第4話『また入れ替わった!?/ネクタイって、どうやって結ぶんだ?』
良明サイド
目が覚めると、見慣れた天井だった。
スマホのアラームが鳴っている。午前七時。
(……俺の部屋だ。本当に戻ってきた)
昨夜、元の世界に戻った時はあまりの安堵で呆然としていたが、一晩寝てようやく実感が湧いてきた。
起き上がって、まず自分の手を見た。
細くて、剣だこなんてどこにもない、見慣れた手だ。
(よかった……)
洗面台で顔を洗うと、鏡に映ったのは黒髪黒目の平凡な顔。眼鏡をかけ直すと、いつもの自分だった。
(カイトの顔じゃない。俺だ)
ほっとしたような、少し寂しいような、妙な気持ちだった。
「良明! ごはんよ!」
母の声。
リビングに下りると、いつも通りの朝食が並んでいた。トーストと目玉焼きと味噌汁。
「なんか顔色良くなったわね。昨日まで変だったから心配してたけど」
「……そうかな」
「そうよ。お母さんのことも忘れたみたいな顔するし、言葉遣いは急に丁寧になるし、どうしちゃったのかと思って」
(それはカイトだよ。俺じゃなくて)
俺は苦笑いしながら、トーストをかじった。
学校へ向かうと、校門の前で恭介が待っていた。
「おー、良明! 今日はちゃんと良明っぽいな」
「どういう意味だよ」
「いやだってさ、この前めちゃくちゃ変だったじゃん。お母さんのこと忘れたとか言い出すし、言葉遣いはやたら丁寧だし、俺のこと見て『お前、誰?』みたいな顔するし」
(それ全部カイトの反応だ……)
「ちょっと体調悪かっただけ」
「ふーん。まあ元気になったならいいけど。あ、そうだ。ディスティニークエスト、スライム倒せたわ。火属性で攻めたら一発だった」
「……あー、そうか。良かったな」
(それ教えたのカイトなんだけどな。ゲーム画面見てどうにか答えたのか)
なんだか妙な気持ちになりながら、俺は恭介と並んで教室へ向かった。
授業中も頭はゲームの世界のことでいっぱいだった。
(カイトは今頃あの世界で何してるんだろう。レオ達と上手くやれてるか? マリアに怒鳴られてないか?)
「岬! 聞いてるか?」
先生の声に、俺は慌てて顔を上げた。
「す、すみません!」
クラス中から笑いが起きた。
「やっぱりまだ変だぞ」と恭介がこそこそ囁く。
「うるさい」
俺は小声で返しながら、気持ちを切り替えようとした。
(落ち着け。今は現実世界にいるんだ)
しかし放課後になっても、カイトのことが頭から離れなかった。
家に帰るなり、俺はパソコンを開いてディスティニークエストを起動した。
(もし次に入れ替わった時、カイトに何か伝えられないかな?)
そう思いながらメモ帳を取り出し、ペンを走らせた。
『カイトへ。俺は岬良明。お前と入れ替わったゲームオタクだ。次のエリアの敵の弱点と攻略法を書いておく——』
書きながら、俺は苦笑した。
(まさか勇者にゲーム攻略メモを渡す日が来るとは思わなかったけどな)
メモを机の見えやすい場所に置いて、俺はゲームの画面に向き直った。
コントローラーを握って、ゲームを再開する。
しばらくプレイしていると——。
画面が、突如ぱあっと光り輝いた。
(え? また!?)
俺は思わず腕で目を覆った。光はどんどん強くなる。
(またか! またこのパターンか!!)
そして頭の中がボーッとし始めて——。
意識が、遠くなった。
カイトサイド
気がつくと、また見慣れない白い天井だった。
(……また、この世界か)
僕は静かに体を起こした。
窓の外は朝の光が差し込んでいる。どうやら良明と再び入れ替わったらしい。
(良明は今、僕の体にいるのか。ならばまた、あの世界でレオ達と共にいることになる)
机の上に、何か紙が置かれているのが目に入った。
手に取ると、几帳面な文字で文章が書かれている。
『カイトへ。俺は岬良明。お前と入れ替わったゲームオタクだ。』
(!)
僕は思わず立ち上がった。
続きを読む。
『次のエリアの敵の弱点と攻略法を書いておく。ゴブリン系は光魔法が有効だが、スライムとは違って、物理攻撃が効く。ウィザード系は近接攻撃で魔法を封じろ。ボスのトロールは足が遅いから、イズの光魔法を当て続けるだけで倒せる。あと、レオは感情的になりやすいから、落ち着かせながら戦え。マリアは口は悪いが実力は本物だから信頼していい。イズは優しいから無理をさせるな。三人ともいいヤツだ。頼りにしていい。 良明より』
僕はしばらく、その紙を見つめた。
(良明……)
画面の向こうで見ていただけのはずの人間が、自分のために、仲間のために、こんなものを残していた。
(お前は、思ったより……)
僕は小さく笑った。
(ありがとう、良明)
紙を大切に折りたたんで、胸のポケットに入れた。
その時、部屋の外から声がした。
「良明! 今日は学校あるわよ! 早く起きなさい!」
(学校か。行かなければならないな)
僕は立ち上がり、制服らしき衣類に手を伸ばした。
白いシャツと紺色の上着とズボン、そして細長くひらひらした布。
(これは……首に巻くのか?)
細長い布を手に取り、しばらく格闘した。
結び方が全く分からない。
五分後。
(……諦めよう)
僕は細長い布を机の上に置き、とりあえずシャツと上着とズボンを着て廊下に出た。
「ちょっと、ネクタイは?」
良明の母親が目を丸くした。ネクタイとは、もしかしてあの細長い布切れのことか?
「あ、えっと……結び方が、その」
「はあ? 何言ってるの。毎日やってるでしょ」
母親がため息をつきながら、手際よくネクタイを結んでくれた。
(なるほど。こうやって結ぶのか)
僕は、その手つきをじっと観察した。
(よし)
僕は小さく頷いて、部屋を出た。




