぐった。


和木宗は『っえん!!』とくしゃみをしてしまう。

そして彼は、自分よりもあまりに圧倒的に強い匂いに対して

「負けました。」と敗北を認めて、ドMへと成り下がった。


この世界は既に、誰もがドMに成り下がる土壌が出来上がっている。

それは空気の中にすら潜んでいるかも知れないのだ。

こうしてまた一つの、レジスタンスの芽が摘まれてしまったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ