第11話『笑顔の裏側/賢者への道』
前回の投稿を忘れてすみませんでした!以後、マイペースに頑張るので、気長に待ってください。
カイトサイド
朝のホームルームが始まる前、担任の先生が教室に入ってきた。
「皆さん、今日から二週間、教育実習生の方が来ています。自己紹介をしてもらいましょう」
先生の隣に、見覚えのある人物が立っていた。
昨日、廊下の端で見かけた——黒いスーツの若い男性だ。
(やはり、この学校に来たのか)
男性が笑顔で口を開いた。
「はじめまして。藤銀次といいます。二週間、よろしくお願いします」
クラスから拍手が起きた。
「かっこいい」
「優しそう」
女子生徒がこそこそと囁き合っている。
(そうか。この世界では、好印象に映るのか)
カイトは藤銀次をじっと観察した。
笑顔は自然だ。声も穏やかで、聞き取りやすい。
しかし——。
(目が、笑っていない)
旅の中で、カイトは多くの者と対峙してきた。
表面上は穏やかでも、内側に別の意図を持つ者の目を、カイトは知っている。
(この者は……危険だ)
「では、今日の一時間目は藤先生に担当していただきます」
担任が言った。
藤銀次が黒板に向かい、チョークで文字を書いた。
『人の心』
「今日は、少し変わったことを聞いてみます」
藤銀次が振り返り、クラスを見渡した。
「皆さんは、自分の本当の気持ちを、正直に言えていますか?」
沈黙が落ちた。
「例えば……誰かに助けてほしいのに、言えない。誰かが嫌いなのに、言えない。誰かのことが好きなのに、言えない」
藤銀次の視線が、ゆっくりと教室を巡った。
「そういう、言えない気持ちって……誰にでもありますよね?」
(何をしている)
カイトは内心で緊張した。
(この者は……生徒の心の隙間を探っているのか?)
「カイト、どう思う?」
隣の恭介が小声で囁いた。
(カイト? ああ、俺のことか)
「……さあ」
カイトは短く答えた。
藤銀次の視線が、カイトのところで一瞬止まった。
(気づかれたか?)
しかし藤銀次はすぐに視線を外して、授業を続けた。
「言えない気持ちって、どんどん大きくなるんですよ。そして、溢れた時に……人は、誰かを傷つけたり、自分を傷つけたりする」
美紀子が神妙な顔で聞いている。
隼人は少し俯いていた。
(この者は、生徒の負の感情を引き出そうとしている)
カイトは設定の言葉を思い出した。
(カオスは……人の欲望や負の感情を餌にする)
ならば、カオスに仕える者が負の感情を集めようとするのは——。
(まずい。この者の目的は、生徒たちの負の感情だ)
授業が終わり、藤銀次が教室を出ようとした時だった。
「藤先生」
カイトは立ち上がった。
藤銀次が振り返った。
「はい、何ですか? えーと……岬君?」
「少し、話せますか?」
藤銀次が微笑んだ。
「もちろん。廊下で話しましょうか」
廊下に出ると、二人きりになった。
「何か悩んでることでも?」
藤銀次が穏やかな声で言った。
カイトは静かに相手の目を見た。
(この距離なら、分かる)
やはり、目が笑っていない。
それどころか——。
(この気配。魔の気配だ)
旅の中で何度も感じた、ざわりとした感覚。
モンスターとも、普通の人間とも違う、異質な何か。
「……先生は、どこから来たんですか?」
カイトは静かに聞いた。
藤銀次が、一瞬だけ目を細めた。
「え? どこから、とは?」
「この学校に来た経緯を、という意味です」
「ああ」
藤銀次がにこりと笑った。
「大学の紹介で来ました。ごく普通の経緯ですよ」
(普通、か)
「そうですか」
「岬君は、鋭いね」
藤銀次が、静かに言った。
「他の生徒と、少し違う目をしている」
(この者は……俺を試しているのか)
「そうですか?」
「うん。まあ、何かあればいつでも相談してね」
藤銀次が笑顔で去っていった。
カイトはその背中を見送りながら、拳を握った。
(間違いない。あの者は、ただの教育実習生ではない)
放課後、カイトは急いでメモ帳に書いた。
『良明へ。
学校に来た教育実習生——藤銀次という男が、例の不審な人物だった。
授業で生徒の負の感情を引き出そうとしていた。
魔の気配がした。間違いない。
ゲームに、この者は登場するか?
急いで教えてくれ。
カイト』
***
良明サイド
宿屋を出て街を歩いていると、見覚えのある後ろ姿が目に入った。
白髪交じりの老冒険者だ。
「あの……!」
俺は思わず声をかけた。
老冒険者が振り返った。
「ほう。また会ったな、若いの」
「少し、話を聞かせてもらえますか?」
老冒険者は少し考えてから、路地の端にある石造りのベンチに腰かけた。
「座れ」
俺も隣に座った。
「あなたは……レイズという賢者を知っているんですよね?」
老冒険者がゆっくり頷いた。
「知っている。古い友人だ」
「俺は……その人に会いたいんです。この世界の異変について、話を聞きたい」
老冒険者がじっと俺の顔を見た。
(見透かされてる気がする……)
「お前さん、カイトではないな」
俺は固まった。
「……え?」
「目が違う。カイトはもっと、真っ直ぐな目をしている。お前さんの目は……何かを必死に考えている目だ。旅人ではなく、異邦人の目だ」
(バレてる……!)
俺は咄嗟に否定しようとした。
しかし——老冒険者の目が、あまりに穏やかで、真剣だったので、俺は口をつぐんだ。
(この人には……正直に言った方がいいかもしれない)
「……驚かないでください」
「驚かんよ。長く生きると、大抵のことには驚かなくなる」
俺は深く息を吐いた。
「俺は、カイトじゃないです。岬良明という、別の世界から来た人間です。カイトと入れ替わって、この世界にいる」
老冒険者はしばらく黙っていた。
「……そうか」
それだけ言って、老冒険者は空を見上げた。
「実は、薄々感じておった。カイトの目ではない、と」
「信じてくれるんですか?」
「信じる理由がある」
老冒険者がこちらを見た。
「ワシはレイズ様から、こういう事が起きうると聞いていた。二つの世界の壁が崩れ始めると、魂の入れ替わりが起きる、と」
(やっぱり、レイズは知ってるんだ)
「レイズという人は、どこにいるんですか?」
「東の山の賢者の塔におる。ただし……」
老冒険者が眉をひそめた。
「今のお前さんの実力では、途中のエリアを突破するのは難しい。もう少し、力をつけてから向かった方がいい」
「どのくらい力をつければ?」
「そうだな……」
老冒険者が顎に手を当てた。
「竜の谷を越えられる程度には、な」
(竜の谷!?)
俺の頭の中でゲームの記憶がフラッシュバックした。
(竜の谷は中盤の難関エリアだ。ボスはドラゴン系。ゲームでも苦労したのに、リアルで挑むのか……)
「分かりました。ありがとうございます」
「それと——」
老冒険者が立ち上がりながら、静かに言った。
「カイトによろしく伝えてくれ。お前さんが本当にカイトと話せる手段があるなら、な」
(この人、どこまで分かってるんだ……)
「……伝えます」
老冒険者が去っていった後、俺は宿屋に戻った。
机の上にカイトからのメモが置いてあった。
『良明へ。
学校に来た教育実習生——藤銀次という男が、例の不審な人物だった。
授業で生徒の負の感情を引き出そうとしていた。
魔の気配がした。間違いない。
ゲームに、この者は登場するか?
急いで教えてくれ。
カイト』
俺は息を飲んだ。
(藤銀次……)
俺は記憶を必死にひっくり返した。
(ゲームにそんなキャラいたか? 教育実習生、ましてや日本人名のキャラクターなんて、絶対出てこなかったはずだ)
念のためスマホで攻略サイトを開いて検索した。
——該当なし。
(やっぱりいない。じゃあ一体、こいつは何者なんだ? ゲームに登場しないのに、カイトが魔の気配を感じた……)
嫌な予感が、じわじわと膨らんだ。
(分からない。でも、カイトの直感は信頼できる。とにかく危険だ)
俺は震える手でメモ帳を掴んだ。
『カイトへ。
藤銀次という人物を調べたが、ゲームには登場しない。
攻略サイトにも一切情報がなかった。
つまり、こいつはゲームの想定外の存在だ。
正体はまだ分からない。でも、お前が感じた魔の気配は信じる。
絶対に単独で近づくな。周りの人間も守ってくれ。
俺はこっちでレイズへの道を探る。お互い気をつけよう。
良明』




