第8話『井戸の底に何がいる?/この世界の異変は、ゲームと繋がっている』
良明サイド
朝、目が覚めると、机の上に紙が置いてあった。
カイトの几帳面な文字だ。
(来た。カイトからのメモだ)
俺は飛び起きて、紙を手に取った。
『良明へ。
急ぎで伝えることがある。
この世界で、異変が起き始めている。
街灯が突然消える。木が根元から折れる。空気が淀む。
旅の中で感じた魔王の力が及ぶ時の感覚に、似ている。
お前がゲームの世界で戦っていることと、関係があるかもしれない。
気をつけてくれ。
カイト』
俺はしばらく、その紙を見つめた。
(魔王の力……)
背筋が冷えた。
(ゲームの世界と現実世界が繋がっているということは……カオスの影響が現実にも出てきているってことか?)
ゲームの設定を頭の中で整理する。
カオスは封印されながらも力を蓄え、現実世界に干渉しようとしている。
その影響で、二つの世界の壁が崩れ始めている——。
(やばい。これ、ゲームの話じゃなくなってきてる)
急いで着替えて部屋を出た。
宿屋の外に出ると、レオが井戸の前で渋い顔をしていた。
「カイト、起きたか。ちょうど良かった。この井戸、見てくれ」
井戸を覗くと、水が黒ずんでいた。
昨日よりさらに濁りが増している。
(これは……カイトのメモにあった「異変」と同じだ)
「いつからだ?」
「昨日の朝から少しずつ。今日になって急に濃くなった。宿屋のおやじも困ってるみたいだ」
マリアが腕を組んで言った。
「魔力の汚染ね。水源に何かいる」
「何かって……」
「モンスターよ。それも、かなり強い部類の」
(強い部類……)
俺はゲームの記憶をひっくり返した。
水源の汚染といえば——。
(トロール系だ! メモにも書いた! ボスのトロールは足が遅いから、イズの光魔法を当て続けるだけで倒せる、って)
「井戸の水源を調べに行く。準備してくれ」
「……また随分と決断が早いな」
レオが苦笑した。
「グズグズしてたら村の人が困る。行こう」
四人で井戸の水源を辿って、村外れの洞窟へ向かった。
洞窟の入口から、むわっとした湿気と、鼻を突く異臭が漂ってくる。
(臭い……。モンスターのいる場所って、なんでこんなに臭いんだ)
「カイト、中はどうする?」
レオが槍を構えながら聞いた。
「イズを中心に固まって進む。光魔法を随時使ってくれ。暗所でも視界を確保できる」
「分かりました」
イズが頷いた。
洞窟の中は薄暗く、水が滴る音だけが響いていた。
じめじめとした壁を伝いながら、奥へ進む。
するとー—。
「……でかい」
俺は思わず呟いた。
洞窟の奥に、巨大な影があった。
身長は三メートルをゆうに超えている。
岩のような灰色の皮膚、丸太のような腕、鈍く光る黄色い目。
(トロールだ。ゲームで見た通りだ。でも)
臭い。今まで戦ったどのモンスターよりも臭い。
(そして、でかい。ゲームの画面で見てたのより、絶対でかい)
「カイト……あれ、ゲームに出てきたか?」
レオが小声で聞いた。
(俺が聞きたい)
「……似たようなのは知ってる。作戦はこうだ。レオが正面で注意を引く。マリアは炎で牽制。イズは光魔法を集中的に当て続けてくれ。俺は横から攻撃する」
「光魔法を当て続ける……なぜ?」
イズが首を傾げた。
「トロール系は再生能力が高い。光魔法で再生を阻害しながら削っていくのが効果的なはずだ」
(メモ通りだ。頼む、当たってくれ)
「……なるほど。試してみます」
レオが前に出て、槍でトロールの膝を叩いた。
「こっちだ、でかブツ!」
トロールがゆっくりと振り返る。
動きは確かに遅い。
(よし、メモ通りだ!)
イズの光魔法がトロールに降り注ぐ。
トロールが呻いて、動きがさらに鈍る。
マリアの炎が側面を焼く。
俺は横から剣を叩き込んだ。
しかし——。
「……硬い!」
剣が弾かれた。
(皮膚が岩みたいだ! ゲームだとこんなに硬くなかったぞ!)
「カイト、無理に斬ろうとするな!」
マリアが叫んだ。
「弱点は……関節だ! 膝と脇の下! そこは皮膚が薄い!」
(関節! なるほど!)
俺は作戦を切り替えた。
トロールの動きが鈍った瞬間を狙って、膝の裏に剣を入れる。
トロールが大きくよろめいた。
「今だ、イズ!」
「はい!」
イズの光魔法が全力で炸裂した。
まばゆい光の中で、トロールが断末魔の叫びを上げた。
そして、どうっと倒れた。
洞窟に静寂が戻った。
「……やった」
俺はその場に膝をついた。
体中から力が抜けていく。
「カイト、怪我は?」
イズが駆け寄ってくる。
「大丈夫。ちょっと疲れただけ」
レオが倒れたトロールを見下ろしながら言った。
「しかし、関節を狙うとは。よく気づいたな」
「……勘だ」
(メモには書いてなかったけどな。現場で気づいた)
マリアがため息をついた。
「まあ、結果オーライね。水源の汚染も、これで収まるでしょ」
洞窟を出ると、外の空気が爽やかに感じた。
宿屋に戻る道すがら、俺はカイトのメモのことを考えた。
(現実世界でも異変が起きている。ゲームの世界でも異変が起きている。これは……本当に繋がってるんだ)
嫌な予感が、じわじわと大きくなっていた。
(カイト、お前の世界は大丈夫か?)
***
カイトサイド
放課後、カイトは静かに机に向かった。
窓の外では、夕焼けが街を橙色に染めている。
ペンを手に取り、紙に向かった。
『良明へ。
前のメモで伝えた異変について、続きを報告する。
今日、恭介が新たな異変を教えてくれた。
学校の近くの川が、昨日から濁り始めているらしい。
川岸の木が数本、根元から枯れていた。
動物の声もしなくなったと、近所の者が言っていたそうだ。
これは、ただの自然現象ではない。
旅の中で何度も経験した。魔の気配が濃くなる時、自然がまず反応する。
お前がゲームの世界で戦っていることと、この世界の異変は確実に繋がっている。
早く決着をつけることが、この世界を守ることにも繋がるかもしれない。
それと——一つ聞きたいことがある。
俺はゲームのキャラクターらしいが、お前はゲームの中で俺のことをどう見ていたんだ?
俺自身のことを、俺は何も知らない。
お前が知っていることを、教えてもらえるか。
カイト』
書き終えて、カイトはペンを置いた。
折りたたんで、机の引き出しに入れる。
(良明……お前はゲームの中で、俺のことを見ていたんだろう。俺自身が知らない俺のことを、お前は知っているはずだ)
カイトは窓の外を見た。
夕暮れの空に、一筋の黒い雲が流れていた。
不自然な形をした雲だった。
まるで、何かの手が空を引っ掻いたような——。
(……気のせいか)
カイトは目を細めた。
しかし、その雲はしばらくの間、同じ形のまま空に留まっていた。




