第9話『お前のことを教えてやる/隼人を助けた日』
良明サイド
宿屋に戻って夕食を済ませ、ベッドに横になった。
しかし、眠れなかった。
(カイトが「俺自身のことを教えてくれ」と書いていた)
自分がゲームのキャラクターだと知らないカイトが、自分のことを知りたがっている。
(どこまで教えればいいんだ……)
自分がゲームのキャラだと知ったら、カイトはどう感じるだろう。
ショックを受けるかもしれない。
混乱するかもしれない。
でも——。
(知る権利はある。カイト自身のことだ)
俺は起き上がり、メモ帳とペンを手に取った。
しばらく考えてから、書き始めた。
『カイトへ。
お前のことを教える。ただし、少し驚くかもしれない。覚悟して読んでくれ。
まず、お前の名前はカイト・ケイル。15歳。魔王を倒す旅をする冒険者だ。
正義感が強くて仲間思い。直感で動くタイプで、普段は迷いがない。
レオとは幼馴染で、レオはお前に恩義を感じている。
マリアはお前のことを信頼しているが、素直に言えない性格だ。
イズはお前をずっと支えてきた。
お前の一族、ケイル家は、先祖代々、魔を封印する力を持っている。
その力でカオスを何度も封印してきた偉大な一族だ。
だから、ギルドで水晶球が白く光ったんだ。
それと——ここからは特に驚かないでくれ。
実は、お前は俺が遊んでいたゲームの主人公だ。
『ディスティニークエスト』というフリーゲームの。
俺はそのゲームをプレイしていて、ラスボス戦でゲームオーバーになった。
コンティニューしたら、気づいたらお前の体にいた。
だから俺は、お前のことをゲームの中で何度も見てきた。
お前はゲームの中でも、今と同じように仲間を大切にしていた。
直感で動いて、時々無茶をして、でも最後はいつも仲間と一緒に乗り越えていた。
お前がゲームのキャラだからといって、お前の存在が嘘だとは思わない。
お前はちゃんと生きてる。俺にはそう感じる。
もし、これを読んでショックを受けたなら、少し時間をくれ。
でも、俺はお前を信頼してる。一緒に元の世界に戻る方法を探そう。
良明より』
書き終えて、俺はペンを置いた。
(言い過ぎたか? でも、カイトは正直に知りたがっていた)
メモを折りたたんで、机の見えやすい場所に置いた。
それから、もう一枚紙を取り出した。
(攻略サイトで調べた情報も送っておこう)
良明はパソコンでディスティニークエストの攻略サイトを開いた。
次のエリアの情報を確認して、書き写す。
『追伸。次のエリアの情報も書いておく。
次は「霧の森」だ。視界が悪いエリアで、音で位置を察知するモンスターが多い。
大きな音を立てないこと。マリアの炎魔法は音が大きいから、なるべく使わない方がいい。
イズの光魔法は音が小さいから、このエリアでは特に重要になる。
レオは興奮すると声が大きくなるから、事前に釘を刺しておいてくれ。
良明』
二枚のメモを重ねて、机の上に置いた。
(カイト、受け取ってくれ)
窓の外を見ると、夜空に星が瞬いていた。
(現実世界でも異変が起きている。早く元に戻って、カイトと直接話したい)
そう思いながら、俺は再びベッドに横になった。
まぶたが重くなってきた。
そして——また、意識が遠くなっていく。
***
カイトサイド
翌朝、机の上にメモが置いてあった。
二枚。
(良明から……)
カイトは息を飲んで、一枚目を手に取った。
読み進めるうちに、手が止まった。
『実は、お前は俺が遊んでいたゲームの主人公だ』
(……ゲーム)
カイトはその言葉を、何度も頭の中で繰り返した。
自分がゲームのキャラクター。
自分の旅が、誰かが「遊ぶ」ためのもの。
レオとの絆も、マリアの叱責も、イズの笑顔も——全部、ゲームの中の出来事。
(……)
カイトはしばらく、動けなかった。
しかし、やがて深く息を吐いた。
(そうか。だから、良明はあんなに詳しかったのか。俺のことを、俺より知っていた理由が分かった)
もう一度、メモを読んだ。
『お前がゲームのキャラだからといって、お前の存在が嘘だとは思わない。お前はちゃんと生きてる。俺にはそう感じる』
(……良明)
カイトは小さく笑った。
自分でも気づかないうちに、口元が緩んでいた。
(お前は、本当に変なやつだな。ゲームオタクのくせに、妙なところで優しい)
二枚目のメモを読んだ。
霧の森の情報。レオへの注意事項。
(レオに釘を刺す、か。確かにあいつは興奮すると声が大きくなる。良明はよく分かっている)
メモを胸のポケットに入れて、カイトは立ち上がった。
今日も学校に行かなければならない。
教室に入ると、恭介がすぐに声をかけてきた。
「おはよ、良明。なんか今日、顔色悪くない?」
「……少し、考え事をしていた」
「またか。お前最近、考え事多いな」
席に着くと、前の席の美紀子が振り返った。
「岬君、おはよう。今日の朝、なんか川の近くで変な臭いがしなかった? 登校途中に気になって」
(川……!)
カイトは内心で緊張した。
(良明のメモにあった。川が濁り始めているという異変だ)
「……気づいたのか?」
「うん。なんか、魚も浮いてたし……なんか変だよね」
美紀子が眉をひそめた。
(魚が浮いている。悪化している)
「気をつけた方がいい。川には近づかないように」
「え? なんで?」
「……勘だ」
美紀子がじっとカイトの顔を見た。
「岬君って、たまにそういうこと言うよね。なんか、普通の高校生じゃないみたい」
(普通の高校生ではないのは確かだが……)
「そんなことはない」
美紀子がくすりと笑った。
昼休みになった。
カイトが廊下を歩いていると、騒がしい声が聞こえてきた。
曲がり角の先で、数人の生徒が誰かを囲んでいる。
(何だ?)
カイトが近づくと、囲まれていたのは小柄な少年だった。
ひ弱そうな体つきで、今にも泣きそうな顔をしている。
「お前、また忘れ物したのか? だっさ」
「な、なんでもないし……」
(いじめ、か……)
カイトは迷わず、輪の中に入った。
「何をしている」
低い、静かな声だった。
囲んでいた生徒たちが振り返った。
「あ? なんだよ岬。関係ないだろ」
「関係ある。やめろ」
「はあ? お前、岬じゃん。ゲームオタクのくせに何様だよ」
一人がカイトの胸倉を掴もうと手を伸ばした。
次の瞬間。
カイトはその手首を軽く捌いて、相手の体勢を崩した。
旅の中で身につけた、体術の基本だ。
力ではなく、重心を利用する。
「っ……!?」
相手が壁に手をついてよろめいた。
周囲が静まり返った。
「お、岬が……」
「え、何今の」
もう一人が「やってやる」という顔で踏み出した。
カイトは動じなかった。
静かに、真っ直ぐに相手の目を見た。
(こういう目は、旅の中で何度も見てきた。虚勢を張っているだけだ)
「……次は、もっと痛い思いをするぞ」
低く、落ち着いた声だった。
踏み出しかけた相手が、足を止めた。
沈黙が続いた。
「……チッ、行くぞ」
リーダー格の生徒が舌打ちして、仲間を連れて立ち去った。
廊下に静寂が戻った。
恭介がいつの間にか隣に来ていて、目を丸くしていた。
「……お前、今何した? 武道でもやってんの?」
「……昔、少し習った」
(旅の中で、とは言えないが)
カイトは小柄な少年の方を向いた。
「大丈夫か?」
「あ、は、はい……ありがとうございます。岬、さん?」
少年が震える声で答えた。
「森隼人です……」
(森隼人!)
「岬良明だ。何かあればまた言え」
そう言って立ち去ろうとすると、後ろから声がかかった。
「岬君!」
振り返ると、美紀子が駆けてきた。
息を切らしている。
「今の見てた。隼人君を助けてくれたんだね」
「……たまたまだ」
「たまたまじゃないでしょ」
美紀子が隼人の隣に立った。
「隼人君、大丈夫?」
「は、はい。宮川さん……」
隼人が安堵したように息をついた。
(なるほど。美紀子も隼人のことを気にかけていたのか)
カイトは二人を見ながら、静かに思った。
(良明、お前の学校には、良いやつが多いな)




