第13話『賢者との対面/隼人の変化』
良明サイド
竜の谷を越えた翌日、俺たちは東の山へ向かった。
山道は険しかったが、モンスターは少なかった。
まるで、何者かが道を開けているかのように。
(気のせいか? いや……レイズが俺たちを待っているなら、あり得るかもしれない)
半日ほど歩いたところで、山の中腹に白い塔が見えた。
石造りの細長い塔。頂上部分が淡く光っている。
周囲の木々とは明らかに異質な雰囲気を放っていた。
「あれが……賢者の塔か」
レオが息を飲んだ。
「想像してたより、ずっと綺麗ね」
マリアが呟いた。
「行こう」
塔の扉の前に立つと、扉は自然に開いた。
(鍵もかかってない。やっぱり待ってるのか)
中に入ると、螺旋状の階段が上まで続いていた。
壁には古い魔法陣が刻まれていて、淡く光っている。
一番上まで登り切ると、広い円形の部屋に出た。
部屋の中央に、老人が一人、椅子に座っていた。
白い長髪と長い顎髭。深い皺が刻まれた顔。しかし、その目だけは若々しく、鋭く輝いていた。
長い杖を手に持ち、こちらをじっと見ている。
(これが……レイズ・アドマージュか)
ゲームで何度も見た顔だ。
しかし画面越しに見るのと、直接対峙するのとでは、まったく重みが違う。
「来たか」
老人——レイズが静かに言った。
「遠路、ご苦労だった。座れ」
部屋の隅に椅子が用意されていた。
四人が腰かけると、レイズがゆっくりと口を開いた。
「まず確認させてくれ。カイト・ケイルの体にいる者——お前は、岬良明という名の、別の世界の人間だな?」
俺は固まった。
レオとマリアとイズが、一斉に俺を見た。
「……え?」
「カイト、どういうことだ?」
レオが混乱した顔で言った。
(まずい。ここで明かされるとは思ってなかった)
俺はゆっくりと息を吐いた。
「……ちょっと待ってくれ。レイズさん、説明してもらえますか?」
レイズが頷いた。
「今から話すことは、全員に聞かせた方が良い。隠し続けても、いずれ分かることだからな」
レオが立ち上がりかけた。
「待ってくれ、レオ」
俺は手を上げた。
「俺から話す。……全部」
沈黙が落ちた。
俺は深く息を吸って、口を開いた。
「俺は……カイトじゃない。岬良明という、別の世界の人間だ。カイトと魂が入れ替わって、この世界に来た」
レオが目を見開いた。
マリアが息を飲んだ。
イズが——静かに目を閉じた。
「じゃあ、カイトは……」
「俺の世界にいる。カイトは今、俺の体で高校生活を送ってる」
「……そんな、ことが」
レオが椅子に座り直した。
呆然とした顔だった。
「どうりで……どうりで、目が違うと思った」
マリアが、ぽつりと言った。
「ずっと気になってた。あんたの目、カイトの目じゃなかった。でも……認めたくなくて」
「マリア……」
「怒ってない。ただ……驚いてる」
マリアが俯いた。
イズが静かに口を開いた。
「カイトさんは……今、無事ですか?」
「ああ。俺の世界で、ちゃんとやれてる。仲間のことを、心配してた」
イズが小さく微笑んだ。
「そうですか。……それなら、良かった」
レイズが静かに立ち上がった。
「感情の整理は後でいい。今は、話すべきことがある」
全員がレイズを見た。
「二つの世界の壁が崩れ始めている。このままでは、ゲームの世界と現実の世界が混在した状態になり、取り返しのつかないことになる」
「どうすれば止められますか?」
俺が聞いた。
「壁を崩しているのは、カオスとその手先だ。カオスをこの世界で封印し、現実世界に現れた手先を排除すれば、壁は元に戻る」
「現実世界の手先というのは……」
「お前の世界に現れた者のことだ。その者の正体については、まだ調べが必要だが——ゲームにも現実にも属さない、第三の存在だ」
(やっぱり。ガルドの言ってた通りだ)
「排除するには、どうすれば?」
「それには、カイト本人が必要だ」
レイズが静かに言った。
「ケイル一族の封印の力だけが、その者を完全に退けることができる」
(カイト本人が……)
「つまり、俺たちが元の世界に戻らないといけない」
「そうだ。しかし、戻る方法は一つしかない」
レイズが杖を床に打ちつけた。
「カオスを封印することだ。カオスが力を失えば、壁の崩壊が止まり、魂は自然と元の場所に戻る」
部屋に沈黙が落ちた。
(つまり……ラスボスを倒せば、全てが解決する)
俺は苦笑いした。
(ゲームの最終目標と同じじゃないか。でも、リアルでそれをやるのか……)
「分かりました。やります」
レオが立ち上がった。
「俺も当然、一緒に行く」
「私も」
マリアが腕を組んだ。
「カイトが戻ってきた時に、ちゃんと状況を説明できるようにしておかないとね」
イズが静かに微笑んだ。
「皆さんのことは、お任せください」
(こいつら……)
俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。
(本当に、いいヤツらだ)
***
カイトサイド
藤銀次が来て、五日が経った。
隼人の様子が、少しずつ変わってきていた。
最初は「苦手」と言っていたのに、今日は昼休みに自分から藤銀次のところへ行っていた。
(……まずい)
カイトは廊下からその様子を観察した。
藤銀次が隼人の話を穏やかに聞いている。
隼人が、何かを話している。
表情は——どこか、すっきりしているようにも、虚ろなようにも見えた。
(何を話しているんだ)
昼休みが終わり、隼人が教室に戻ってきた。
「隼人」
カイトが声をかけると、隼人がはっとした顔を向けた。
「あ、岬さん。どうかしましたか?」
「藤先生と話してたのか?」
「あ、はい……なんか、相談に乗ってもらって」
「何を相談した?」
隼人が少し戸惑った顔をした。
「それは……ちょっと、個人的なことで」
(個人的なこと。つまり、負の感情を引き出された可能性がある)
「隼人、一つだけ聞いていいか」
「は、はい」
「その話をした後、気分はどうだった?」
隼人がしばらく考えた。
「……なんか、すっきりしたような、でも、なんか……ぼーっとする感じで」
(ぼーっとする。感情を吸われている兆候かもしれない)
「隼人、あの先生には、もう相談しない方がいい」
隼人が目を丸くした。
「え……でも、あの先生、すごく話聞いてくれて……」
「そうかもしれない。でも、信じてくれ」
カイトは隼人の目を真っ直ぐに見た。
「何か困ったことがあれば、俺に話せ。俺が聞く」
隼人が、じっとカイトを見つめた。
しばらくの沈黙の後、小さく頷いた。
「……分かりました。岬さん」
放課後、カイトは急いでメモ帳に向かった。
『良明へ。
隼人が藤銀次に相談に行っていた。
話した後、「すっきりしたけどぼーっとする」と言っていた。
感情を吸われている可能性がある。今日のところは引き離したが、時間がない。
藤銀次の目的と正体を、早く突き止めてくれ。
こっちだけでは限界がある。
それと——良明、お前は今どこにいる?
レイズに会えたか?
カイト』
折りたたんで机の上に置いた。
窓の外に目を向けると、夕暮れの空が赤く染まっていた。
しかしその赤さは、どこか不自然だった。
まるで、空そのものが熱を持っているような——。
(異変が、加速している)
カイトは拳を握った。
(良明、急いでくれ)




