第2話『冒険者ギルドへようこそ!/謎の絵の中の少年は僕?』
良明サイド
冒険者ギルドは、街の中心部にある大きな建物だった。
木造の重厚な扉を押して中に入ると、むわっとした熱気が顔に当たった。
広い室内には、ごつい体格の男達や、鎧をまとった女性冒険者が思い思いに談笑したり、掲示板の前で依頼書を眺めたりしている。
カウンターには数人の受付嬢が並んでいて、次々と対応をこなしていた。
(うわ……本物だ)
俺は内心で感嘆した。
ゲームで何度も見た光景が、今は匂いも熱気も騒音も全部リアルに存在している。
「カイト、まずは登録の受付をしてもらうぞ」
レオが俺の背中を軽く叩いた。
「あ、ああ。分かった」
カウンターに近づくと、茶色い髪をポニーテールにまとめた受付嬢が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「冒険者登録をしたいんですけど」
「かしこまりました。ではこちらの用紙にご記入をお願いします」
差し出されたのは、羊皮紙のような紙だった。
名前、年齢、出身地、得意な武器……といった項目が並んでいる。
(これ、キャラメイク画面みたいなもんか)
俺は内心でそう思いながら、ペンを手に取った。
カイトの情報はゲームで散々見てきたから、名前と年齢くらいは書ける。
「えーと……名前、カイト・ケイル。年齢、15歳……」
呟きながら書いていると、ふと手が止まった。
(出身地ってどこだっけ? ゲームで出てきたか?)
「あの、出身地ってどこに書けばいいですか? 故郷の村ですか? それとも、スタート地点……」
言いかけて、俺は口をつぐんだ。
(スタート地点って言いそうになった。危ない)
「出身地で構いませんよ」と受付嬢が答える。
「あ、はい。ありがとうございます」
どうにかごまかして記入を続ける。
次の項目で、また手が止まった。
「……レベルって、ここに書くんですか?」
受付嬢がきょとんとした顔をした。
「レベル……? そのような項目はございませんが」
「あっ、いや、えっと……今の実力ってどこに書けばいいのかなと思って」
「戦闘経験の有無と、得意な武器の欄に記入していただければ大丈夫ですよ」
「そ、そうですよね。すみません」
冷や汗が出た。
横に立っていたレオが、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「カイト……大丈夫か?」
「大丈夫、大丈夫。記憶がちょっとまだ……ね」
俺が苦笑いで誤魔化すと、レオは深刻な顔のまま頷いた。
どうにか用紙を書き終えて受付嬢に返すと、今度は別の手続きに移った。
「では次に、魔力測定をさせていただきます。こちらの水晶球に手を置いてください」
カウンターに、拳大の水晶球が置かれた。
ゲームでは見たことがない演出だ。
(これ、ゲームにあったっけ……? なかった気がするけど)
おそるおそる水晶球に手を乗せると、球の内部がぼうっと光り始めた。
淡い青い光が、みるみる白く変わっていく。
室内がざわついた。
「……白?」
「魔力なしか?」
「いや、待て。あの光り方は……」
周囲の冒険者達が、口々に何かを言い始めた。
(え、何? 何が起きてるの?)
俺が戸惑っていると、受付嬢が目を丸くしながら口を開いた。
「あの……これは、封印系の特殊魔力です。大変珍しい……というか、私、初めて見ました」
「ふ、封印系?」
(封印系って……ケイル一族の魔を封印する力か! そんなのゲームに出てきたっけ?)
しかし、ギルド内の視線がこちらに集中していた。
(やめてくれ。目立ちたくない。陰キャなんだよ、俺は)
ざわめきが、さざ波のように広がる。ほとんどの冒険者は「封印系の魔力って何だ?」「珍しいな」という程度の反応だった。
そんな中、カウンター脇で酒を飲んでいた白髪交じりの老冒険者が、ぽつりと呟いた。
「……ケイルの血か」
それだけ言って、老冒険者は杯を口に運んだ。それ以上は何も語らない。
(ケイルの血……? ゲームで何か見た気がするけど……まあ、今は関係ないか)
良明はそう内心で流した。
しかし老冒険者の目だけが、しばらくこちらをじっと見ている。その視線が妙に居心地悪くて、俺は思わず内心で叫んだ。
(セーブポイントはどこだ! 今すぐここをリセットしたい!)
マリアが呆れた顔でため息をついた。
「全く……目立つのは分かってたけど、ここまでとはね」
「カイト様、ご気分は大丈夫ですか? 顔が青いですよ」
イズが心配そうに覗き込んでくる。
「い、いや、大丈夫。ちょっとその……ゲームオ……いや、なんでもない」
(危なかった。ゲームオーバーになりそうって言いそうだった)
「とにかく、登録を続けましょう」
イズが場を仕切ってくれて、俺はほっと胸をなでおろした。
(イズ、ありがとう。マジで助かる)
その後も、受付嬢に冒険者ライセンスの説明を受けながら、俺はなんとか手続きを乗り切った。
ライセンスには名前と魔力属性が刻まれており、これを見れば大体のステータスが分かるらしい。
(ゲームだったらメニュー画面一発なのに。ゲームの世界って意外と不便だな)
そんなことを考えながら、俺は自分のライセンスをしげしげと眺めた。
***
登録が全て終わり、ギルドを出ようとした時だった。
さっきの老冒険者が、すれ違いざまに低い声で言った。
「……お前さん、もし旅の途中でレイズという賢者の名を聞いたら、会いに行くといい。ケイルの血の事を、あの方なら知っておるかもしれん」
それだけ言って、老冒険者は足早に去って行った。
(レイズ……? あっ、マリアの師匠の名前か! でも、何でこのじいさんがレイズの名前を知ってるんだ?)
俺は老冒険者の背中を見送りながら、首を傾げた。
***
カイトサイド
あの動く絵の操作方法は、結局よく分からなかった。
ボタンを押すたびに絵の中の人物が動いたり、文字が出たりするのだが、何をどうすれば何が起きるのか、法則が掴めない。
そうこうしているうちに、外から声が聞こえてきた。
「良明! ごはんできてるわよ!」
先程の女性だ。
食事の時間らしい。
僕は動く絵の前から離れて、部屋の扉を開けた。
廊下に出ると、香ばしい匂いが漂ってくる。
旅の途中で嗅いだ宿屋の食事とは違う、見慣れない匂いだ。
テーブルに着くと、女性が白い器に盛られた料理を出してくれた。
「はい、味噌汁とご飯ね」
(みそしる……ごはん?)
初めて聞く言葉だが、なぜか意味は理解できる。
器を持って一口飲むと、塩気のある温かい汁が喉を伝った。
(……美味い)
思わずそう思った。
「どうしたの、ぼーっとして。早く食べなさい」
「は、はい」
女性に促されて、僕は箸を手に取った。
……箸は、異世界でも使われているので、これは問題ない。
食事をしながら、僕は考えた。
この女性が「お母さん」だと言っていた。つまり、僕が入り込んだ少年の母親だ。
少年の名前は「良明」というらしい。
(良明……岬良明か。ミサキ・ヨシアキ)
動く絵の中で、あの少年が自分の名を名乗っていた。
つまり、僕は今、その良明の体に入っているということになる。
(では、良明は今、僕の体に入っているのか?)
だとすれば、今頃レオ達と一緒にいることになる。
全く、困ったことになった。
「ねえ、良明。なんか今日、変よ? ゲームばっかりやってるから頭がおかしくなったんじゃないの」
女性が心配そうに、しかし半ば呆れた様子で言った。
「……申し訳ありません。少し、考え事をしておりました」
「だから、その丁寧な言葉遣い、やめなさいって。気持ち悪い」
(気持ち悪い、か。見知らぬ人に礼儀正しい言葉を遣うことは当然だと思っていたが、ここでは違うのか)
難しいものだ、と僕は思った。
食事を終えると、女性が思い出したように口を開いた。
「そうそう。今日は土曜日だから学校ないけど、あんまりゲームばっかりやってないで、たまには部屋の掃除でもしなさいよ。あの散らかりよう、ひどいんだから」
「……学校、とは何ですか?」
女性が盛大にため息をついた。
「本当に大丈夫? もう病院、予約しようかしら」
(まずい。余計な事を聞きすぎた)
僕はこの世界での常識を、慎重に集めていく必要があると悟った。
余計な言動で相手を混乱させては、情報が集められない。
(まずは、この部屋にある謎の機械を調べよう。あの動く絵の中に、何かヒントがある気がする)
食事を終えた僕は、静かに部屋へ戻った。
そして再び、動く絵の前に座った。
画面には、さっき操作が止まった場面が映し出されていた。
絵の中では、あの宿屋の場面が続いている。
三人の仲間に囲まれた少年が、ぺこぺこと頭を下げながら何かを話していた。
(……良明)
僕は、画面の中の少年をじっと見つめた。
この少年が、今の僕の代わりに、僕の仲間達と旅をしている。
レオの事を、マリアの事を、イズの事を、どこまで知っているのだろう。
(頼むから、無茶な事はしないでくれよ)
僕は画面に向かって、そう呟いた。




